高校生、想いに応える
放課後がやってきた。
終業のチャイムが鳴り響く。いつもなら祝福の鐘に聞こえるその音色が、今日に限っては運動場に木霊する競争開始のピストル音に聞こえた。
「よろしくね、かぁ」
冬木春枝――ハルは学校では有名な美人らしく狙っている男子は多いらしい。
始業前、彼女から脅迫もとい少しお話しした後にクラスを牛耳る男子グループの渉外担当者らしき使いの臆病な男子生徒から「付き合ってるんですか」とおそるおそる聞かれたとき、参太は爆笑したいのを抑えて「そんなわけないでしょ」と冷ややかに返してやった。
しかしそう答えても疑念は尽きないらしく、休み時間のたびにそれぞれのグループが使いをやってくるのには、自分が寛大なことを自画自賛する参太であっても閉口した。
クラスを牛耳る男子グループを皮切りに、ハルが変な男に寄りつかぬよう見張っている取り巻きの女子連中、学校でも有名な美少女であるハルの動向を一応は知っておきたいクラスを牛耳る女子集団、はてはハルの事を気に入っている教諭からも話を聞かれたときは通報しようか迷ったほどだった。
(何なら下着姿を見たぜ! なんて自慢したらどうなるんだよコレ)
参太は昨日見た彼女の半裸姿を脳裏に再生してみたが、まったく欲情しない。どうしてあんな女がいいのか理解に苦しむ。
そうはいっても放課後は彼女がわざわざ会いに来る可能性が高い。しかしそのまま会ってしまえばまた学校の連中から何を聞かれるかもわからないので、放課後のチャイムが鳴り響く前にさっさと帰ることにした。
終業五分以内であればさすがに会うこともないだろう。奇跡的に今日は参太に掃除当番はない。
(よーい、どんだ!)
終業のチャイムが鳴ると同時にスクールバッグを肩に提げ、競歩の要領で猛然と歩き始めた。
廊下を渡って階段をひとつ降り、そのまま下駄箱に通じる。
自分の靴を取り出して地面に置けば、あとは履き替えるだけなのだが。
「気が合うね。やっぱりそうすると思ってたよ」
「へ?」
背後から声がして、冷や汗が全身から噴き出した。
参太はゆっくりと首を後ろに回してみると、日本人形のように前髪をぱっつりそろえた可憐な女子が、あらゆる男を魅了できそうなほど可愛らしい笑みを浮かべていた。
同じ高校生のはずなのに中学生くらいに見えてしまう、若々しいを通り越して幼げな顔つき。しかしその顔から発せられる声は異様に美しく、艶っぽいほどの低音がフェロモンすら感じさせた。
「なんで?」
参太はただ疑問しかない。会わないようにと心がけた迅速な行動が、よもや最短で発見される愚を犯していたのだ!
「運命の糸でつながれてるんだよ、あたしたち。さ、お茶でもしましょ。参太くん」
星が出そうなほどに見事なウィンクを決めて、ハルはツカツカと先に歩き出した。
参太の手を引こうともしないが、その堂々とした歩くフォームが逃げられはしないよ、と背中で語っていた。
「さあ……神のみぞ知る、だな」
参太は思い切って息を吸い込むと、ハルの背中を追うことにする。逃げられはしないのなら、向かい合うまでだ。
学校から出て通学路を行きすぎ、やはり目的地は「メゾン・アストロ」だった。
「じゃ、ここからはあんたが先いってよ。行くとこわかってるでしょ?」
「んと、そちらのお部屋で?」
「そ。さすがに昨日の今日だし、覚えてるよね」
「まあね」
「変態野郎」
「そっちが言ったんだろ!」
罵倒と悪態を交錯させつつ、参太がメゾン・アストロの汚い通路を歩き、そこだけ新しいぴかぴかの扉になっている部屋「2-A」号室の前にくる。
「じゃ昨日と同じ方法で入ってみてよ」
「マジかよ。通報されんじゃん」
「あんた馬鹿なの? 頭腐って死んでんの? そんなもんする必要あるんだったら昨日の時点でやってるっつうの」
さらなる罵倒とともに顎をしゃくられ無言でやれよと指示される。
正直むかつくところだが、しかし昨晩の指の感触がまだのどから離れない。異様に強くてほどききれなかったあの剛力は並の女子のものではなかった。
見た目以上の秘密を隠し持っている可能性が大きい以上、従うしかなかった。
「ちっ」
舌打ちひとつで反抗を終えると、参太は内ポケットから針金を取り出し簡単にピッキングしてみせた。
ガチャりと音がするとロックを解除する。
「ひえっ、マジで開いた! ひくわあ」
ハルは生まれて初めてうんこを見て心底臭がっている子供のような醜悪な眼差しをするが、参太はその眼差しを甘んじて受け入れる。他人の部屋の鍵を勝手に解錠するなんてことは醜悪なことには変わりなく、自分には否定する資格がないと思うからだ。
「ほら。言ったとおりにしたぜ?」
「ふん! じゃあ次は、ドア開けて。そして何が見えるか言ってみて」
「は? じゃあ開けてやるよ」
参太は肩をすくめるとドアノブを握って捻り、手前に引いた。
ドアが開き、彼女の部屋が開放される。
瞬間、参太は熱風に煽られた。
「あっづーーー!」
思わず悲鳴を上げ、急いでドアをしめた。
「何が見えた?」
「見えるも何も、熱いから閉めちまったよ!」
「馬鹿! もう一回! 何が見えたか報告して」
「殺す気か! めっちゃ熱かったんだぞ」
「昨日の時点でほんとは死んでる命なのよ? 今日死んでもいいでしょ!」
「鬼!」
「いいから、速く!」
「わかったよ!」
鋭い剣幕に根負けし、参太はやけくそになる。
しかし本当に熱かった。信じられないことだが、ドアを開けた瞬間凄まじい熱量を秘めた風が吹いてきたのだ。
いったいどんな装置を部屋に置いているんだ!
もう一度ドアノブに手をかけ、けして比喩表現ではない決死の覚悟でただドアを開けた。
「く!」
もう驚きもなく覚悟もできていたためか今度は耐えられた。
「熱い!」
熱風が吹きすさぶなか、前髪が乱れるのも構わず。
「さあ、前をみて! 私に何が見えるか、伝えてよ!」
ハルの叫びに近い声援がやけに優しく感じられた。
だから参太は顔を上げて目線を上げる。ただ前を見た。
「太陽が、三つ……いや違う。寄り集まって、二つになろうとしてる?」
「ほかには?」
「熱い! いや、ほかには、見えな」
ドスッ、と足を蹴られた。
「痛ってええな! わかったよ!」
参太はもう一度やけくそになる。
「人影が見える。女の人? これは下着姿なのか」
「この変態!」
もう一度蹴られたと同時に、今度はハルがドアを閉めてくれた。
おかげで熱風地獄からは解放されたのだが。
「おいお前! 散々な扱いじゃねえか!」
さすがに怒りたかった。
「俺はお前の奴隷じゃねえぞ!」
「ふん!」
ハルはそっぽを向いて取り合ってくれない。
「知り合い?」
「ち が う!」
「じゃあなんで? ここお前の部屋なんだろ」
「奪われたの!」
「え?」
参太は盛大に首をかしげた。
「それって、どういう」
家が奪われる? ここは日本のはずだが。
「このアパートは少し特殊なの。ここはあたしの部屋であることは変わらないんだけど、同時に私に割り当てられた実験室でもあるの」
「んん?」
参太は首をかしげたまま戻らない。
「ま話半分にきいてよ。わからなくていいからさ」
ハルはさっきまでの勢いはどこへやら、しゅんとなったように目を伏せて言葉を継いだ。
「昨日、あたしはこの部屋に五つの太陽をつくることに成功した。新しい宇宙を創ることに成功したってわけ。でも昨日、あんたが入ってきて……一度、あたしが外に出てしまったでしょ。その間に、別の奴に部屋ごと宇宙を盗られてしまったわけ」
「よくわからないけど」
参太は目を伏せる少女を前にして、慇懃に謝罪の礼をする。
「俺のせいなら、ごめん」
その様子に、潔さにハルは目を丸くしたが、次には下がった参太の頭を思い切りはたいた。
「痛ってえ!」
瞬時に跳ね起きて後頭部を抑える参太は、しかし意外にもハルの満点の笑顔を見た。
「案外、常識あるじゃない。つまりあんた、自分が悪いってことはわかってるわけでしょ?」
うん、と言おうとして参太はまた嫌な予感がした。
(この流れは、まずいんじゃないか)
うんともすんとも言えない参太は、ただ裁判官からの宣告を待つ被告人のように言葉を受け入れる。
「じゃあ決まりね。この部屋をあいつから取り返す! あたしと、あんたで!」
ビシ! と指をさされた。勢いよく。
いつも予感は悪い方が当たる。
参太はため息をはくと、しかしこれが贖罪なのであれば……いまだ首に残る彼女の指の感触が、一度命を対価として要求された記憶を思い起こすと、うなずくしかなかった。
「俺にできることなら、やるよ。空き巣っていう俺の趣味がお前に迷惑かけて、それで訴えてきてるってんなら」
空き巣という趣味に罪悪感はない。しかしそれが悪いことだと訴えてきた人が現れたら謝ろう。そう心に決めた。
そのことを実行する機会がいま目の前に現れた。
参太は決意の眼差しで返すと、ハルは不敵な笑みを浮かべて見せた。
ボロアパートの部屋の目の前で、いまここに空前の同盟が結成された。
瞬間、メゾン・アストロ全室を揺るがす宇宙戦争が勃発することになるが、参太には知るよしもない。




