メゾン☆アストロと高校生、ふたたび
青風透は神居司の部屋のモニターを眺めていた。
「化け物同士の闘いだな」
映像をみた透の感想はその一言で終わった。
「違いないね。ボクもそう思ったもの」
隣に座る司は微笑を浮かべて相づちをうつ。
モニターには戦闘を終えたばかりの黄金の戦士の姿と、白銀の巨人との姿が映っていた。先ほどまで、管理人が倒されてから出現したエイリアンと、それに対峙しつづけたひとりの戦士の戦闘記録が映写されていたのだ。
「奥津参太、っていうらしいよ。偶然なのか、まったくふざけた名前だよね」
「そうだな」
司の説明を透は聞き流す。
透は混乱していたし驚愕に自然、目を見開いてもいた。
(参太……また俺の前に現れるのか)
かつての友人、無二の親友。
透は唇をかみしめながら司をみる。彼女はスキルを使って参太を助けた。それが意味するのは、参太を敵にしたくはない、ということだろう。透はそう推測すると、ため息をついた。
「できたら仲間にしたいのか」
「そうだね。そうしてもらえると、ボクも助かるから」
司はすぐに返事をした。
黒髪ショートの、ともすれば男子に間違われる見た目をしている彼女だが、現役女子高生である。そんな彼女を透は護りたかった。
中学生のころいじめで人生をへし折られた透は、しかし彼女と出会ったことでもう一度、生きる目的を与えられた。
「わかったよ、接触してみる」
透は立ち上がり、彼女に背を向けて通路を行く。そのままドアノブに手をかけ、外に出る。
「ありがとう」
控えめにそう言った彼女の言葉を、透は背中で聞いた。
☆
参太はふたたびメゾン・アストロの前に立っていた。
「さて、ここか」
白い光の街で一晩を過ごした翌日。眼鏡の男に使命を与えられ、参太は外に出ることを許された。
晴天がまぶしかったが、しかしメゾン・アストロの汚らしいタバコのヤニのような色をした壁は陽の光を反射してもにごっていた。
「1-C」号室。そこに住民として潜入していた研究員、田代真が住んでいる。
彼とは昨日の夕暮れから連絡がつかなくなっている。最悪殺されているかも知れないが、ひとまず彼の部屋に潜入して様子を探ってきてほしい。
それが参太に与えられた密命だった。
「やってらんねえよ」
ぼやきつつ参太は慣れた手つきでピッキング作業にとりかかる。
ドアの向こうの部屋からは人の気配は感じられない。殺されているのであれば、死体がそのまま横たわっているのだろうか。
(ひっ)
参太は首を横に振って死体のイメージを打ち消した。
気を取り直して、ピッキングでこじ開けたドアのノブを掴んでひねる。
がちゃ、と開いたドアからはタバコの臭いがした。
「おじゃましまーす」
いつもの挨拶を小声ですると、慎重に一歩を踏み出した。玄関で靴を静かに脱ぎ、後ろ手でドアをそっと閉める。
もうメゾン・アストロとはかかわらないつもりだった。そのまま普通の高校生男子として過ごして、エイリアンのことなどは忘れたいと思っていた。
なのに、何故か引き寄せられる。
「くそが」
参太は一歩、一歩、忍び足で通路を行く。
今回は空き巣ではなく、室内調査である。しかしいつもの癖だ、気づけばドアノブのネジを探していた。
「ふっ」
自嘲して息を吐くと、リビングに足を踏み入れる。
思わず目を見開いた。
「これは、その」
アイドルオタクというやつか。にこやかに笑顔を咲かせた美少女のポスターが壁一面を埋め尽くし、天井にさえそれは貼り付けられていた。いずれも違うポーズ、背景のものだ。
デスクのそばに置かれたベッドに目をやれば、なんと水着姿のグラビアがプリントされたシーツまでピンときれいにはられている。枕は添い寝をイメージしたのか横顔がアップでプリントされていた。
しばらく呆然と立ち尽くした。そこはまさに別世界、異空間だった。
いま足をおいている床だって、そのアイドルの可愛らしくデフォルメされたチビキャラがそここで様々なポーズをとっているシートが敷かれている。
「筋金入りだな」
呆れてものも言えない。文字通りその状況に陥った参太は、しかしふと我に返って密命を思い出した。
「とんでもない家主は、どこだ」
さっさとこの部屋から出たかった。持ち主にとっては好みなのかも知れないが、そのアイドルは参太にはどうにも好きになれない顔をしていた。顔立ちが幼すぎる気がした。
リビングをあとにしてキッチンを覗き、バスルームにトイレと順番にうかがっていくが、人っ子一人いない。もぬけの殻だった。
「いまはいない、か」
外出中なのかどうか、見極める必要がある。
キッチンの様子をみてもシンクには皿もグラスも残っていない。食器類はすべて棚にきちんとおかれており、テーブルの上にも何も置かれていなかった。デスクも同様で、仕方なく引き出しに手をかけた。
瞬時、全身が怖気で震えた。とても嫌な予感がした。
「この感覚……」
メゾン・アストロの住民の部屋には、“鍵”と呼ばれる仕掛けが存在する。
部屋を構成している現実世界の裏に貼り付けられた、独自の異空間――宇宙世界が各部屋には用意されている。鍵は現実世界と宇宙世界とをつなぐ役割をしていると同時に、空間を変転させるスイッチともなっていた。
そのスイッチは住人がそれぞれ用意しているもので、ある住人はそれをスマートスピーカにし、ある住人は単なるペンに設定していた。
この住人はいったい何に設定したのか。
参太は直感する。いま触ってしまっている引き出しこそが鍵なのだと。
壁が、溶けた。床が崩れ、天井が螺旋を描く未知の空間崩壊現象に巻き込まれていく。
現実世界が反転しているのだ。
「マジかあああああああ!」
気づけば参太は宇宙世界に放り出されていた。
宇宙といっても呼吸はできるし、放射線にも満たされていないらしい。息苦しくなることはないし学生服でも全身が焼けただれることもなかった。ただ空気が充填されているわけでもないらしく音は一切響かない。
遠くに星々が見えるその世界で、参太は目の前に巨大な渦巻きが発生しているのを見る。
ブラックホール、ではない。
それは異界の門であり、別の時空へと繋がっているワームホールである。
見慣れたもの、になってしまった。まさにエイリアンが展開していたものだったからだ。
「はあつ! くそ!」
宇宙空間に入ってしまって、良いことなどひとつもない。そこは住民たちの実験場であり、住民同士の闘争の場だからだ。
案の定、参太は攻撃を受けることになる。
「若造、何をしに来た!」
声が響いたと同時、カッターナイフが飛んできた。
「あぶな!」
言い切らないうちに参太は身を翻した。頬から血が出て、遅れて痛みがやってきた。ナイフが頬を切ったのだ。
「何をしに、きた!」
参太は頬を抑えながら、叫び返す。
「あんたが田代さんか?」
「口の利き方には気をつけるんだな、若造!」
美声が響くと同時、またもカッターナイフが飛んでくる。
空気抵抗のない宇宙空間では物体の速度は音速を超える。超速の投げナイフを避けられる道理はなく……参太は諦めた。
「俺は、俺のために!」
声と同時に己のスキルを発現させた。
それは宇宙空間のなかでのみ使うことができる、超常能力。
参太のスキルは“兵器化”。
手にした物体を兵器に変えられる。その力で己の全身を変形させる。
「ハッ!」
銀色の鎧に身を包んだ参太は、片手でナイフをはね飛ばす。
「あんたが田代真なら、俺はあんたを探しに来た!」
参太の声が宇宙に響き、ワームホールに吸い込まれていく。
はたしてその声は届いたのか。ナイフは飛んでこなくなる。
「いかにも。私が、田代だ!」
ワームホールから声が飛んできた。
参太はただ声の主が出てくるのを待った。




