普通になりたい高校生
断らなければならない時もある。それができなければ利用されるだけだ。
(俺はもう、あんなことになるのは嫌なんだよ)
参太は両手を握りしめ、まっすぐ女教師の瞳をのぞきこんだ。
いま自分はいったいどんな顔をしているのだろう。女教師は曖昧に笑っていた。まるで路傍の薄汚れた子犬を見るような視線で。
「君もあの人に利用されたんだね」
同情と哀れみがセットになった瞳が、いつもは凜としている顔立ちのなかに浮き上がっている。そんな顔で何事かを頼まれたら飲んでしまうしかないと参太は思ったが、幸い、彼女はその顔のまま、
「なら無理強いはできない、か」
己に言い聞かせるように彼女はそう呟いた。
その言葉に、表情に、なぜ彼女が研究員から教師になったのか。その理由の一端がにじみでているかのようだった。
(この人はきっと、あいつに利用されたんだ)
直感して、共感した。
(俺は聖剣を奪われたけど、この人も何か……)
利用されるということと、奪われるということは同じことだと、参太は身にしみて理解していた。奪われなければ、利用されたとも思わない。
利用という言葉が彼女の口からこぼれた以上、彼女は盾伊に騙されたことがあるのだろう。
「先生。いったい何をされたんですか、あなたは」
参太は顔をあげて教師の顔をのぞいた。奪われた者同士、共感した想いをともにしているいまなら。それを聞いてもいい気がした。
「フフ。君、人の弱みにつけ込む男?」
哀れみから一転、彼女はまた笑顔の盾を構え直す。さっきまでの雰囲気を吹き飛ばし、瞳の奥には爛漫とした力がすっかり蘇っていた。
参太は追いすがることもできず、どこかにいってしまった共感の雰囲気も取り戻せる気はしない。
「私はただ、復讐したいだけ。盾伊のせいで研究員じゃいられなくなったから。それでもあの街にあいつが居座っているのが許せなくてさ。だから私が、復讐するの」
女教師はそこで視線を参太から、部屋の中央に置かれた鉄製の檻に注いだ。中の様子はガードで見えなくなっており、檻というよりかは棺桶のようにも見える。
「エイリアンは敵じゃない。それを私が、この子をつかって証明するの」
タイトなダークブラウンのパンツのポケットから、彼女はリモコンを取り出した。そのボタンを押せば、内部を隠していたガードが展開される。
強化ガラスの向こうに、やはり虹色の体表をもつエイリアンが力なく立っていた。人形然としていて、まるで精気が宿っていない。それは明らかに遺骸だった。それが学校に置かれていると、エイリアンの標本のようにも思えてくる。
(人体模型かよ)
冗談じゃない。参太は呆れて笑った。
「エイリアンは私たちの下僕になる」
彼女はそっと本心を漏らす。
「敵として殺すなんてもったいない。殺して、その力をこちらが存分に扱ってあげるの」
(正気かよ、こいつ)
参太は思わず彼女の横顔をみた。
敵として戦ったからわかるが、エイリアンは想像を絶する力をもつ存在だ。宇宙から宇宙へと渡って戦い続けてきただけに、彼らは常軌を逸した戦闘能力を持っている。確かに下僕として活用できれば頼りになるかも知れないが……。
「そのことを盾伊に教えてあげるのよ。だから、このエイリアンの遺骸を私にくれた君に恩返しするつもりもあって、誘ってみたというわけ」
熱気をもって説明する彼女の視線が再び参太に向けられる。
やはり、冗談じゃない。
「先生、あなたは何もわかってない」
参太は目をそらしながら言う。
「エイリアンは、素直に下僕になるような奴らじゃありません。それに俺がこれを先生に? どういうことですか」
困惑する参太に対して、女教師の瞳はサディスティックな輝きを帯びていた。にやりと笑うと、
「まあ直接あなたからいただいたわけではないけれど。でも君は、この子を痛めつけて半殺しにした状態で、追撃しなかった。だから私が捕獲することができたってわけなの」
「あの戦いを見ていたんなら、わかるじゃないですか。このエイリアンの、凄まじい力を」
「もちろん! 私もじっくり見させてもらったわ」
彼女は心底嬉しそうにうなずいた。
そうなら、と言おうとした参太に、彼女は言葉を継いだ。
「だからこそ、使えるんじゃない!」
断言するその口調に、参太は自分のなかの呆れが崩れていくのを感じた。呆れを射ぬかれて、恐怖がやってくる。
(やばい、この人、やばいって)
参太は思う。この人間と関わり合いになるべきではない。
逃げるが勝ち。参太は座右の銘を思い出すと、
「すみません、帰ります」
立ち上がり、彼女が何か言ってくる前にドアを開ける。
「そ。ま、待ってるけど」
そんな声が響いたが構うものか。
参太はドアを閉めると、全身に行き渡った怖気を振り払うように走った。一目散に逃げ出した。
一度玄関にいって、外履きシューズから帰宅用のローファーに履き替える。
全力疾走したせいか息が切れたが、おかげで寒気はなくなった。
自転車にまたがり帰宅する。
一度帰って、何をしようか。
「また空き巣か?」
結局、逆戻り。何も変わっていないが、あの危険な女教師と一緒にトラブルに巻き込まれるくらいだったら、何もしない方がいい。
以前は何も変わっていない生活が嫌だったが、しかし参太はいま、それでいいのだとしみじみ思う。
(人生、そんなもんだよな)
自転車を置いて、自宅へ。
玄関を開ければ、しかしたくさんの靴が置かれていた。どれもローファーだった。
「参太、お友だちが来てるから」
母親がぽつりとそれだけ言うと、奥の茶の間に消えた。
「ん?」
参太は首をかしげたが、いったん自分の部屋に行く。
瞬間、思わず叫んだ。
「はああああ!?」
「よう、クズ野郎」
軽く挨拶する女子高生がそこにいた。ハルだった。
それに透と司もいて、制服を着ていない者もいる。女子大生のシャルロット・カイゼルだった。
「いったい、何のご用で?」
また全身を怖気がかけめぐっていった。参太の顔は引きつっていた。




