住民間闘争と高校生
宇宙戦艦は想像を絶する巨体を誇る。
闇の中で山が迫ってくるかのような、圧倒的なサイズ感。人間の身長と比較するのも馬鹿馬鹿しい。高層ビルをも軽々と飲み込んでしまいそうなその戦艦は、参太の前で停まる。
「いやいやいや……これはさすがに」
参太は言葉を失う。
戦艦は鋼鉄で覆われているがその装甲は濁った灰色、表面はなめらかそうに見えた。デザインは流線型で船というより高速鉄道といった風情だ。あるいは巨大な深海魚のようにも見える。
「ほう。エイリアンシップか」
透がうなる。
窓のようなものは一切ないが、代わりに全体にとりつけられているセンサーらしき装置から橙色の輝きを明滅させている。大砲といった武装も何一つ認められないが、表面がまるでサメのように鋭利な刃の形になっており、近づくだけで散り散りに切り裂かれそうだった。
「さしずめ管理人さんの秘密兵器ってわけかな」
司も観察に余念がなく熱い視線を注ぎながら声を漏らしている。
地球上では建設しえない造形のその船の登場に、三人はもれなく圧倒された。
「へえ。そういう仕掛けになってたんだ、ここ」
女子の声が宇宙に響く。
「え?」
参太にとっては聞き知った声だった。
「冬木か。何をしに来た」
透が突如現れた女子――冬木春枝、ハルに向き合う。
「神童に無能力者。それに空き巣野郎。へえ、よくお似合いのトリオじゃない」
ハルは腕組みし三人を睥睨する。エイリアンシップを視界におさめつつ、三人の動きを観察していた。
(住民間闘争、か)
参太は思い出す。メゾン・アストロの住人たちは闘いに明け暮れているということを。
透とハルの間に流れる雰囲気は穏やかなものではなかった。互いに互いの動きを見逃さないよう視線を交錯させている。
まるで侍同士が向かい合い無言の圧力をかけあっているかのようだ。
怜悧な空気が流れる宇宙空間のなかで、司は透の後ろに下がった。
「気をつけて」
司はそれだけ透に言う。
「心配するな。やってやる」
透はただそう応えた。
戦闘が始まった。
ハルが何の前触れもなく姿を消し、そして参太の背後に現れた。
「管理人さんの物、返してもらうよ!」
テレポート。理解したときにはすでに遅い。ハルの手が参太の右手を掴みあげる。一瞬で後ろをとられた参太には声を上げる余裕さえなかった。
「お前のものでもないだろう」
参太は己のスキルを発現させる。みるみるうちに全身が鎧と化し、“兵器化”による自己改造が完了した。
瞳を高解像スコープで覆い、全身を複合装甲の鎧で包み込む。額には三つ叉の槍のような装飾が施された。高校生はいま白銀の騎士と化す。
参太は互いに反発するエネルギーがかかっている間接によって瞬時に機動、ハルから距離をとった。
対するハルは再度テレポート、参太の目の前に立つ。
「寄越しなさい!」
参太は聖剣を握るが、それはあくまでペンの姿のままだった。武器として使うには兵器化のスキルで剣に変える必要がある。しかしハルはそのことを熟知しているらしい。
「ち!」
一瞬、一瞬。次々とテレポートを繰り返すハルの挙動は参太に聖剣の起動を行わせない。
正面、背後、右脇、頭上。四方八方から手を繰り出してくるハルの動きは、一瞬たりとも決まった場所に留まらなかった。
「どうしてこれを渡さなきゃいけない!」
参太は聖剣を盗んだとはいえ、決闘で勝ち取ったとも言える。戦利品をどうして渡さなければならないのか。
「それにどうして、いま、俺たちが戦う必要が、あるんだ!」
聖剣をハルの手から護りつつ参太は、かつて彼女と共闘したときのことを思い出してもいた。
「ふん。そんなの決まってるじゃない!」
ハルはしかし参太の感傷を簡単にかき消した。
「住民同士である以上、戦う運命にあるからよ!」
「俺は住民じゃない!」
「でも神童と一緒にいる。敵の味方は、敵!」
叫び、ハルは右の拳を思い切り参太の胸にぶち当てる。
戦車砲の直撃さえ耐える参太の装甲に生身の拳を当てること自体、普通なら自滅行為だ。強い力を出すほど拳が強烈に潰れるだろう。
だが。
「避けろ、奥津くん! 強制テレポートされるぞ」
「チ!」
響いた透の声に、参太は反射的に身を翻す。ハルの拳が空を切り、舌打ちとともに鋭い視線が透に向けられる。
「うるさいわね、無能力者!」
ハルは声を放つと、テレポート。
参太の目の前から消えた。
「まずはアンタから殺してあげる!」
「来い、臆病者のテレポート使い!」
ハルの肢体が無能力者――透の目の前に躍り出る。
(無能力者って、どういうことだ)
参太は聖剣を起動しつつ首をかしげる。
そんな透はハルの素早い連続攻撃を見切っているのか、身を翻して拳を避けつづける。
合間に反撃の拳を差し向けるが、命中するタイミングでテレポートされるので当てられない。
互いに互いの拳が空を切り続ける拮抗勝負。参太がそこに割り込む余裕はなかった。
参太と同様、司もまた戦場を眺めるだけになっている。
透と司はハルの猛攻をみながらもスキルを発現させている様子はない。
(スキルを使っていないだけなのか?)
ハルが使っていた無能力者という言葉の意味は何なのか。
「スキルなしでよくやってるとは思うけど」
ハルの声が哀れみを帯び始める。
「そろそろ、限界なんじゃない?」
テレポートにつぐテレポート。その動きを常に先回りし拳を避けつづける透は、苦悶に顔を歪めていた。
テレポートする敵の動きを肉眼で捉えつづける透は並外れた身体能力をもっている。
しかしどんなに強靱な肉体であっても疲労は蓄積するものだ。
苦しみながらももがくように避けつづける透と、微笑をうかべて息を乱すことなく攻撃を繰り出すハル。どちらが優勢かは外目から見ても明らかだった。
「終わりにしてあげるから!」
ハルの表情は余裕そのものだ。舌なめずりし、確殺の一撃を差し向ける。
命中すれば強制的に相手を時空の狭間にテレポートさせる最強の掌撃。自身だけでなく接触している物質すべてを強制テレポートさせるハルの攻撃は、幾人もの住民を葬ってきた。
住民間闘争に勝利してきた強さと自信を兼ね備えるハルの拳が、透が避けたばかりで身を翻す途中というタイミングで繰り出される。
「く!」
微笑を浮かべるハルを、透は苦しげな眼差しで見返した。
「だが、まだだ!」
反論、そして動き出す。
透はハルの一撃を避けはしなかった。避けられないタイミングで放たれている以上、もう受けるしかない。
だから透は正面から堂々とその拳を、自身の右手で握り込む。
「馬鹿? 自分から当たりに行くなんて」
ハルは言った直後、透が強制テレポートしないことに気がつく。
拳に触れた瞬間、テレポートは始まるはずだ。
「これはどういう、こと」
「無能力者となめてもらっては、困る!」
透はハルの拳を掴んで離れられないようにすると、左手を握りしめ突き出す。
容赦のない腹パンがハルにぶちこまれた。
「ぐ!」
内蔵がえぐられる気持ち悪さと鈍痛を味わうハルに、透は頭突きを決める。相手が女の子だからといって手加減する気はないらしい。
「終わりにする……その言葉、そのまま返してやる」
「おかしい、こんなの!」
ハルはテレポートして距離を取ろうとするが、しかし、テレポートさえもうできなくなっていた。スキルを発現させようとするが、何故かできなくなっている。
「アンタは無能力者のはず。なら、そこの神童のスキルか!」
ハルは後ろに控えている司を睨む。
司は己の存在がはじめて感知され、「ひっ」とおびえるが、
「司には手を出させないさ」
透の声が響き、直後、二度目の腹パンがハルを襲う。
ハルが猛攻をしかけていた状況から逆転。いまは完全に透のペースだ。
それを見ている参太は、正直複雑な気持ちだった。
(俺はどっちの味方をすれば……)
参太は聖剣を握りながら、どっちつかずの心をもてあそんだ。




