結局すべてが高校生
一同総土下座。
女子高生二人に、男子が一人。女子大生まで同じポーズをとる始末だ。
「あの、いったいどういうことなんだ」
引きつった顔のまま、参太の頬に一筋の汗がながれた。自転車をこいできたせいで暑いから、じゃない。どう考えても冷や汗だった。
メゾン・アストロの住民たちがそろいもそろって頭を下げるなど異常だ。ハルとシャルロットに至っては罵倒されることはあっても、何かをまともに頼まれたことがない。
であれば、真意は土下座の後に発表されることになるだろう。
(帰りてええ)
正直、いますぐ逃げたかった。しかし残念ながらここは自宅だ。退路はふさがれているというか、帰る場所を占領されてしまっている。
また家から出てあてどなく街をさまようこともできるが、それはさすがに気だるかった。
前後左右、どこへ行っても気だるいだけだ。
行き詰まっているわけではないけれど、この現実に安息の地などないと知ってただただ絶望する参太だった。
(こういうとき、死にたいって思うのか)
家に帰ってのんきにお菓子を食べてテレビでも見たかったのだが。
そんなことをする暇さえ、気づいたらこの人生にはなくなっている。
暗い絶望に浸っている参太に、土下座を終えた住民一同はやはり本題を切り出してきた。
「それで、奥津くん。頼みがある」
学校では一言も口を聞いてこなかった透が、ビジネスライクな淡々とした調子で口を開いた。
「盾伊を一緒に倒してほしい」
一言で用件は終わりだった。
「は?」
参太は盛大に首をかしげる。
「いや。盾伊さんって透くんと司さんの雇い主じゃなかったの?」
バイト先の店長を一緒にクビにしよう、と言っているようなものだ。透がたったの一言で終わらせた用件は物騒にすぎる。どうしてそうなったのか、せめて経緯を説明して欲しい。
「まあ状況が変わってさ」
司が微笑を浮かべたまま透の話を補足した。
「ボクたちは確かに盾伊さんの指示のもとメゾン・アストロに入居して、お金をもらうかわりに色々と調査してたんだよ」
「まったく。馬鹿な奴らよね」
ハルが心底憎々しげにぼやく。
透が「冬木。殺されたいのか」とにらみつけたのに対し司は「まあまあまあ」と子どもをあやすようになだめると、
「でも今日、様子がおかしくって」
さっきまでは微笑を保っていた司も、そこで目を伏せた。
参太は数十分ほど前に見た、女教師の顔を思い出す。彼女の顔と司の顔とが重なって見えた。騙された後の人間の顔だ。
「メゾン・アストロを破壊するって、言い始めて」
「そんな」
馬鹿な、と言おうとして、参太はファミレスでの出来事を思い出した。
盾伊は言っていた。メゾン・アストロを操作する上で、あらゆるコマンドの認証先が聖剣に設定されている、と。
聖剣を彼に渡したのだから、メゾン・アストロのすべてが彼の掌中に渡ったと言っていい。
何かを変えることができるのなら、壊すことだってできるのではないか。
「ボクたちは確かに盾伊に協力してたけど。でもそれは、あの人がメゾン・アストロのテクノロジーを研究して、社会に貢献したいって言ってたからで」
「ハッ! そんな甘い言葉で騙されたんじゃない、アンタたちは!」
「貴様!」
「ほんとのこと言ってるだけじゃん!」
背の低い司の頭上で透とハルが口論するかたわら、シャルロットが口を開いた。
「状況は一刻をあらそいまーす……こうして喧嘩しあってる私たちが、そろって貴方に頼まなくてはならないほどに」
シャルロットもまた、苦しげな顔をしていた。天啓のスキルをもつ住民屈指の策略家である彼女の策をもってしても行き詰まっているというのか。
「あんたがそう言うって。いったい今、どんなことが起こってるんだ」
参太の問いに、一同が押し黙る。はげしい口論をぶつけていた透とハルさえ沈黙し、司は下を向いて両手を膝の上でぐっと握った。
シャルロットが一度、ため息をはくと。
「零華さんが、操られていまーす」
「操られている?」
「ええ。ハルちゃんを襲撃してきました」
「そうなのか」
シャルロットが視線をやると、ハルがしゅんとして肩を震わせた。何も言えないようだ。ハルの代わりに、シャルロットが説明をつづける。
「最初は驚きましたが、零華さんも住民のひとり。最近競争から外れていただけで、いつ闘争を再開してもおかしくはありませーん。だから私も、競争相手として出方をうかがうため、静観していたのです。しかしながら、すぐに異常に気づきました。彼女の声をマイクで拾っていたところ……泣き叫んでいたのです。ごめんハルちゃん、戦いたくないのに、って」
「戦いたくない? じゃあ、それで操られているって判断したのか。でもお前らの様子見てると、住民のスキルだって思うけどな、俺は」
参太は疑問を口にする。メゾン・アストロの住人なら、そんなスキルを持つ者がいてもおかしくはない。
「ええ、確かに存在します。けれど貴方もご存じのように、私たちのスキルは宇宙空間の中でしか使えませーん。同様に、現実世界に対して影響を与えるわけでもないのです」
実際、参太も兵器化で身の回りのものを武器に変えられるのは宇宙空間のなかだけだし、宇宙空間の内側にあるものしか武器にできない。現実世界にいる今、すぐに目の前のシャーペンを武器にしろと言っても不可能なのだ。
それは参太にもわかる。
「それで?」
「零華さんは宇宙空間のなかで操られていたわけではないのです。現実世界のなかで、まだ宇宙空間にダイブしていないにも関わらず、操られていたのでーす」
「それってつまり、ハルはじゃあ、宇宙空間じゃなくて。あの部屋のなかで襲われたっていうのか」
「ええ。首、絞められたわ」
ハルは自分の首に手をあてて告白する。
零華が訪れてきたかと思ってドアを開けたら、「戦いたくないのに、ごめん!」って泣き叫ばれるまま、殺されかけた。
恐怖体験だ。トラウマになっても仕方がないレベルだろう。ハルが口数を減らすほどに落ち込んだのも、参太は納得する。
「これはまずいと思って、私もクマちゃんを寄越そうかと思ったのですが。幸い、そこの二人が止めに入ってくれたので手を汚さずにすみました」
シャルロットは言いつつ、視線を透と司に向ける。
「冬木を助けるなど、俺は反対だったがな」
「助けようって言ったの、透だったけど?」
「そうだったかな。まあ、俺たちはただバイト中だった」
透が説明をはじめる。
「俺たちは盾伊に、メゾン・アストロの住民ひとりひとりに戦闘をしかけるよう、命じられていた。これまでは調査をひたすら命じられていて、邪魔をされれば反撃していただけだったが……こちらから仕掛けるなんて、初めてのことだったさ」
「そう。それでボクはおかしいと思ってたんだけど。とりあえず命令には従おうって思ってメゾン・アストロに行ってみたら、なにやら女の子たちが叫んで争っている場面に遭遇したってわけだよ」
黙って見過ごせない。そう言って透は零華の首筋に手刀を撃ち込んで手際よく気絶させると、ショックで動けなくなっているハルを抱えて部屋から出たという。
「そこで、俺は全身が一度、麻痺していくのを感じたよ。体が思うように動かなくなるような感じをな」
透は己の両手を見て、確かめるように指を折ったり開いたりして言う。
「冬木の部屋が最上階でなくて助かった。麻痺が全身をむしばむより先に、何とかメゾン・アストロの敷地を抜け出した。とたん、麻痺はおさまった」
「ボクも同じ体験をしたよ」
「私もでーす。静観していようとしたら、なんだか体が動かなくなりまして。それで同時に外に出たら、ハルちゃんをお姫様だっこで連れ出した透くんたちと鉢合わせたってわけでーす」
顔を見合わせて、そこで彼らは一度、手をとりあうことにしたというわけだ。
「それでなんで、俺なんだ」
説明をきいて、しかし参太は疑問に思う。
確かに自分はメゾン・アストロに関わる事件に巻き込まれてきたが、そもそも住民ではない。透たちと同じバイトだって昨日やめたばかりだ。もう利害関係はない。
「メゾン・アストロと俺は、無関係だろ」
参太は主張する。
シャルロットは威圧するように、そこではじめて眉根をつり上げてため息をはいた。
「貴方のせいだからですよ、参太くん」
参太はそこで、一同の視線が自分に注目されていることに気がついた。
一方的ににらみつけられる、被害者の視線を。
「俺の、せい?」
言いつつ、参太にはわかっていた。これは自分が聖剣を盾伊に渡したが故に起こった事件なのだと。




