高校生、神と出会い勇者となる
沈黙。
「7-G」号室でシャルロットとハルは何一つ言葉を発することができなかった。
重苦しくて気まずい雰囲気だけがある。
(あいつは、気持ち悪い奴だったけど)
ハルは参太のことを思い出す。ただ利用しただけとはいえ、一緒にシャルロットから自分の部屋を奪還した。ともに活動したというのは紛れもない事実で、彼のおかげで自分の部屋で生活できている、という一面も否定できない。
(本当に、見殺しにしていい人だったのかな)
そんな疑問はもう何の意味もないと言わんばかりに、モニターとなっている鏡のなかで、宇宙が木っ端微塵に消滅した。
管理人室の宇宙空間の中心部分から爆発が起こった瞬間、空間そのものが崩壊、消滅した。
宇宙空間の核となる“鍵”を破壊することで宇宙そのものを破壊し、参太とエイリアンのワームホールを同時に消滅させる作戦は成功したことになる。
(これほどまでに、犠牲が大きい勝利があろうとは……ワタシも、未熟なのですね)
シャルロットは悔恨の叫びを上げたいのを抑えた。ただ拳を痛いほど握りしめるだけ。
住民屈指の戦闘力をもつ零華だけでなく、まだ発現したばかりでその全容を把握していないスキル“兵器化”を宿した参太。さらに管理人その人までも失ったメゾン・アストロははたして今後運営していけるのか。
(宇宙空間の管理はワタシができますが。住民間闘争の調停者がいない現状では)
シャルロットはため息をはく。
(もうこれは、住民の頂点を決めねばならないところまで来てしまいますね)
“天啓”を宿したシャルロットは、その明晰な頭脳で未来を予見した。
調停者がいない現状、住民間闘争は激化する。そして勝者と脱落者の関係が明瞭に線引きされ、いずれは闘争に勝ち続け住民の頂点になった者が調停者となる権利を有する。そうすることでしか、全住民が納得する管理人の後継者を選定することはできないだろう。
管理人の死を知っている住民はいまは一握りだが、この情報が全員に行き渡った瞬間、戦争のはじまりだ。
これまでは管理人の調停によって関わらずに済んだ面倒な住民たちとも衝突することになる。そうなれば戦闘においては何の役にも立たない天啓をもつシャルロットは最初に片付けられるカモだ。
(最悪、このハルちゃんにカモられるかも知れない……考えるだけで、ぞっとしまーす)
どうしたものか。
策を講じているシャルロットの隣で、ハルはぽかーんと口をあけたまま立ち尽くしていた。
「シャルちゃん、これ……」
信じられないものを見た、という風に、まるで幽霊を見た子供のようにおそるおそる鏡を指さすハル。
「ハルちゃん、どうしたんで」
見かねて鏡を見たシャルロットは、そこで奇跡を見た。
鏡のなかで、世界が逆再生されていく。
まるでビデオの巻き戻しだ。
それを見てシャルロットは思わず涙した。
(このタイミングで、このスキルを?)
まさしく奇跡にふさわしい。
シャルロットが知るなかでもっとも厄介なスキルをもち、加えて管理人にさえ従わなかった問題児。時を操る無敵の力を持つ男、“神童”の異名をもつ彼が、動いたのだ。
誰にも手を貸したことのなかった彼が、この状況に動く。
シャルロットは理解できなかった。信じられなかった。それほどまでに彼は強烈で、身勝手な人間だったはず。
理解を超えた現象が次々と起こるこの現実を、シャルロットはしばらくわけもなく滲んだ視界のなかで眺めた。
「さあ。選ぶがいい、少年よ」
穏やかな声がする。
管理人の声とは違う、別の男性の声だった。
参太は目を開いた。
目の前に、見知らぬ男がいた。
「俺は、エイリアンを皆殺しにしようとして……世界が、砕けて」
グリフォンになってワームホールからエイリアンを引きずりだしていた記憶を呼び起こしたが、いまは見知らぬ宇宙に漂っている。
天国か、とも思ったが、周囲を星々が漂っていることからこの場所もまたアパートが作り出す宇宙空間なのだと知る。
「選べ、少年。特別にその許可を貴様に与えよう」
暗黒の宇宙空間でありながら、しかし白い輝きに満ちている不可思議な場所だった。
黒と白、闇と光が同時に存在していて溶け合っているかのような未知の空間。
白い光のせいで男の顔が見えない。目の前にいるにもかかわらず、だ。
「選ぶ?」
参太はかるく首をかしげる。
「そうだ。いまから世界を作り直す。お前の望む場所で止めるがいい」
「へ?」
「では始めるぞ。しくじるなよ……この機会は一生に一度。まさに神と出会ったと思え。千載一遇の機会、無駄にするな」
「んん?」
首をかしげたまま、その神秘の力が解放される。
瞬間、世界が逆再生を開始した。
参太はおぼろげながらも理解した。目の前の男は、つまり人生をやり直させてやると言っているのだ。
(俺は、許されたのか)
やり直させてくれるのだったら、生まれた瞬間からやり直させて欲しい。
しかしそんなことなどどうでもいい。
それは参太の個人的な願望でしかない。
「なら、迷わず……ここで」
参太は間を置かず、脳裏にもっともやり直したい瞬間を思い描く。
直後、世界は停止した。
「ここか。正解だ、少年よ」
男の声がした。
そうかと思えば、参太は光と闇が同居するその世界から追放され、管理人の宇宙へと転送される。
停止した世界がふたたび動きだし……そこにはワームホールの前に青いエイリアンが立ち、蛇の体にワニの頭をもつ宇宙怪獣がいて、白銀の巨人が戦闘を繰り広げていた。
参太は動けないままそこに漂っている。
宇宙怪獣に体をひどくしめつけられて動かなくなってしまった参太は、ただ青いエイリアンと宇宙怪獣に攻撃されている零華の姿を見ていることしかできなかった。
いや、そうではない。見ていることしかできなかったのではない。
「俺は、力を使わなかった。諦めていた……そうだろう」
己の体をふたたび兵器化することで動くことができるようになる。
そんなスキルの使い方はもう知っている。
「グリフォンにだってなれたんなら」
参太は呟き、動かない体に鞭をうつように、スキルを発現させた。
「ヒーローにだって、なれるよな!」
いつも自分を助けてくれたOL風女子から、今度こそ逃げたくなかった。
参太はすべての力を解き放つ。
自分のためだけでなく、自分の想うその人のために。
直後、鈍色の鎧だった参太の体は、金色の輝きを放つ黄金の鎧に変身した。
太陽の輝きを放つ勇者がいま、宇宙に降臨する。




