空き巣高校生、聖剣を盗み出す
聖剣を目指し、あと一歩で届く。
そこで彼らの旅は終わった。
「これが私の、実力カ」
彼はそう呟いて、勝負は決まる。
あっけない終わりだった。
参太のゼロ距離砲撃がエイリアンの腹を貫き、紫色の血が噴き出した。
虹色の体表が引き裂かれ、緑色の内蔵が露になった。
エイリアンは笑ったまま、最期の言葉を告げる。
「そのまま、そのままでいい。貴様ハそのまま進んでいケ」
「!」
すでに命が尽きようとしているというのに、エイリアンは両手でがっしりと参太の肩を掴み、すさまじい握力を発揮する。両肩の装甲が歪んでミシミシと悲鳴をあげるなか、彼はそれでも言葉を紡いだ。
臓物をさらけだし血を噴き出しながら体を密着させ、笑顔で話してくる目の前のエイリアンが参太には怖かった。
「聖剣はお前のものだ。そのまま、持つが良い」
参太はぎくり、と内心を見透かされたような空恐ろしさを感じた。
「どうして、そんなことを……」
さっきまでは寄越せといって脅してきたのに、最期には逆のことを言う。論理矛盾も甚だしく、いったい何がしたいのかわからない。わからないから不気味だった。
「聖剣は常にふさわしき者が持つべきだ。敗北した私が持つには値しない……勝者こそ握ってふさわしいのだ。だから、」
一度、言いかけて血を口からはき出した。
「もうしゃべらなくて」
「聞け。だから、お前はこのまま、所有者であれ。ありつづけろ。どんな時でも」
エイリアンはそこで言葉を切ると、力強く握っていた指の力をふっと抜く。そのまま参太の肩をゆるく押すと慣性移動で宇宙空間へとすべりだし、傷だらけのまま背後のワームホールへと漂っていく。
紫色の血液が足跡のように虚空へ残された。
虹の光を放つ天体をその中心に飾るワームホールは満身創痍の英雄がくぐり抜けたと同時に閉じた。
静寂。
エイリアンが去り、ワームホールも消えた。
撃退した。その事実だけが残る宇宙のなかで、黄金に輝く神剣を握る参太はため息をついた。
「やっと、終わった……」
嬉しさも解放感も達成感もなかった。残ったのは疲労だけ。それほどまでに今回の闘いは過酷だった。
ただ参太は実感する。護れたのだと。
振り返れば白銀の装甲に身を包んだ機械の巨人が屹立していた。
遠くの星の輝きしか見えない、何ひとつ掴みどころのないこの闇のなかで、白銀の巨人が放つ輝きは己の行くべき道を指し示す灯台のようにみえた。
「お疲れさま」
OL風女子の声が白騎士型ロボットから響いたと思えば、その胸部装甲が展開してコクピットが開け放たれると、ダークブラウンのジャケットを着たOL風女子がそのまま出てきた。
参太は彼女に向かい合うと、そこで己の兵器化をようやく解除する。
神剣を手放し、黄金の鎧を消滅させる。平凡な高校生男子の姿がそこにあった。
「いや、俺はただ、お返ししただけで」
参太は世界を救った英雄には似つかわしくない曖昧模糊とした態度で呟いた。
重力のない自由自在な宇宙空間のなかで二人は向かい合う。OLと高校生、年上の女性と一介の高校生男子。二人の姿は姉と弟のようでもあった。
参太は目の前の彼女にどんな態度で接すればいいのかわからなくて、はっきりと言葉を紡げない。いつも助けてもらって、お礼も言わずに逃げてきたのだ。いまさら何を言うべきなのだろう。
気まずい沈黙が数秒、宇宙を支配した。
「ぷっ」
OL風女子から笑顔がはじけた。
参太は首をかしげる。
「んん?」
(俺はまだ、何も言ってないぞ?)
何がおかしいのだろうと思うが、ただからかわれた気がした。
参太のそんな感覚は的中する。
「私を救ってくれた騎士だというのに。まったくもって」
OL風女子はそこで突然、参太に迫る。
不意に頬に柔らかい感触がした。見ればOL風女子の顔が間近に迫っている。キスされたのか。
「っ!」
参太は一歩身を退いた。乙女のように頬に手を当て、顔が真っ赤になっていく。
そんな参太を置き去りにするかのように、OL風女子はまた白銀の巨人のコクピットに戻っていく。
ただ一度、振り返ってイタズラっぽく笑って、
「じゃあね。私のために闘ってくれて、嬉しかったよ」
敗北宣言のように仕方なくいったというぶっきらぼうな口調に聞こえた。
それでも快く聞こえたのは、彼女の顔がすっきりと笑っていたからだ。
手を振ってくれた。だから参太もゆっくりと手を振った。
コクピットハッチが閉まり、彼女の姿が見えなくなる。
手を振っていたその手をとめて、参太もまた宇宙空間から去った。
残ったのは霊体となった管理人だけだ。
「やれやれ。挨拶くらいはするものだろうに。最近の若者は礼儀を知らなくて困る」
肩をすくめると、しかし管理人は気がついた。
時間逆行したことで破壊を免れたはずの聖剣が、この宇宙のどこにもないことに。
「見事に持ち出されてしまったな。さすがは空き巣高校生、か」
戦闘中のどさくさに紛れて、回収するべきものはしっかり回収している。
その手際に、管理人はにやと唇をほころばせた。
「面白くなるな。これからは」
参太は管理人室から出ると、ひっそりと静寂に包まれたメゾン・アストロの建物をあとにする。
一度、振り向いた。どこからどう見ても古いボロアパートにしか見えないその建物に、壮大な宇宙の神秘が潜んでいるなどとは誰も思わない。
くそったれな現実のなかで、それを発見したことはひとつの収穫だったのだろうか。
「どうだかな」
参太は家に帰ろうとして、しかしもう家には戻れないことを思い出す。
いったいどれほどの時間をあの宇宙空間で過ごしたのかもわからない。
参太はメゾン・アストロに背を向けて独りで歩きはじめた。
行く当てのない道の途中、内ポケットにしまった虹色のペンを取り出してみた。
聖剣とうそぶいてみても、実験的な宇宙空間のなかでしかその機能を発揮しない。このくそったれな現実のなかではただ美しい文房具くらいの価値しかない。まったくもって無用の長物である。
「何が聖剣だよ」
しかし参太はそれを大切に胸ポケットにしまいこむ。
一歩、踏み出した。
これから何が起こるのか。まったく予想できないばかりか、いまこの瞬間さえどこに行けばいいのかわからない。
そんな現実のなかで、参太はただ街をぶらついた。
ぶらつけばまた何かに出会うだろう。それがこの現実なのだろうと願って。




