高校生、神剣を手にする
エイリアンの大口が迫ってくる。
時間の感覚がゆっくりになっていく。錯覚なのだろうが、実際ゆっくりになっているのだから仕方がない。
参太はそのなかで暖かさを感じてもいた。
「俺は、死ぬのか」
死にたくないとは思わなかった。
ここで生き残っても、これからいったい何が待っているというのだろう?
もう帰れない家。そんな家から連絡がいって戻れないであろう学校。そうでなくとも腐っている毎日。すがるように空き巣をやってみたけれど、毎日が腐っているのだという感覚を抜くことはできなかった。
空き巣は快楽だった。しかしそれ以上のものはなかった。
(俺は何のために生きているんだろう)
疑問せずにはいられない。
友だちがいればよかったのか。恋人がいればよかったのか。部活に入っていればよかったのか。
わからない。
『救いたくはないのか』
ゆったりとした時間のなかで考えていると、幻聴めいた声が聞こえてきた。
目の前のエイリアンの方から聞こえてくるし、それはあの管理人の声に違いない。しかしエイリアンに変身した彼より流暢な口調だ。よく似ているだけの、別の声なのか。
「救う? 俺が、何を」
『そのための力だ』
「これは、宇宙空間でしか使えない。誰も救えない。夢のなかでヒーローになるのと同じだ」
『違う。それは君を救う力だ』
「君……俺のことか?」
『そうだ。君を救えるのは、君だけだ』
「俺が、俺を? なんだよ、それ」
『救われたくはないのか』
「もう手遅れだよ。俺なんて」
参太は己の手を見た。空き巣という快楽に溺れた、罪に汚れすぎたその手を。
大口が目の前に迫っている。
時間の流れが元通りになった。スローモーションから脱却し、かえって現実は倍速で進んでいるようにも思える。
「ああああああ!」
恐怖に叫ばずにはいられなかった。けれど、それしかできなかった。
喰われる。
エイリアンの牙が参太の頭上にそびえ立つ。
瞬間、その牙がそれた。
「お前さん。俺はあんたが嫌いじゃないって言っただろう」
クマのぬいぐるみがタックルしてくれていた。その体は布と綿でできた軽いものだが、中心部に内蔵されたスピーカー部分は小石ほどの重量がある。それが空気抵抗のない宇宙空間で超加速を得れば、エイリアンの体ひとつ楽に吹き飛ぶ。
だがダメージは一切与えられていない。
「貴様! 刻ンでやル!」
エイリアンの反撃をひらりと避けつつ、ぬいぐるみは意を決して叫んだ。
「皇女様、すみません! 参太! 俺を、つかえ!」
ぬいぐるみはエイリアンの胸を蹴ってその慣性で移動。
動きをとめている参太の腕のなかに飛び込んだ。
「使えってどういう」
「兵器化だ。鍵である俺を武器に変えろ。あの聖剣に対抗するにはそれしかない。どのみちあの聖剣も鍵を武器化したものだろう。毒には毒だ」
聞いていてその理屈はわからないでもない。あの光と物質の中間に位置する素材を用いた聖剣には圧倒的な力がある。普通の武器では太刀打ちできず、まさに人智を超えた装備でなければならない。
「俺は使い捨てじゃないのか」
参太はしかし目の前のぬいぐるみを信用できなかった。
ハルに捨てられた痛みが心をよぎる。シャルロットにもどうせ同じことをされることも、命令するときの態度で察しがついた。事実、今は囮に使われている。
「どうしてそこまでするんだ」
「言っただろう。皇女様はどうか知らんが、俺はお前さんが嫌いじゃない。好きでもないがな」
ぬいぐるみは肩をすくめた。
「正直、皇女様からは、見殺しにしてもいいとは言われた」
「ひでえ」
察しは付いていたとはいえ、実際に言葉にされるとぐさりとささる。
ぬいぐるみはそんな参太の頬を叩いていう。
「しかし俺はその命令に背こうと思う。皇女様からの言伝を破ったのは、いまこの瞬間が初めてだ。だから光栄に思え、参太!」
ぬいぐるみは全身の力を抜いて参太の腕のなかに収まる。
好きにしろ、と。そう言われたような気がした。
「死ネ!」
エイリアンが聖剣を持ち上げて迫り来る。
虹色の剣がいつでも下ろせる状態になっていた。
斬られる。
「早く、参太!」
「わかったよ!」
自分自身なんか救いたくない。生きていてもどうしようもないと思ってしまうから。救われる価値もないと思うから。
それでも、参太は目の前のぬいぐるみを掴んだ。
死にたくないとは思わない。だけど、死にたいとも思えなかった。
(お前がそう言ってくれるなら、もう少しだけ!)
救われる価値がないと思っても、誰の役にも立てないとわかっても、嫌いじゃないと言わればその人のために動けそうな気はした。
もっともぬいぐるみは人ではないが。
(これがハルとかシャルロットみたいな美人だったら、よかったのにな!)
参太は己の不運を呪いながら、ぎゅっとぬいぐるみを抱いた後、その右腕で掴み上げる。
「俺は、この現実を切り開く」
参太は秘めた力にアクセスする。理屈を超えた力が体内に満ちるのを感じると、脳内にまったく知らない知識――武器の名前が浮かび上がってきた。
「顕現しろ! 宇宙剣・カイゼルブレード!」
瞬間、ぬいぐるみが金色に輝いて物質としての形状を失った。
それをぐっと掴むと、花火が砕け散るように輝きが霧散する。直後、その手には大剣の柄が握られていた。
次に柄から金色の輝きが放出され、大剣の輪郭を形作る。
大出力のレーザーソード。
人智を超えたその武器は神々しい輝きを放つ。宇宙の暗闇を照らす、しかし太陽の色とは異なる大きくて暖かな輝き。
それは神剣だった。
「うおりゃああ!」
参太は神剣を振るい、聖剣をはじき返した。
「コれハ……ワタシの知ラない、存在カ」
エイリアンはうめきつつも聖剣を強く握りしめてまた振るった。
「だがシかシ。ワタシに勝てルとは思うナ!」
虹色の輝きを放つ聖剣と、金色の火柱である神剣とがぶつかりあった。
光の刃と刃がぶつかりあうその向こうで、参太とエイリアンの視線が交錯する。
直後、互いの力が拮抗し合い、弾き合う。同時に刃を上にあげた両者は胴体がガラ空きの無防備な格好をさらす。
動きが共鳴しているかのような両者は、次の瞬間には同時に刃をまたぶつけあうのかと思われた。
しかし……。
カイゼルブレードの柄から青い炎が噴出した。それがジェット推進の役割を果たし、無理矢理その刃を振り下ろさせる。
「これは!」
参太にとっても予想外の機能だが、それはエイリアンより早く刃を振り下ろすことになり。
まさに剣を振り下ろそうとした瞬間を狙われたエイリアンに、神剣を防ぐ術はなかった。
「切り裂く!」
参太は叫び、出力を上げた神剣がエイリアンの右腕を切り落とす。
聖剣を握っていた腕ごと切断されたエイリアンは、赤い血を噴き出して悲鳴をあげた。
そしてもう一度、参太は神剣をかまえた。
「これで、終わりだ!」
勝利の一振りが繰り出され、エイリアンの体が金色の輝きに呑まれていく。




