過去を超えて、高校生
青風透はハルの攻撃をあらゆる方法を使って避けつづける。
体をひねり、あるいは倒し。駒のように回転することもあれば跳躍して一気に上昇することもあった。
「相変わらず、強いな」
透は苦悶の表情をいっそう歪めている。
「あたしの強さを認めるなら、さっさと消えろ!」
ハルは容赦ない。動き自体が素早いわけではないが、テレポートを自在に扱えるのであればそんなことは関係なかった。一秒ごとにテレポートを繰り返す彼女は、もはや人間を超越した移動ができる。
「俺にも使命があるのでな」
透は呟くとハルの拳を避ける。
直後、ハルが背後に回ってきた。体をひねってまた拳を避ける。
直後、ハルが上に現れる。体を横に流して避けるが、しかし直後、ハルが移動先に立って拳を構えていた。
透は急いで方向転換、逆方向に体を流し直すがテレポート。ハルは透の真正面に浮かぶ。
「喰らえ!」
動いている途中。そのタイミングを狙って放たれた確殺の一撃。
だが。
「まだ!」
ムーンサルト。透は宙返りして拳を回避すると同時に、ハルの胸板にキックを叩き込む。
接触した瞬間に強制テレポートさせられたが、不意を突かれた一撃にハルもスキルを起動するタイミングをつかめなかった。
胸を蹴られて苦しむハルに、透は距離をとって告げる。
「俺はここでやられるわけにはいかない。だから、俺の前に立つなら」
透は司を想う。彼女を護りたい、その一心で戦ってきた。
いまもその想いに揺らぎはない。
「お前も、殺す」
冷酷に宣告すると、透は起動しつづけてきたスキルの出力を強めた。
(デバフ、アップデート!)
司が神童とあだ名される一方で、透は無能力者と呼ばれている。それは透自身、スキルを極力発動させずに戦ってきたこともあるが、しかしスキルを発動させたところで誰もそれに気がつかないことも理由にある。
弱体化。それは目に見えない力場を生み出すスキルであり、力場のなかにいる者の力を徐々に弱めていく。
効果がはっきりと現れるまでには長時間を要するが、あらゆるスキルを無力化することができる強みもある。
ハルは不可視の力場に、気づかぬまま絡め取られていたのだ。
「殺してみなさいよ、無能力者!」
ハルは嘲笑してテレポートを起動させようとする。
「!」
起動しない。彼女の顔はみるみる青ざめていく。
「無能力者とあざけった分をもう一度、返させてもらう!」
透はただ一つの武器である己の拳を握り込むと、ハルの顔面に叩き込む。
ハルは身体能力が高いわけではない。あくまでテレポートで補っているだけだ。
故に、スキルを封じられたハルは透の前ではサンドバッグになるしかない。
「こんな、こと」
ハルの腕を掴み、吹き飛んでいかないように固定する。
もう一発、拳を撃ち込む。顔に、腹に、肩に。全身に拳を撃ち込む。
「もう、いや」
ハルは涙を流して気を失った。全身に与えられた鈍痛に心が侵され、耐えきれなくなった精神が脳の機能をとめた。
しかし透は容赦しない。
(ここで殺しておかなければ、また邪魔される)
住民間闘争は、殺し合いである。
人を殺したことはある――住民であれば誰もが一人や二人、殺すことになるのだ。
透は拳をいま一度固く握ると、ハルのこめかみめがけて突き出す。脳天を砕き、一撃で抹殺する狙いだった。
だが。
「そこまでにすることね」
女性の声が響く。
「く!」
透は頭上を見上げた。巨人の腕が振り下ろされようとしている。
「よりによって!」
握った拳をほどくと、気を失っているハルを突き飛ばして逃げる。
直後、さきほど透がいた場所に機械巨人の腕が通過していった。
「【TN-1 キラー】……武田零華か」
住民の名を呟くと、透は正面に出現した新たな敵を見上げた。
全高15メートルの人型ロボット兵器。現代の地球文明では建造不可能な兵器だが、“武器召喚”のスキルをもつ彼女であれば呼び寄せることができる。
零華は透にとって、もっとも相手にしたくない住民のひとりだった。
「青風くん、久しぶりね」
かつて透は、零華と共闘していたことがある。
透のスキル“弱体化”は、異界から武器を召喚する零華には完全に無力だったからだ。零華のスキルをいくら弱めたところで、すでに召喚されてしまった武器の出力を弱めることはできない。
弱体化で弱められるのはあくまで相手のスキルだけで、零華に対しては新しく武器を召喚することができなくなる、ただそれだけの効果しかない。
普通の住民はハルのようにスキルを封じられれば何もできなくなるが、零華をはじめとする召喚系のスキルを使う住民たちには、弱体化は無力だった。
そんな己の弱点を知っているからこそ、透は彼女を敵に回さないよう苦心してきたわけだが。
「ハルちゃんを殺すことは、私が許さない」
透は完全に失念していた。侵略者の事件以降活動を止めていた零華が、ここ最近になって闘争に再び参入してきたということを。
そして透は知らなかった。参太の活躍が零華とハルとをつなぎとめたことを。
宇宙を流れるハルの体をかばうように、白銀の機械騎士が立ちふさがる。
「零華さん。闘争に帰ってきたことは噂で聞いていました。でも、どうしてです? どうして冬木を護る? 攻撃してきたのはそちらだった!」
透は零華と戦いたくなかった。相性が悪いのもそうだが、共闘していたときは司と一緒に部屋に泊めてもらったりもした。姉のようだ存在だったのだ。
だからその彼女が、先制攻撃をかけてきた敵を擁護するのは許せなかった。
透の想いを流すかのように零華は堂々と告げる。
「ハルちゃんは妹みたいなものだから。それに私たちにも使命がある」
「使命?」
「住民のエイリアン化を止めるの。そのためには、この部屋に秘められた仕掛けを解き明かす必要がある」
「エイリアン化?」
「知らないなら、青風くん。あなたこそ私たちの邪魔をしないで!」
決然とした声が宇宙を駆けたと同時、キラーの全身の装甲が展開される。むき出しになった内部構造には、ビームキャノンが埋め込まれていた。
両肩に二門ずつ、腹部に二門の合計六門。ひとりの人間を狙うには過剰な火力だが、それを見て透は零華の気持ちを肌で感じた。
「本気なんですね、零華さんは!」
透は避けようとするが、死を覚悟してもいた。レーザーキャノンを生身の体で避けられる道理はない。
「悪く思わないで……これには、全住民の人生がかかってるから」
零華は迷わずキラーに指令を送る。
白銀の巨人が全身の大砲を起動、青色の大口径レーザーがほとばしった。
透はなす術もない。高温というレベルではない、人体など一瞬で蒸発させ消滅させてしまう高威力のレーザーが、透に向けられる。
「司、ごめん」
透は彼女の顔を思い浮かべた。
瞬間。
透は銀色に輝く鎧を着た、ひとりの戦士の背中を見る。
「透くん、遅くなった!」
聞き知った声がその背中から聞こえ、戦士は虹色の剣で六門のレーザー攻撃を空中で切り払っている。
切断されたレーザー弾は出力を失って霧散。
一斉射撃を無力化された零華は、目の前に現れた勇者の姿に目を見開いた。
「そんな……参太くん」
「どうして、戦っているんです!」
銀色の戦士――参太は聖剣を構えると、透をかばうようにキラーに向かい合う。
「君はいったい、どっちの味方なんだ。さっきは俺の邪魔をしたのに」
背後で透がぼやく。
「どっちの味方か、だって?」
参太はキラーから視線を外さないまま、透に告げる。
「どっちの味方でもないというか、どっちも味方したいというか」
味方をする、敵対する。そんなことは参太にはどうでも良かった。どうでも良いと、思うことができた。
誰かの側についたり、誰かを蹴落としたり。そんなことは関係ないと思えるほど、果たしたい使命があると思うから。
「俺は、俺のするべきことをする。それだけだ」
「するべきこと、だと」
「ああ。住民のエイリアン化が始まる前に、止めないと。そのために俺は、ここにいる」
「エイリアン化、だと」
透はその言葉をきいて首をひねる。
零華も参太も、同じ言葉を放っている。
透は聞いたこともなかった。
(盾伊さん、あなたはいったい何を隠しているんです)
透は今回、参太に同行することだけを盾伊から指示された。それだけだった。
参太の背中を見る。
(お前もいったい何を知っている? 参太)
盾伊が教えてくれなかったことを参太が知っている。
そう思うと悔しくて、透は両手の拳を人知れず握りしめていた。
いま参太に命を救われたのは、紛れもない事実だった。
透は瞬間、過去の景色を脳裏に思い浮かべた。
いじめられた過去のなか。同級生に腹を蹴られ、歯を折られた。そのときの親友、参太に助けを求めて、しかし視線を外された思い出。
(俺は助けてくれなんて、言ってなかったのにな)
透は呆れてため息を吐いた。
助けて欲しいと願えば助けてもらえなかったくせに。何も願わなければ、なぜか助けてもらえた。
(ふざけんなよ)
そんな透をよそに、参太と零華は向かい合っている。




