高校生、独りでないことに気づかない
メゾン・アストロ最上階。
「7-G」号室では、シャルロットが終始驚愕に震えながらドレッサーの前に座っていた。
「なんですか、コレは……」
次々と出現するエイリアンと、それを撃退しつづける参太。
人間でないエイリアンの脅威的な能力より、それを相手に一歩も退かない参太の方がシャルロットには恐ろしかった。
(全身を武器化するなんて、正気とは思えません)
唇に手を当て、シャルロットはその光景を傍観することしかできなかった。
「へえ、こんなことになってたんだ」
不意に背後から声がする。
鏡から視線を外して振り向いてみれば、ハルがいた。
「ハルちゃん、いつから?」
「いまさっき。何度もピンポン押したんだけど、聞こえてないみたいだったから」
確かに呼び鈴らしい音がしていた、とシャルロットは思い起こしてみるが、それどころの事態ではなかったから無視していた。
「OH、宅配ではなくてハルちゃんでしたかー。ごめんなさーい」
「そんなことより久しぶり。そしてお帰り、シャルちゃん!」
そんなことどうでもいいんだけど、なんで生き恥さらして帰ってきたの?
「ありがとうございまーす、ハルちゃん。おかげさまでこの通り、元気でーす!」
アンタのせいでこうなってるんだよ馬鹿が。まあ私の計画通りに進んでとっても元気ですよ、私。アンタの馬鹿のおかげだよ。
いつもの会話を交わしつつ、二人は鏡のなかで繰り広げられている戦闘を一緒に眺めていた。
二人は異なる目的をもっているが、しかし参太を消去したい、という思惑では一致していた。
だからこうして傍観して参太がエイリアンに喰われてしまうのを待つのが最善の策だ。
「問題は、このエイリアンがどうなるか、でーす」
「へえ。もう先のこと考えるんだ。けっこう残酷だね、シャルちゃんって」
「フフ。褒め言葉でーす」
人を超えた知恵に接続する力“天啓”をもったシャルロットは、何よりも合理性を重視する。感情に振り回されることには何の意味もないと結論づけているからだ。
だからシャルロットは、ここで参太を見殺しにすることには何の罪悪感もなかった。それよりもこのエイリアンをはたして参太以外の人間が撃退できるのかどうか……気がかりなのはそこだけだ。
しかしハルは違っていた。
「助けなくて、いいのかな」
ぼそりと本音が出る。
「フフ。ハルちゃんは時々やさしいでーす」
「う、うるさい! 本当にダメな奴だし気持ち悪い奴だったけどさ。ちょっとかわいそうだよね。ガス室に入れられた子猫ちゃんみたいで」
「たとえが残酷でーす」
「うるさい!」
ハルが顔を真っ赤にして否定するのをみて、シャルロットはため息をはいた。
(事態はかわいそうとかどうとか、そういうレベルをはるかに超えた重大危機なんですがねぇ)
シャルは最悪の場合、エイリアンたちに地球が侵略されるシナリオを想定していた。参太が殺されれば充分にありうるシナリオだった。なにせエイリアンたちの技術レベルは地球文明をはるかに凌駕しているのだから。
しかしハルの言うこともわからなくもなかった。
(かわいそう、ですか)
シャルもまた心が痛まないでもないし、参太を支援してエイリアンの数を削った方が地球全体を差し出すよりはマシかも知れない、とも思う。参太を処分することはいつでもできそうだが、エイリアンたちをここから出すことは絶対に許してはいけない重大危機だ。
「時には、感情と直感も悪くはありません、かね」
シャルロットは呟くと、天啓に接続した。参太を支援する作戦を瞬時に思い描いて立案する。
「ハルちゃん。ちょっと、試してみまーす。あのエイリアンを倒すため、空き巣野郎を助ける作戦でーす」
「え?」
ハルの顔がぱっと輝いて、直後はっと我に返って顔を背けた。
「ハルちゃんは、あそこに行けますか?」
「いや無理! 怖い!」
即答である。
(まったく。かわいそうと思うだけで、自分の手を汚す覚悟まではないんですか)
シャルロットはまたため息をはきたくなったが、自分もハルと同じだと気づく。自らあの宇宙に行きたくはない。一歩足を踏み入れた瞬間殺されるだろう。それほどまでにあの場所にいるエイリアンたちは強い。
だからこそシャルロットでもなく、ハルでもない。戦闘のプロが行く必要がある。
「零華さんの出番、ですかねぇ」
シャルロットは最善の策を模索する。
しかしそれは苦い決断でもあった。
「零華さんにまた、戦わせるの?」
ハルも苦悶に顔を歪め、申し訳なさそうに俯く。
「でもハルちゃん。あなた、行きますか?」
「それは!」
「なら、お願いしに行きましょう。一緒に」
「そうね……そうするしか、ないんだものね」
メゾン・アストロがつくりだす宇宙空間に外宇宙から知的生命体が入ってきたことは、実は以前にもあった。
それは一年前。ハルがまだ住民になったばかりのころで、シャルロットのことを優しい先輩だと勘違いしていた時期でもあった。
「3-E」号室の宇宙空間で異常現象が感知されたのがすべてのはじまりで。
部屋の主である零華はそれまですぐれた文明をもちながら平和な社会を維持する民族が住む、誰もがうらやむような世界を構築していた。
そんな世界を創世した零華をハルもシャルロットも尊敬していた。
だが、すべてが破壊された。異形のエイリアンによって。
零華はエイリアンを、自らの世界の民族とともに撃退した。一年にも及ぶ長い戦いだった。その結果、零華の世界は滅んだ。エイリアンは置き土産といわんばかりに世界のすべてを焦土と化す大量破壊兵器を放ってきたのだ。
いま、零華の宇宙空間は砂漠の広がる荒涼としたものになっている。零華は絶望して膝をつき、いまも砂漠のまま、世界を再建しようともしない。
零華の戦う姿を間近で見ていながら、ハルもシャルロットも何もできなかった。いまと同じだ。激戦故に、己の無力が通用しないことを知っている。
だがハルもシャルロットも、今回は見過ごしたくないと思っていた。零華が苦しみながらも戦いつづけた姿が、まだ心に焼き付いていたからだ。
今度は見過ごすわけにはいかない。
同じ決意を胸に秘めたハルとシャルロットは、一緒に「3-E」号室に向かうべくドアを開けた。
「え?」
「へ?」
シャルロットとハルが同時に驚きの声をあげた。
「もう。やっと開いた。さっきからずっとピンポン押してたのに」
零華が戸口にいた。
たしかに呼び鈴らしい音が鳴っていたが宅配だと思って無視をしていた。
ハルとシャルロットはそろって頭を下げた。
「お願いします、零華さん」
「頼める義理もないって、わかってますけど。それでも」
「管理人さんが死んだのはわかったわ。まずは、詳しく話をきかせて」
妹たちのようなハルとシャルロットの言葉を遮って、零華は聖女のような笑みをうかべた。




