高校生、邂逅する運命
青風透は自宅に帰ろうとして、アパートから出てくる男を見て足をとめる。電信柱の影に隠れるようにして相手に見られないように努めた。
(参太、か?)
男の顔には見覚えがあった。かつて同じ中学に通い、しかしいじめを境にして離れ離れになってしまった。
いまはもう互いに高校生になっているはずだが、その男――奥津参太の顔はあのころと変化がない。まるであのころのまま時間が止まっているかのように。
(なぜここにいる?)
正面入り口から出てきた彼はすっきりとした顔で、確固とした足取りで歩き始めた。そのまま陽の沈んだ道の影に溶け込むように消えていく。
透はしばらく彼の消えていった方向を呆然と眺めつつも、自宅、メゾン・アストロのオンボロなエレベータに入っていった。
通路にゴミが落ちているのがあたり前。管理人が仕事をしていないボロアパートにしか見えないメゾン・アストロは、しかし誰でもが入居できるわけではなかった。管理人が住民を厳しく審査しており、その基準を満たさない限りは絶対に入居できない。
だからメゾン・アストロに出入りできる人間自体も限られてくるのだが。
上昇するエレベータのなかで透は首をひねる。
(新しい入居者の情報はないはずだが)
住民間闘争に参加している透にとって、自分が知らない情報があることは致命的な危機だ。一刻も早く調べねばならない。
透はそこで自室の「7-A」号室ではなく、盟約をかわしている戦友の住む「5-F」号室のチャイムを押した。
インターホンもカメラもないセキュリティの甘いドアがすぐに開いた。
「やあ。早速だけど緊急事態だ」
透は“神童”の異名をもつ少女、神居司の笑顔と、けっして笑ってはいない瞳をのぞきこむ。
「管理人が、死んだ」
司はこともなげに淡々とそう告げた。
透は思わず、絶句する。
「そうか。詳しく経緯を説明してくれ」
☆
一方参太は当てどのない夜道を歩いていた。
犬の遠吠えがどこからともなく聞こえ、草むらからは虫の合奏が響いている。
家には帰れない。かといって宿を頼れる人脈があるわけでもなかった。
時々路傍の石ころでも蹴りながら歩いて、歩いた。
疲れてきたところで、公園のブランコに腰掛ける。
いまいる場所がどこなのかもわからなかった。陽が昇れば思い出すかも知れないが、状況把握を許さない深い闇が景色さえ溶かしてしまっている。
できるだけメゾン・アストロには近寄りたくなかった。
あの時は必死だったが、思い返せば数時間前の激闘は恐怖体験以外の何ものでもない。
「ぞっとするぜ……ほんと」
呟いてみても恐怖がとれることはなかった。むしろ増すばかりだ。
けして地球人の技術力では追いつけない力をもつエイリアンたちと渡り合い、殺し合いをした数時間。なぜ自分なんかが生還できたのかわからないが、ただ、自分ひとりの力で闘ったわけではないことも知っていた。
シャルロットにハル、エイリアンの管理人、そしてOL風女子。時間を巻き戻してくれた謎の人間さえメゾン・アストロの住人かも知れない。
多くの人間の助けがあって、いまを生きていられるのだろう。それはわかっていた。
だが、それが怖くもあった。
「俺はどうすればいい」
勝利の後メゾン・アストロから出てきてはみたが、しかし誰一人として見送りにはこなかった。こちらから会いに行ってお礼を言うべきだったのかも知れないが、どうにもためらわれた。
「どうすればよかったってんだよ」
つまるところ参太は人との距離感がうまくつかめないのだ。
助けてもらって、それでどうすればいいのだろう。お礼を言うだけでは返せないほどの命という借りをつくってしまった人たちであれば尚更だ。
あのOL風女子には借りを返せたと思う。そのために闘ったのだから。しかしそれなら挨拶に行く意味もないのではないか。
結局、お礼を言いに行くべきかどうかわからなくて、結局、こうして当て所もなく歩いているのだ。
「くそ」
路傍の石をまた蹴った。蹴ってどうなるものでもなかったが。
石はころころと地面を滑って転がり、しかし運悪く向こう側からやってくる人の足に当たってしまった。電灯のない道のなかでも人の形をした影くらいは見える。石がそこに当たってしまっていた。
「あ」
慌てる。
「すみません」
通行人に近寄り頭を下げた。深い闇のなか、互いの顔もわからない状況ではあるが、とりあえず謝っておけばトラブルにはなりにくい。
そう判断して声をかえたのだが。
メゾン・アストロから出て普通に戻りつつあった参太の人生は、その判断ひとつで覆ってしまった。
人の形をした影はまるでサッカーボールをもてあそぶ子どものように、参太が蹴った石を足裏で受け止め、なんと蹴り返してきた。
「え?」
想定外のパスに対応できず、路傍の石はむなしく参太の傍らを通り過ぎていく。
まるで銃弾が頬のすぐそばを駆け抜けていったかのような空恐ろしさが参太の全身を粟立たせた。
「この宇宙は狭い。そうは思わないかね、少年」
人の形をした影が、唐突に人の言葉を放ってきた。
夜の闇のなか、何も見えない相手から投げかけられた言葉に参太は首をかしげた。
(いったい、何だってんだ)
一歩、後ずさる。さっきから全身に鳥肌が立ちっぱなしだった。気を抜けばチビってしまいそうなほど、怖い。幽霊と話をしている気分だ。
(さっさと、逃げるか)
意志を固めた、その刹那。
「世界を救った英雄よ。君に聞いてるんだよ、少年。この狭い宇宙は解放されるべきではないか? 君はどう思う」
「世界を救った英雄? この俺が?」
「ああ。縛られた宇宙のなかでの戦闘だよ。君はその中にいたのではなかったのか」
参太はその言葉を聞いた瞬間、もう一歩も動けなくなった。金縛りにでもあったかのように、参太はその言葉に縛られた。
世界を救った英雄。
「知ってるのか、さっきのこと」
思わず問い返した。目の前の人の形をした影は満足そうにうなずく仕草を見せると、一歩、一歩、こちらに近づいてくる。
逃げたいほど怖かったが、しかし参太はもう逃げられないとわかっていた。
しだいに相手の輪郭が見えてくる。
人の形をした影は、サラリーマン風の眼鏡をかけた男の姿となって参太の目の前に現れた。
「奥津参太くん。君の力を借りたい」
男は灰色のジャケットから伸びる手を差し出してくる。握手を求めているのだろう。
参太はその手を取る前に問う。
「いったいどこまで、知ってるんです」
好奇心と、逃げてはいけないのだろうという使命感からだった。参太は正面から男に向かい合う。
男は差し出した手をそっと引っ込めると、その手でそのまま眼鏡の端をつかみ、くいと持ち上げてみせた。
「よければついてこい。事前説明を行おう」
男はさっと踵を返すと、黙って歩き出した。
その背中について行けばただ事では済まない事件に巻き込まれると、嫌な予感がした。
かといって他に行く当てもない。
参太は仕方なく、夜の闇のなかに浮かぶ男の背中について歩いた。




