復讐劇、高校生を飲む
眼鏡の男に連れられて辿り着いたのは廃工場に併設された寮だった。
二階建ての簡素な住宅施設で工場勤務の社員寮に違いないが、人の息する気配がまったくない。
電灯もなく寮の窓のどこからも明かりが漏れていない上、空には月も出ていなかった。さっきまで広がっていた満天の星空もいまは暗雲に隠れて見えない。。
(明日は雨、か)
参太は一歩踏みしめるごとにミシミシと軋む音のする階段を昇りながら、やがて眼鏡の男が管理する部屋に連れられる。
男はポケットから錆びた鍵を取り出すと慣れた動作で解錠した。
「参太くん。ここが私の居室だ」
ドアを開けた瞬間、参太は我が目を疑った。
「えええええええ!」
玄関の先につづくのは通常、通路のはずだ。あるいは部屋の内装が見えるはずだった。だがしかし、参太が見たのはそれよりずっと広大な施設の一部だった。一言でいえば、参太はそこに街をみたのである。
「なんだ、これ」
思わず声がもれた。
一歩足を踏み入れれば、目下にビルの群れが見えた。学校の屋上から街を俯瞰しているかのような光景だった。参太は目をこすったが景色は変わらない。
「驚いたかな」
「いやいやいや、そういう次元じゃないでしょ、これ! ありえない」
メゾン・アストロ以上にオンボロで、まるで収容所みたくさびれた社員寮の一室に、近未来的な都市が広がっている。とっくに人智を超えている。
大小様々なビルが幾数十棟と建っているが、そのすべてに煌々と明かりを漏らす窓がびっしりと等間隔に並んでいる。ビルとビルと間には白衣を着た研究員と思しき人々が往来しているほか、車道には自動車が走行しているがタイヤが取り付けられていない。ホバークラフトのように地上から数センチだけ浮き上がって走行しているのか。
ビルも人々も道路も車も、すべてが純白に染まっていた。だからこそ窓から漏れる明かりが反射しあい、街は異様な明るさを湛えていた。
光の都だ。
「ここは我が国の最重要機密施設に該当する。私も国家に命じられて君に接触しているんだ。故に、私がこれから指示することはすべて私自身の言葉ではなく、国家元首からの指令であると思ってほしい」
「は、はあ」
参太は呆れてものも言えなかった。
国の最重要機密? 国家元首? いずれも一介の高校生男子が直接かかわれるようなものじゃない。フィクションと言われれば納得する。
残念ながらこれが現実だった。
どんなに目をこすってもため息をついても、絶句しようが関係なかった。いま目に映る景色を変えることはできないのだ。
メゾン・アストロだのエイリアンだのと関わって感覚自体が麻痺していた。
「俺はいったい、何をすればいいんですか」
とりあえず聞いてみる。返事をするのはそれからでも遅くはないだろう。
「我々はメゾン・アストロについて調査を行ってきた。研究員のひとりを住民として潜入させ、あの施設に秘められた外宇宙人の技術を解析してもいる。しかし最近、メゾン・アストロに重大なシステム変更が施されてしまった」
男はゆったりと歩き出し、街へとつづく階段を降りていく。まるで雲から地上へとかかった通路のような壮大な階段だった。数十段といわず、百段くらいはあるのではないだろうか。横幅2メートルくらいの鉄板がひたすら宙に浮かんでおり、手すりもないその階段をひたすら降りる。
怖いとは思うが、しかし参太は男について行くしかなかった。
と、階段を一歩降りた瞬間、背後のドアが自動で閉まりロックされる。
「ちっ!」
退路を断たれたことに、参太は自分の間抜けさを痛感した。しかし相手は国の代表である。
(ヤクザではないし、エイリアンでもないんだ、まだ話は通じるさ)
そう自分に言い聞かせて、参太はとりあえず男について行く。
男は慣れ親しんだ軽いステップで階段を降りる。
「メゾン・アストロは現在、外部からのアクセスの一切を遮断してしまっている。それまではこちらのアクセスと解析に気づいていながら見逃してくれていた形だった。だが管理者が変わったのか、その方針が覆された」
「そう、なんですか」
参太は知らないふりをして応える。その管理者を殺したのは自分だなどとは口が裂けてもいえなかった。もっともその情報は相手に筒抜けの可能性もあるが。
「現在、我々はメゾン・アストロへのハッキングを試みているがうまくいっていない。それどころか住民として潜入させた調査員とも連絡がとれない状態だ。最悪の場合、調査員は殺されたのかも知れない」
天からかかった梯子よろしく宙に浮かぶ階段から足を踏み外したが最後、目下の純白の街に落下する。学校の屋上ほどの高度感覚はあるので落ちれば即死だろう。
(階段から転んで死ぬのはごめんだな)
両手でバランスを取りつつ、参太は相手の口調が冷然としているのが気にかかる。ちょうど怒りを抑えている教師の口調とそっくりだと、参太は気づいてしまった。
もっとも退路はふさがれている以上、参太には相手の話をきく以外の選択肢はないのだが。
「何者かが操作しているのか、あるいは、メゾン・アストロという施設にかけられたロック機構が自動起動してそうなっているのかは現状、不明だ。だが、この現象はごくごく最近起こった危機なのだよ、参太くん。そう、君があの管理人室に行き、その部屋が内包する宇宙空間状の異空間で戦闘を繰り広げてからだ」
(やはり知ってたか)
参太は舌打ちしたいのを堪えた。
「それから先は凄まじい光景だったな、参太くん。迫り来る無数のエイリアンと、それを撃退しつづける英雄の姿。紛れもない戦場と化した宇宙空間を、我々はただ観測することしかできなかった。だが君が勝利した後、観測が行えなくなってしまった」
男は不意に立ち止まる。
「おっと! 危ない!」
前につんのめった参太は一瞬、バランスを崩して転びそうになる。思わず恐怖の叫びをあげたが、しかし目に映った眼鏡の男の顔はついにその本性を露にしていた。
「君には私の部下を救出してもらう。メゾン・アストロに潜入してね」
男の鋭い眼光に射ぬかれて、参太は呆然と立ち尽くした。




