普通になれない高校生
参太は光の街を出た。
天から伸びる梯子のような階段を一歩、一歩昇っていく。地表から一キロメートルほど離れている手すりなしの階段を歩くなど正気の沙汰ではないが、そんな場所に誘い込まれた初日の時点で、引き返すべきだったのかも知れなかった。
いや、もっと前から引き返すべきだったのだ。参太は記憶をめぐらせた。
メゾン・アストロでの決戦を終えて、あてどなく彷徨っていたら盾伊と出会った。あの瞬間から、自分は利用される立場になっていたのかも知れない。
いずれにせよ、後悔先に立たず。
階段を昇りきってドアノブに手をかけた。錆が浮いている古びた鉄の扉だった。
見送りはいない。
「ふざけんなよ」
がんばっても、がんばっても。働けなくなれば終わりだった。
連れてきたときは割と丁寧に扱ってくれたくせに、別れ際の言葉は何もない。用済みになったらゴミ、ということか。
しかし。それで仕方ないと思うところも、ないでもない。
(途中で辞めたしな)
何もしていないのだから誰からも感謝されない。思えば当然の結末だった。
ドアを開ければ現実世界が広がっている。古びたプレハブの床面が見える。掃除も整備もされていないのだろう、砂埃もまばらな通路には傷が入っていた。
光の街を背にして、敷居をまたいだ。後ろ手でドアを閉め、ドアノブから手を離す。
その前に。
参太はニヤと口元を歪めると内ポケットにしまってあるドライバーを一本、取り出した。
せめてもの抵抗だ。
ドライバーをドアノブのネジに押し当てた。
廃工場の社員寮を出ると、もう空には星がまたたいていた。月も昇っているのだろうが、雲に隠れているのか見つからない。
夜道をひとりで歩く。
来た道をただ戻って、スマホの地図も頼りにしてひたすら歩いた。
一歩足をすすめるごとに、誰かの顔が蘇ってくる。
思い出すたび胸がしめつけられた。歯を食いしばった。それでも耐えられなかったが、ただ歩いた。
一時間ほど歩いて家に辿り着いた。
いったいいつから帰っていなかっただろう。見慣れたはずの自宅はすっかりよそよそしくなっている。
息を吸って、そのドアを開ける。
ドアに鍵はかかっていなかった。呼び鈴もなしにドアを開けたのに、玄関口には母親がなぜか立っていた。
☆
朝七時。
学校がある。
バイトも辞めて家に帰った参太だったが、編入手続きをしたばかりの高校をやめることはさすがにできなかった。
そこまで盾伊は手続きしてくれなかったし、以前通っていた高校に今更戻ろうとも思えなかった。家族との関係はもとに戻ったが、クラスメイトたちに自分の失踪がどう伝わっているのか……参太は考えたくもなかったし、わざわざ知りたくもなかった。
ただ、汎神高等学校には透と司が通っている。どちらにしても面倒なのは変わりがない。
特に透の存在は大きい。中学生のころいじめを見て見ぬ振りした罪悪感が最初にある。さらに今回、同じバイトを勝手に辞めた罪が上書きされてしまった。ただでさえどう接して良いかわからなかったのに、もう知り合いと思って良いのかさえも微妙な関係性になっている。
通学は自転車だ。歩くと一時間半かかってしまう。
団地を過ぎ、廃工場も行き過ぎ、さらに十分ペダルを漕げば高校に辿り着く。
相変わらず神社にしか見えない面構えの建物に入り、入ったとたんに普通の高校の内装を見せるこの校舎には慣れる気がしない。
「めんどくさいな」
あえて呟くと靴を履き替え、教室に行く。
透と司はすでに教室にいておしゃべりしていた。参太がなかに入ってきたのを見るや、透は眉根を寄せて睨んできた。一方司は気まずそうながらも微笑をうかべ小さく手を振ってくれた。
参太ははにかみとも引きつっているとも見えるあいまいな表情で、かるく会釈をかえすくらいしかできなかった。
あの後、戦いはどうなったのだろう。エイリアンシップのメカニズムは解明されたのだろうか。そして船のなかに蘇った管理人がいるということも、はたして発覚したのだろうか。
透と司には声もかけず黙って席に座る。
(もう知ったこっちゃない)
知ったところでどうにかなるものでもない。だから参太は、もうこの学校でもひとりでいることに決めた。
授業を受け、昼食もとる。途中何人かの生徒が参太に話しかけてきたが、いずれも曖昧な微笑を返して終わった。
質問されれば答えたが、こちらから話題を振ることはしない。
いつも通りの学生生活だ。できるだけひとりでいることが参太にとっては普通のことだった。
いじめで親友を失ってから、人間なんてそんなものだと諦めた。必要以上に距離を縮める必要はない。そう思い知ったのだ。
適度な距離をとって人に接すれば何も面倒事には巻き込まれないと知って、参太はその味をずっと保つと決めた。
放課後。
ついに透と司とは一言もしゃべらず終わった。
授業が終わるなり二人はそろって出て行ってしまった。
「あの二人、やっぱり付き合ってんじゃね?」
「でも手つないだりしてないし」
「ちょっと後つけてみたいなあ」
「野暮すぎだってそれ。そっとしておこうよ」
クラスメイトの女の子たちがそう噂していたが、当の二人には聞こえていない。またメゾン・アストロがらみのバイト活動に精を出すのだろうが、同級生たちにはそれを知る由もなかった。
(ま、俺にはもう関係ないけどな)
鞄をしまい、教室から出る。
直後。
眼鏡をかけた美人教師が参太の前にたちはだかった。
ダークブラウンのパンツにブラウス一枚の出で立ちで、教師というよりかは大学生にしか見えない。
「授業お疲れさま。入る部活、決まった?」
彼女は前屈みに迫ってくる。意識しているのかどうか、ブラウスから控えめな胸の谷間がのぞいた。
「いや、部活しないんで」
参太はため息をあえて吐くとやり過ごそうとする。
だが。
女教師は勝手に参太の手首を掴むと、ひっぱるように連行していく。
「じゃ、私が顧問してるとこで決まりね」
「わわ、ちょっと待ってください!」
参太は彼女の手を振り払おうとするが、存外に力が強い。振り払おうとしている間にも通路を過ぎ、玄関まで辿り着いた。
「グラウンドに行くわよ。外履き、用意!」
女教師は一切焦点のぶれない爛漫な視線を参太に向け、女王のように命じるのだった。
(なんだ、これ)
抵抗できるはずだった。学校指定の外履きシューズではなく、帰る為のローファーを履くことは物理的に可能だった。
だが……参太は流されるまま、学校指定の外履きを履いてしまった。
それはグラウンドに行きます。という服従の誓いに他ならない。
かくして参太は女教師に連れられて、サッカー部と野球部が練習場にしているグラウンドの、片隅に立つ簡素なプレハブ小屋に連れて行かれることになる。
思い出したくもなかったが。
参太がプレハブ小屋を見た瞬間、自然と記憶が蘇る。
エイリアンの英雄。あの虹色の侵略者が、部室と称するプレハブ小屋に捕えられているのだ。




