高校生、闘士となる。
宇宙剣カイゼル・ソードが暗闇を照らし、エイリアンを切り裂く。
「ソレでこソ」
ただその言葉を遺して、エイリアンは死んだ。
右腕が直前に切り裂かれていたため、聖剣アゾノフは世界に残されることになる。
エイリアンを殺した男、奥津参太は現実を受け止めきれずしばらく呆然と立ち尽くしていた。
そのころ。
メゾン・アストロの一室、「7-G」号室ではシャルロット・カイゼルがその一部始終を見ていた。
他の部屋の宇宙空間をのぞき見できる機能がついたドレッサーに座り、鏡に映った管理人室の宇宙空間を眺めていたとき、参太がシャルロットの知らない武器をつくりあげていた。
思わぬ事態に目を見開く。
「そん、な……まさか彼が直接倒すなんて。想定外」
計画では参太がエイリアンを引きつけている間に管理人室のブラックホールを遠隔操作、エイリアンと参太をまとめて暗黒の餌食にするつもりだったのに。
これでは参太が生き残ってしまい、シャルロットの計画は変更を余儀なくされた。
奥津参太という男は本来部外者であり、必要以上にメゾン・アストロについて知りすぎていた。もし彼が世間にメゾン・アストロの存在を公表した場合のリスクは計り知れず、早急に処分する必要がある。
シャルロットとしてはエイリアンと参太の両方を同時に処分することで一石二鳥の成果とする手はずだったのだが。
「まだ彼が宇宙空間にいる間に、処分しなくてはいけませんねー」
参太の処分などいかようにもできるが、現実世界で処分してしまえば殺人罪に問われてしまう。ならばメゾン・アストロという建物が形成する宇宙空間で処分してしまえば罪には問われない分リスクは軽い。
「まあ、予定通りといえばそうですが……」
シャルロットは計画通りブラックホールを遠隔操作し拡大させた。
メゾン・アストロの住人は自分の部屋の宇宙空間に最良の世界を構築することを目的として生活しており、つくりあげた世界が崩壊すれば失敗作を生み出した住人として最悪のレッテルを貼られてしまう。
シャルロットは一見、そうした失敗のレッテルを貼られた住人だったが、あえてブラックホールを作り出し、今日この日のために計画を練ってきたのだ。
エイリアンから与えられた能力“天啓”を駆使し数々の発明を繰り返してきたシャルロットだが、ブラックホールさえ遠隔操作する技術を生み出したときから管理人を餌食にすることを考えてきた。
それは一年前のことで、したがって参太の存在そのものがシャルロットにとっては特異点だった。
ドレッサーの鏡面に映る参太は、しかし手にした宇宙剣でブラックホールさえ切り裂いてしまった。
黄金の神剣に切れないものはない。そう言わんばかりに、参太はすべてを飲み込む暗黒の大渦を消滅させる。
彼にしてみれば決死の判断だったに違いないが、化け物じみた挙動にシャルロットは全身に鳥肌がたつのを知る。
「こんなのありえませーん……ここから出られないよう、封鎖する必要がありますねー」
シャルロットは急いでクマ型スマートスピーカーを呼び出す。いま宇宙剣の素材にされてしまったものとは別のスペア機にあたるもので、色はブルー。鍵の機能も備わっており、性能はピンク色の一番機とは大差ない。
「了解した。まったく、兄者も馬鹿をしたものだ」
ブルーのクマはあきれたように肩をすくめてみせた。声は一番機のものと同じだが、こちらの方が抑揚がなく落ち着いているというより機械的だった。
「仕方ありませーん。あの子に自我を与えたのはワタシですからねー。あの参太という男が、それだけの素養があったということでしょうねぇ」
シャルロットはブルーのクマをひとつ撫でると急いで管理人室の宇宙空間へとワープ転移させる。
その目的は聖剣アゾノフの回収だった。
管理人室はいま聖剣アゾノフという鍵で宇宙空間を保持していた。鍵は現実空間と宇宙空間とをつなぐ役割を担っており、鍵がなくなれば現実世界と宇宙空間とは切り離されて行き来ができなくなってしまう。
宇宙空間から脱出できずに残ってしまった人間はそのまま現実世界に戻れぬまま幽閉されることになり、鍵を再び同じ現実空間に戻して行き来できる状態を再開しなければ脱出できない。
参太より先に聖剣アゾノフを室外に持ち出してしまえば、参太を幽閉できる。
シャルロットのこの計画は成功する。
ブラックホールさえ斬ってしまったことに自ら驚愕しているのか、参太はまるで棒立ちしていた。宇宙空間に漂うまま、己の力にただ恐怖しているのだろうか。
鏡のなかに映る彼の姿と、ぬいぐるみが聖剣をそっと回収してワープしたのを同時に確認して、シャルロットは呟いた。
「幽閉状態を保持して、監視はつづけますかねえー」
それは“天啓”の力をもつ彼女でさえこの事態はどうにもできないことを意味していた。
シャルロットに監視されているとはつゆ知らず、参太はただ一人の宇宙人と向かい合っていた。
それはシャルロットの鏡には映らない、この世界で参太だけが見ることができる存在だった。
「あんた、何者なんだよ」
参太はその存在――さっき斬ったばかりのはずのエイリアンに問いかける。
切り落としたはずの右腕は再生しているが、その全身はまるで幻のように透き通っていた。
わかりやすい幽霊の状態だった。
「私は管理人だ。ずっと前から、この建物にいた」
「いやいや、俺はさっきあんたを斬っただろうがよ。なんで蘇ってるんだよ」
「確かに貴様は私を斬った。だが、あれは私であって私ではない。あれは私の肉体に過ぎないのだ」
「んん?」
首をかしげる参太に、エイリアンはあたり前のように説明した。
「私はいつからか、己の肉体と精神とを分離させるようになったのだよ。私の肉体は戦いを望んだが、私の精神はただ平和を望んだ。まあつまりだ、私は追い出されたんだよ、私の肉体に」
「はあ?」
エイリアンは口を歪めた。自嘲しているのだろうか。
参太は呆れてものもいえない。
(つくづく宇宙人ってやつは、理解できねえ)
けして共感できないその自嘲に、しかし参太は状況が楽観できないことも知っていた。
どうやってこの宇宙から抜けだせばいいのかわからないのだ。
これまではいつの間にか宇宙空間が反転し現実世界へと戻ることができた。しかし今回はいくら待っても反転してくれない。
「そんなことより、だ。俺はどうやって帰れるんだ?」
参太は一番このアパートの仕組みを理解しているだろう管理人に聞くことにする。
「わからない」
「はあっ!」
「すまん。管理人とはいえ、だいぶ昔に追い出されたものでな、もうかれこれ五年くらいは経つんだよ。だから、その……この管理人室の仕組みさえよくわからないんだ」
「ポンコツじゃねえか!」
「返す言葉もないな」
落ちついた重低音のシブい声はポンコツな発言すらかっこよくしてしまっていた。それが逆に参太には憤りの種になった。
「いやいやいや俺、どうやって帰ればいいんだよじゃあ!」
さすがに腹が減ってきた。それにいい加減右手に握った神剣も手放したい。いまは光の刀身を収納している状態だが、それでも重かった。小さいダンベルなみの重さはある。心底、刀身が重さのない光でよかったと思う参太であった。
「そうだな。とりあえず……“彼”の仲間を倒してから話すとしよう」
「仲間?」
「ああ。遠い世界のワームホールが、この空間に接続されたことを先ほど確認した。それも、私の故郷からの接続だ」
「はあ……つまりもうじき、宇宙人がここにやってくるって?」
「そういうことだ。ちょうどこの宇宙空間は閉鎖されているようだし、ここで貴様が奴らを倒せば、奴らが地球を侵略するのも防げるだろう」
「ちょっと待てよ。俺、休みたいんだけど」
「世界を救うヒーローになれる。休みなどその後でいくらでもとればいい」
「ブラック企業かよここは!」
参太は渾身の叫びを宇宙に響かせた。
それがトリガーとなったのか、どうか。
参太とエイリアンの前に一つ、時空の渦が発生した
「これがワームホールってやつか」
参太は神剣の柄をかまえ、渦巻く時空の歪みの正面にたつ。
はたして……そこから一体の宇宙人が出現する。
群青色の表皮を持った、やはりワニのように大きく裂けた口をもったエイリアンだった。
「我ハ使者なリ。サア、蛮族の世界ヨ。我と交渉せヨ」
群青のエイリアンはそう告げた。




