高校生の為に散る宇宙
「試練ヲ汚シタ者ヨ。すべてを賭けた裁kヲ受kヲ」
宇宙怪獣が炎に焼かれた直後、青いエイリアンが覚醒した。
「これは何? いったい、なにが!」
零華はうめいた。
頭上にブラックホールが展開されたのと同時に目の前のエイリアンが肥大化していく。表皮が裂け、ぶくぶくと増殖した肉がはみ出してあふれ、そうして全身が膨張していった。
人の身長の倍どころの話ではない。みるみる大きくなっていくそのサイズはキラーより頭ひとつ分高いほどの大きさになった。全高二〇メートルほどになるだろう。
変身というには生々しすぎた。血肉の臭いが漂いそうなほどに野性的で、それでいて通常の生物ではありえない現象だった。肥大化としか言えない。
「やるしかない、か」
宇宙怪獣よりも大きくなったエイリアンの戦闘能力は測り知れない。
正直怖いが、しかし零華は操縦システムと連動するその視線をけしてそらしはしなかった。
「行こう、キラー!」
声をほとばしらせると、キラーもそれに応えるようにギン! とエンジンを噴かした。
ブラックホールの引力から逃れるように下方に移動しつつ、それでいて敵の背後に回るように針路をとる。
右腕には太陽剣を握り、左腕からはイレイザー・スラッシュを展開する。
零華は巨大化している最中の敵に太陽剣の一撃をぶちこむ。
振れば小さな太陽を生み出すその斬撃は、しかしブラックホールの影響か通常の威力を発揮しなかった。
「これが敵の力だとでもいうの?」
太陽は生み出されず、単なる炎の剣としてしか機能しなかった。太陽剣の機能が封印されているのだ。
『零華サーン! ブラックホールの中央に、異様な電磁波を発信する構造物がありマース!』
シャルロットの声がコクピットのスピーカから響く。シャルロットの鍵であるクマ型スマートスピーカの機能のひとつ、異次元通信によって現実世界からでも音声や画像を宇宙空間に送信することができる。
『零華さん……辛いだろうけど、がんばって!』
モニターの隅にウィンドウが表示され、そこに必死にガッツポーズしてエールを送っているつもりのハルの涙目が見えた。
「了解。ひとまずブラックホールを攻撃してみるわ」
零華は返事はすると、ため息をはいた。
(かわいい妹たちに言われたんじゃあ、仕方ないな!)
弱気はすべてため息ではき出した。
「キラー! もう一度いくよ……グレイス・イレイズ、ターゲットセット!」
キラーが返事の代わりに全身の装甲を展開する。
零華はそれでいて巨大エイリアンからは目を反らさなかった。
太陽剣による斬撃は巨大エイリアンの肩に切り傷をつくる。
「攻撃は通るのか」
つづいて左腕のイレイザー・スラッシュで追撃した。
これも命中し、今度はエイリアンの背中を一文字に切り裂いた。
だが。その大きさ故に背中の表面を削るくらいのダメージしか与えられなかった。
「いったい何を考えているの」
零華は眉をひそめる。さっきから敵が動いていない。仏像のように静謐な威容を湛えているばかりで、指先ひとつ動かそうとしない。
嵐の前の静けさ。
そんな不気味な感覚を覚えつつ、しかし零華はいまが好機と判断する。
機体をロール回転させて敵の腕の長さから算出される攻撃範囲から抜け安全地帯に入ると、視線をブラックホールに向ける。
「ファイア!」
零華の号令とともに、キラーの全身に備え付けられた九つのレーザーキャノンが火を噴いた。青色の破壊光線が疾走しブラックホールの中心部に向かっていく。
「蛮族ヨ。是ハ我ラg試練ヲ汚シタ報イd」
声が響いたと思った、瞬間だった。
宇宙全体が揺れたのを零華は感じた。
本来ありえない、宇宙空間での地震。
キラーが大きく揺れたわけではない。キラーの機体に衝撃が与えられたわけではなかった。その証拠にモニターには被害報告のウィンドウがなにひとつ表示されていない。
しかしコクピットが揺れた……これは空間そのものを揺らす波動が宇宙に満ちたことを意味する。
時空震。
零華は直後、理解することになる。それは時空震のレベルをはるかに超えた危機であるということを。
零華は、いや零華のいる空間ごと、あの青いエイリアンの手の中に入れられてしまったのだ。
『零華サーン、いますぐそこから抜け出してくださーい! 早く!』
シャルロットの悲鳴に近い命令が聞こえるが、しかし零華は動けなかった。キラーが動作しないのである。
もう遅かった。
青色のエイリアンの能力は“時空間制御”だった。空間に波動を送り込み、その波動が流れている空間を自由自在に操ることができる。
時空間制御によって空間ごと捕縛されたキラーは、エイリアンからしてみれば水槽の中の金魚同然だった。
零華はキラーのスコープごしに、敵の圧倒的な威容を目にする。
ワニのような口が大きく裂け、勝利の雄叫びを放った。
「く!」
零華は歯を食いしばるが、どうにもならない現実を受け入れはじめてもいた。
(終わり、か)
戦闘に精通したプロであるが故に、零華は己が死地に至ってしまったことを知った。
零華はそっと目を閉じる。視線追従式の操縦系統による制御を放棄した――それは死を意味する。
青色のエイリアンは両の手の平をパン、と合わせた。
まるで目の前の空間をつぶしてしまうかのように。
直後。零華のいた空間が不可視の力場によって押しつぶされた。




