空き巣高校生の日常
参太は宇宙空間のなかで一隻の船が崩壊していくのを見た。
それは単なる船ではない。メゾン・アストロの裏側にひっそりと棲んでいた巨大なエイリアンシップ――管理人とともにこの地球に降り立った異形の生命。
エイリアンシップは己の骨が軋み、割れ、表皮が裂けて肉体の端から順に破壊に蝕まれているなか、しかし叫び声ひとつ出さなかった。
もっとも心臓を切り裂いた以上、断末魔以前にその生命活動はすでに遮断されてるのだが。
「これで終わり、か」
参太は呟くと、最後にエイリアンシップの姿をその目に焼き付ける。
管理人の肉体を殺し、その精神をも兵器に変え、その上エイリアンシップさえ殺した現状、この地球上から異形の生命は完全に駆逐されたといっていい。
別にそれが目的で彼らを殺し尽くしたわけではないが、ただひとつ、やり遂げたという強い達成感だけが胸にふつふつとわきあがってくる。
命を奪って達成とはいまいち気分が晴れないが、しかし胸にわきあがる感情も本物だった。
参太はため息をつくと宇宙空間から現実へと戻る。
メゾン・アストロの裏側の領域を管理していたエイリアンシップが崩壊したいま、じきにアパート全体に貼り付けられた宇宙空間も消滅する。
この宇宙空間は闘争の場となり、住民同士を殺し合いに参加させたメゾン・アストロの暗部ではあるが、しかし現実世界ではけして果たせない宿願をスキルとして発現させ己の可能性を限りなく試すことのできる唯一の居場所でもあった。
住民ではないが、しかし参太はそのことをメゾン・アストロに関わって身にしみて理解させられた。
やはり管理人は救っていたのだろう、住民を。互いに争わせ殺し合わせてもなお、必死に生きようとする個々の意志に気づかせることで。
対して自分はいったい誰を救えたのだろう。
すべてが終わってもなお、参太は管理人の力を思い知る。
その背中をどこまで追っても乗り越えられそうになかった。
宇宙空間が消え、メゾン・アストロは単なるボロアパートに戻り……こうして住民たちには逃げ場のない現実空間だけが残された。
一週間後。
夏休みの朝、日曜日。
今日は補講もない。予備校にも塾にも通っていない参太は日曜日こそ完全な自由時間だった。
高校二年だが部活もバイトもしていないので、外に出る用事もない。
けれども今日はたまたま用事があった。
メゾン・アストロの住人から呼び出されたのだ。
『おはよう、参太くん。待ってるね』
そんなメッセージがスマホの通知画面に表示されていた。誰の文章かは詳細表示ボタンをタップしなくてもわかる。
呼び出されたのはつい昨日。
さらに一週間前、宇宙空間が完全に消滅してしまう前にスキル“回心”で宇宙剣すべてを人の姿に戻し、何も言わずに別れた。
彼らからは後日に電話やメッセージがくるわけでもなく、同じ学校に通っていて補講を申し込んでいるはずの透と司の二人とも会うことがなかった。補講をサボったのか、そもそも生きているのかどうか。音信不通の状態ではそれさえわからず、しかしまあ別れなんてそんなもんだと思った矢先、突然呼び出しの電話が来たのが昨日だった。
「どうすればいいんだ、俺は」
自分よりも年上なだけに女の子といっていいのかわからない相手だが、生まれてこの方若い女性から電話が来たことなど一度もなかっただけに、通知画面をみただけで電話に出た瞬間の昨日の緊張感がそのまま蘇ってくる。
嬉しくもあり、しかし戸惑いにも支配されている己の経験不足感を自嘲しつつ、それでも楽しみで仕方がないのも否定はできない。
自然、鏡に向かって髪の毛をセットし直しているのは何故だろう。
鏡の前でため息をつきつつ、参太は昨日急いで薬局まで買ってきたワックスを髪になじませた。
待ち合わせ場所はメゾン・アストロ。
すべてが終わったはずの場所はいまどうなっているのだろう。
足を運ぼうと思えばいつでも行けたはずなのだが、どうにも気持ちが乗らなかった。
(やっぱり、いいのか? 行って)
いや、気が乗らないというのは嘘か。
自分にそこに行く資格があるのかどうか、わかりかねた。もともと住民ではないし、度重なる事件に関わって解決に導いた一方、その強引で下手くそな解決法のために次の問題を誘発してきたのも事実で……今回もまた、“次の問題”が起こっていないか、正直心配で仕方がなかった。
確かめるのも怖く、さりとて忘れ去ることもできないまま無為な懸念を抱き続けた一週間の清算。そう思えば行くしかないだろう、と己に言い聞かせた参太は玄関口のドアを開いて外に出た。
間の悪いことに頭上には灰色の雲が覆い被さっている。今日は一日曇りで、ところにより雨が降るらしい。
(まるで俺の内心かよ、まったく)
いっこうに晴れることがない。そんな自分にも天気にも呆れた参太は、諦めてメゾン・アストロへと足を向けた。
そこは相も変わらぬボロアパートだ。壁紙は薄汚れたパステルカラーで、通路には埃がたまっている。夏真っ盛りということもあり壁には虫たちが張り付いて蠢いていた。管理人が仕事をしていないのは明白であり、それで住民たちからは家賃を巻き上げて日々のメシにあずかっているのだからさぞかし楽な人生だろう。
管理人の顔を一瞬だけ思い浮かべた参太だったが、ふと頭上に視線を感じた。見上げれば四階の人影――ハルと目が合った。通路の壁から身を乗り出してこちらを見下していた。
「ふ、フン!」
彼女はぷいっと視線を反らしてどこかへと消える。
「何だよ、まったく」
その反応がいったい何を示しているのかどうか知るまもなく、参太は目的地である彼女の部屋に辿り着く。
「3-E」号室の扉は所々に傷が入っており、部屋番号が記された表札も白から黄ばんで薄いパステルカラーに転じていた。
不意に昔を思い出した参太は、扉をノックすることを忘れ、チャイムのボタンを押すより先に懐に手をやった。
ゆっくりと針金を取り出した参太は、いつもの要領でピッキングを開始する。
(たまんねえな、やっぱ)
法を犯す楽しみ、。そこには言い様のないスリルがある。
不法侵入は普通に裁かれるが、しかし今日自分を呼び出したのは彼女だ。故に、彼女の部屋のドアをピッキング解錠するのも合法であり……
そんな理屈を並べて自己弁護した参太は、ものの数秒でドアの解錠に成功した。
「うし!」
小さくガッツポーズを決めた参太だったが。
「ブフッ!」
直後、突然開かれたドアに顔をぶっ叩かれた。オンボロとはいえ金属製の巨大な扉で叩かれればただではすまない。
「いったい何してるのよ、もう」
痛みにじんと滲んだ視線のなか、彼女――武田零華の顔が映った。
いつものOLスタイルではなく、それこそ女の子らしいピンクのセーターをまとった私服の彼女。
それは初めて見た、彼女の素顔だった。
きょとんと言葉を失った参太だったが、零華は「上がって」と短く指示するとリビングに消える。
視界を埋めていた涙を拭いた参太は「お邪魔しまーす」と空き巣のときにも必ず言う決まり文句を口に出しつつ、とりあえず上がり込む。
瞬間、緊張が全身をかけめぐり鳥肌がたった。
空き巣ではなく合法的かつ正道的に女の子の部屋に上がり込んだのは、そういえばこれも人生で初めてのことだった。いったいどうすればいいのか、まるで勝手がわからない。
とはいえ彼女の部屋が殺風景だったのが救いか。それこそ「7-G」号室に住むどこぞの皇女のように超絶・かわいい部屋だったら窒息死する自信がある。
「電話でも言ったけど、久しぶりだね。元気だった?」
「ええ、まあ」
会話はそんな定型文のような挨拶から始まった。
零華の声もどこかぎこちない。相手も相手で緊張しているのを見抜いた参太だったが、それはそれで気まずかった。お互いに経験不足とあれば、いったいどちらがこの会話を成立させると言うのだろう。
とはいえ、そんな参太の心配は無用だった。
やがて零華が切り出す。
「司ちゃんと透くんから連絡があってね」
そのとき参太はぎくり、と嫌な心当たりを感じた。瞬間、緊張がすべてぶっ飛んだ。
参太のそんな変化を知ってか知らずか、零華はつづける。
「光の街の研究員の人が、まだエイリアンシップが発信する信号を受信しつづけているらしいの。参太くん。あの船の最後を見たのはあなたでしょ? 何か、知らない」
参太は首を横に振った。
「俺はただ、壊れていくのを見ただけだけど……」
「そう。なら、いいわ。とりあえずそれが聞きたかっただけだから」
尋問はあっさりと終わった。
それから夕方になるまで、二人は話し込んだ。
緊張が飛んだ参太は、零華の話を楽に聞くことができた。
メゾン・アストロの現在と、それぞれの夢、将来設計、進路等々。二人の会話は止まらなかった。
陽も落ちたころ、参太はようやく解放された。
「今日はありがとう。その……また、来てくれる?」
ドアを閉める直前、上目遣いにそう確かめられて、参太は目をそらしつつもうなずいた。
そして部屋に戻った参太は、勉強机を前にこしかけた。
机の上に飾った、最近手に入れたばかりのプラモデル――それはまるで、小さくまとめられたエイリアンシップ。
(信号を発信している、か)
兵器化したものを現実に持ち帰ったはいいが、しかしプラモデルに成り果ててもなお信号を放ち続けるとは予想していなかった。
いつかはバレるかも知れない。
しかし参太は誰にも、けしてこのプラモデルの秘密を漏らしたりはしないだろう。
空き巣高校生としてメゾン・アストロから奪い去った、最大の戦利品だ。
それはこれまで空き巣をすれば必ず盗むようにしていたドアノブのネジを誰にも自慢したりせずひっそりと机の引き出しにしまってきたのと同じように、ずっと、永遠に、ひっそりと机の上に飾り続けることだろう。
「今日は、ありがとう、っと」
参太は零華にはじめてメッセージを送ってみた。
結果的に彼女の問いには嘘を返したことになるが、しかしメゾン・アストロからすべての異能は消え去っている。故に、この嘘が彼女を苦しめることもない。
だから参太は、彼女にわざわざ打ち明ける必要はないと思っている。
もとよりクソッタレなこの現実世界だ。少しくらい牙をむいてやらなければ気が済まない。
救いなんてない。ならせめて、少しくらい踏み外したってバチはあたるまい。
参太はそうしてまた、いつもの日常を繰り返していく。
部活もせず、バイトもしないクソッタレで、しかし誰でもない自分自身が主人公のこの物語を。
(メゾン☆アストロVS空き巣高校生 了)




