高校生の為、OL死力を尽くそうと。
そろって頭を下げるハルとシャルロットに、零華は息をのんだ。
(この生意気な小娘が、私に頭を下げるだなんて)
正直、驚いた。
シャルロットは五歳下、ハルに至っては九歳下で、メゾン・アストロに入居してきたときから妹のようにかわいがってきた。もっとも彼女たちは同時に競争相手でもあったから思いは複雑だったけれど。
実際、彼女たちは競争相手として遠慮なしにその実力を発揮してきた。気づけば零華よりも優れた世界を生み出すのではないかと思えるほどの技術も身につけてさえいた。
一年前のエイリアン襲撃事件で零華の成果が完膚なきまでに破壊されてからはほとんど話していない。そのせいか、ハルには“あんた”呼ばわりまでされた。
しかしいまは違う。ハルも心から嘆願しているし、シャルロットは相変わらず合理的な判断を下しているようだがとりあえず頭を下げている。
(それほど、あの子はすごいってことか)
かつて自分の部屋に空き巣に入ってきた変態男子の顔が浮かび上がる。
空き巣が趣味などという信じられない習性をもち、ハルの手から救ってやったのにも関わらずお礼も言わずに逃げ出した根性なし。それからも偶然目にしては窮地から救ってあげた。正直、もうメゾン・アストロには関わらないでほしかったのだが、馬鹿故に光に群がる虫の如く自ら危険な事態に飛び込んでくる。
今度は見捨てようと思ったけれど、管理人が殺されたらしい知らせを耳にして、そしていまこうしてシャルロットとハルから頭を下げられては、もうどうしようもなかった。
「まずは、詳しく話をきかせて」
零華は諦めて、今度も参太を救うことにした。
(他人のことより、自分のこと、やらなきゃなのにね……とんだ現実逃避だわ)
シャルロットの生み出した技術によって管理人室の宇宙空間に侵入した零華は、まずどこに参太がいるのかわからなかった。
見えたのはオレンジ色のエイリアンが銃化した両腕から無数の光の弾丸を放ち宇宙を埋め尽くす壮絶な光景と、それらをすべて光の剣で切り裂き無力化していく鈍色の戦士の姿だった。
参太が戦っているときいて、それで宇宙に潜り込んだのに。そこに彼の姿はどこにも見えない。
だが……徐々に零華は理解する。
エイリアンと互角以上に渡り合う鈍色の戦士こそ、己の体を兵器化したという参太その人なのだと。
瞬間、零華は後悔した。こうなるより前に参太をもっとメゾン・アストロから遠ざけるべきだったのだ。
次に零華は絶句した。変身した参太の規格外の戦闘能力に。
神剣を振るってオレンジ色のエイリアンを一撃で殺し、さらに間をおかずにやってきたさらなる敵――紫色のエイリアンさえ瞬時のうちに世界から消滅させた。人間の行いではない。人の形をしていながら、人を遙かに超える力。それをもってしまった参太はもうエイリアンと変わらない。
零華は参太を支援するつもりで宇宙にやってきたが、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
はたして自分が出る幕はあるのか。彼は誰の助けも必要としないのではないか。零華にそう思わせるほどに参太の力は圧倒的だった。
一年前に零華が直面した異世界人との侵略戦争も凄惨なものだったが、いま目の前で起こっているエイリアン撃退戦もまたそれと比較しうる危機だ。シャルロットがプライドを捨ててまで頭を下げてきた理由もわかった。
零華はそして、目の前にいるエイリアンたちが一年前の異世界人よりもはるかに強い力をもっていることも理解した。異世界人たちは一体一体が強い戦闘能力をもっていた上に物量があった。一方このエイリアンたちは遊びのつもりなのか一体ずつしか繰り出してこない。そこが不幸中の幸いだろう。
状況分析はそこで終え、零華は己の力とエイリアンの力とを比較してみる。
一年前、異世界人を撃退した功績を見てハルとシャルロットは自分に頼んできたのだろうが……。
(あの時の敵より強い。私が勝てるとも思えない)
零華自身、戦闘能力であればどの住人よりも高い力をもっているという自負がある。発現したスキルも“召喚”という戦闘にしか使えないもので、とりわけロボット兵器【TN-1 キラー】を呼び出せるようになったことでさらに磨きがかかっている。
それでもためらいがある。別に臆病風にふかれているわけではなかった。ただ無意味に死ぬつもりもない。勝てると思えないのであれば、挑む前に作戦を組み立てる必要もある。
とはいえ作戦を立てられるだけの情報もないのだけど。
零華はしかしためらってなどいられない状況に陥った。
紫色のエイリアンを葬った参太の前に現れた宇宙怪獣。ワニの頭に蛇の体をもち、人の腕を無数に生やしている異形。見ているだけで恐怖心がわき起こった。
これまでのものとはまったく異なる威容をもつそれは、案の定参太を一瞬のうちに絡め取ってしまう。
「やるしかない、か」
零華は両目を閉じ、スキルによって別の時空にアクセスする。
両手を組み合わせ、祈りを捧げるように言葉を紡いだ。
(お願い……力を貸して!)
零華のスキル“召喚”は異なる時空に言葉を捧げることができる能力である。言葉を与えられた時空世界は、強制的に零華を補助しなければならない。しかし時空世界側からできることは武器を贈るくらいであり、したがって零華の祈りは異世界の武器に変えられる。
『良かろう。この私でよければ、応えよう』
男性のか細い声が聞こえた。【TN-1 キラー】を呼び出すときにいつも返ってくる優しそうな声だった。
零華の体は直後、コクピットシートに転移する。
目を開ければ無数のランプを灯す計器板と外周カメラによる映像を映し出すメインモニターがあった。コクピットシートに備え付けられた耐G安全ベルトを締め、さらに背もたれのポケットに収納されている薬剤ポーチから精神安定剤を取り出して服用すると、零華はモニターの一点を鋭く睨む。
「行こう、キラー!」
視線追従方式の操縦系統をもつキラーは、パイロットの視線の動きをモニターでトレースしコマンドに変換してくれる。たとえば敵を睨めばそれに接近してターゲットロックを自動でやってくれる。
ギン!
零華の言葉に応えるかの如くキラーのエンジン音が甲高く鳴ると、召喚された白銀の巨人は藍色の宇宙怪獣に突撃していく。
「キラー、イレイザー・スラッシュ!」
さらに零華は言葉をかけるように音声でコマンドを入力する。
補助的に音声入力方式の操縦系を併せ持つキラーは、使用する武器に関してはその名称を声に出せばそれを起動してくれる。
イレイザー・スラッシュと呼ばれる光の剣を右腕の裾から噴出させたキラーは、速度を上げて接近。辻斬りのように宇宙怪獣の尾に標準を定めて斬撃を実行する。
ガアアアアア!
宇宙怪獣の猛烈な悲鳴と怒号をスピーカが拾い、コクピットに大音声となって響き渡る。鼓膜どころが臓物全体が共鳴したのではないかと思えるほどの音だったが、零華は視線をそらさない。
「やれる!」
肉を包丁で切り落とすように簡単な手応えだった。敵の体表は固くはなく、イレイザー・スラッシュの威力であれば容易に切り裂ける。
攻撃が通じるのであれば、あとはやることはひとつだ。
「参太くん。私も一緒に戦うわ!」
己を一喝する意味も含めて声をあげ、零華は宇宙怪獣の頭部を睨む。
そこにキラーの斬撃が差し向けられた。イレイザー・スラッシュの細い白光が宇宙を切り裂き、同時に宇宙怪獣の頭部を切断する。
が、敵はすでにキラーの存在を認知していた。むしろ参太には興味を失ったようでさえあった。
無防備に気を失ってしまったのか呆然と宇宙にその身を投げ出している参太には目もくれずキラーを睨んだ敵は、イレイザー・スラッシュの一閃をわずかに身をくねらせることで避け、そうかと思えば大口を開けキラーに向かってくる。
「そんな突進!」
零華は回避挙動をとろうとするが、しかし敵の意図は突進ではなかった。
大口から直後、黄金の輝きが放出される。
レーザー攻撃だ。
「リフレクト!」
急いでコマンド音声を口にすると、間一髪でキラーは頭部のスコープを輝かせ正面に緑色の光の盾を展開する。
未知の火力を秘める黄金の光条とそれを受け止める新緑の盾は互いに拮抗し合って消えた。
直後、両者は正面から衝突していた。
キラーはイレイザー・スラッシュを構え、敵はその牙をぶつけてくる。
「牙くらい、斬ってやる!」
零華は牙に視線を集めて狙いを定め攻撃するが、あろうことか牙を切断することはできなかった。
「く!」
敵の反撃がくる。
振り下ろされる牙の先端がキラーの右肩装甲を貫き、内部の関節構造に傷を負わせる。
モニター隅に小さなウィンドウが表示され、警告とともに右腕部の一部機能が使用不可能になったことをアナウンスしてきた。
「こいつ、やる!」
零華は宇宙怪獣の体全体を睨むと、武装名を叫んだ。
「終わらせる……グレイス・イレイズ! ターゲット・セット!」
命令を受けたキラーは一度全身をぶるりと震わせると、全身の装甲を展開、機体骨格に埋め込まれているレーザーキャノンの砲口を露わにした。
両肩に三門ずつ、胸部に六つ、腹部に三つある小さなレーザー砲のすべてが宇宙怪獣へと向けられた。
「ファイア!」
主の命令を受け、キラーは全身の砲塔を起動させ九つあるレーザー砲による一斉射撃を行った。
至近距離からのレーザー攻撃を避けられる道理はない。
零華は勝利を確信しつつ、宇宙怪獣を睨みつづけた。




