空き巣高校生、再起
エイリアンシップの通路を通った参太は、その部屋に出た。
聖剣が安置されるべき空間。過去、光の街の主任研究員たる盾伊と死闘を繰り広げ崩壊したコントロールルーム。
いまや完全に修復され、自立駆動する復元装置であった虫型端末も一匹残らず片付けられている。
そもそもあの死闘などなかった、といわんばかりの修復具合に内心驚いたのもつかの間。室内のもっとも大きいモニター画面――窓ガラスから直接外を見渡していると錯覚させらるほどに鮮明な外周監視映像を流すメインモニターの、その真ん中に映る文字列が自然と視界に入った。
mission of seven sword : completed!
HELLO ! MY MASTER !
「マスター?」
参太は首をひねる。
英文の意味は高校生ゆえに何となく理解はできるものの、やはり意味がわからなかった。
そもそもなぜエイリアンシップが目の前に現れたのだろう。それも聖剣から斬られる自分をかばう最高のタイミングで……。
その上で、なぜか英文で書かれた謎の文字列だ。理解できるはずもない。
しかし参太が理解できないなかであっても時間は確実に進んでいるように、事態もまたひとりでに進展していく。
ガチャり、と音がして参太の全身ががくっと震えた。
背中に取り付いていた盾が勝手に外れて宙を浮かんだのだ。
「な!」
参太は思わず大声をあげた。
「いやいやいやいや!」
盾にはいまや七本の宇宙剣、つまりは七人分もの命が封印されている。何があっても護りたかったし手放すわけにはいかない。それが勝手に自分から離れていくとなれば、慌てるのを通り越して恐怖感さえわき上がってくる。
盾は回転して宙を飛び回り、まるでUFOさながらコントロールルームを機敏に移動すると、室内の一角、かつて虹の聖剣――アゾノフが差し込まれていた装置の上にその身を定位させた。
(いったい何が!)
状況に振り回されている。勝手に進行していく身勝手な事態を憎み、それに対応できない自分にもいらだちながら参太はみた。
盾がそのまま降下し着地、装置に接続されるその瞬間を。
ガッ! と金属同士が接触し合う音が小さく響いたのも刹那。電気信号が通った回路基板さながら、盾の縦横に細い光の線が入って輝くと、連動して接続された装置にも同様の線が走り、それは床面にも侵食していく。盾、装置、床と漏れ伝っていく光の線はコントロールルームの壁、最後には天井をも駆け巡り、まさに室内全体に蜘蛛の巣とも毛細血管ともつかない無数の線が張られていった。
瞬間、ドクン、と音が鳴る。鼓動そのままの音だ。機械的で無機質的な電気回路の紋様に支配されたこの部屋から聞こえるにはあまりに不相応な生命の鼓動が、なんと盾から響いた。
「はじまったか」
高鳴る鼓動の不気味さになかばパニックに陥っていた参太は、相も変わらず落ち着いた声音が侵入してくるのに鋭敏に反応した。
見れば、管理人がゆったりとした歩調でコントロールルームに入ってきた。
「虹の聖剣の性質を、七色の宇宙剣を集めることで擬似的に再現し、融合させることでもう一振りの聖剣とする……聖剣の複製は禁忌であるはずだが、その罪を犯してまで私を手放したかった、ということか」
周囲を見渡しつつ独り言のように呟き、管理人は参太には一瞥もくれなかった。まるで物言わぬエイリアンシップに語りかけている狂人のようだ。
「本国に戻れば厳罰に処されるが。戻るつもりも、その手段もすでにないのはお互い様、か」
最後にふっと笑って締めくくった管理人は、言葉を終えるとようやく参太を見た。忘れていた捜し物を偶然みつけた、というように。
「おめでとう、と言っておこうか。参太くん」
「どういう意味だ?」
「君はいまこの瞬間から、メゾン・アストロの管理人となった」
「は?」
突拍子もない告白に、思わず参太は盛大に首をかしげた。脳がその言葉の理解を拒み、どうしてそうなった! と誰でもいいから問い詰めたくもなる。
「委細を説明している時間はない。参太くん……残念だが、これで私には君を殺さなければならない理由ができてしまった。これまでは、そうだな。社会勉強の指導のつもりで君と向き合ってきたが、もはやこちらも本気で事に当たらなければならない。なにせ今、私からは管理人の資格が抜け落ちているのだからな」
管理人は――いや、目の前にいたのは、単なるエイリアン。
それはエイリアンシップによるものか、人間の姿が維持できなくなったらしい。何の前触れもなくスーツが破れ、彼の本性たる緑色のぬめっとした肌、大きく裂けた口、くぼんだ眼窩が露となった。
エイリアンはただ己の両手を呆然とみつめていた。
「いまならまだ、戻れる。君を殺して、その偽りの聖剣を破壊してしまえば」
直後、エイリアンは雄叫びをあげた。
「AAAAAA!」
「いきなりかよ!」
参太は叫ぶことで迷いのすべてを吹き飛ばすと、後ろに下がった。
直後、目の前に虹の輝きが通り過ぎる。聖剣アゾノフの刃の光だ。
参太は盾の方に目を向けた。宇宙剣がなければ、聖剣とは渡り合えない。
どうするか、と参太が疑問するまでもなく盾は装置から離れ、主人のもとに駆けつける忠犬のごとく目の前にやってきた。
接続を解除された装置は輝きを失い、鼓動も消える。室内にあまねく張り巡らされていた光の線も消え失せ、少し前の無機質なコントロールルームに戻っていく。
「ガア!」
エイリアンは盾に攻撃を加えるが、その表面には微塵の傷もつかなかった。
むしろ盾は白い輝きを放ち、それは衝撃波か、攻撃を加えたはずのエイリアンが吹き飛ばされる。
エイリアンが反対の壁に強く打ち付けられている一方、盾は依然として宙に浮かんでおり、裏側にあるその持ち手を参太に差し出していた。
参太は手を伸ばしつつ、己に向かって言葉を紡いだ。
(まだ理解できてないけど、やるしかないな)
エイリアンシップがやってくる直前、確かに管理人に敗北した一瞬前の記憶が蘇る。
この船が来なければ自分は確実に聖剣に切り刻まれていた。完璧な敗北だった。七本の宇宙剣をすべて操ってさえ覆すことができなかった技量の差だった。
これが現実。そう教え込まれた。
それでもなお、やり直しを迫られている。
盾が無言で持ち手をこちらに向けてくるのがどういうわけなのかは知らないが、しかし参太はなかば脅迫観念に取り付かれて、それを握り込んだ。
逃げるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。自分勝手に手放すことは許されない。この盾には、七人分の魂が……誰でもない自分に意志を預けてくれたかけがえのない他人たちが、失敗続きで何の成果もだせない自分を、待ってくれている。
『また会えたね、参太くん。よかった』
最初に零華の声が聞こえた。
『冷やっとしたもんだが、しかしまだやれるって顔だな。その意気だ、前を向け、参太!』
勇騎がいつものように快活に声を張り上げれば、
『心が折れてないことには感心しますが、勘違いは禁物でーす!』
『そうそう。あんたはまだ何にもできてないんだからね。ま・だ!』
シャルロットとハルが揃って勝手にしゃべりだし、
『俺はまだお前を許してない。ともに勝利をつかむぞ!』
『まあほどほどにね。ボクが力を与えている限り、君は最強なんだ。最後には勝つよ』
透と司もいつものように声をかけてくれる。
『全部、貴方に任せます。管理人さんを、どうか』
老婆が変わらぬ気品を漂わせつつもプレッシャーをかけてくる。
正直、逃げたい気持ちはあった。この現実に立ち向かうのは面倒で、何もしたくない気持ちもある。そこは否定できない。
だからいますぐにでも全部を放り捨てて、この宇宙空間から逃げだしてクソッタレな現実空間に戻って家に帰ってはやく寝たい。
けれど。
その気持ちよりも、裏切りたくない気持ちの方が強い。
こんな自分にまだ声をかけ、信頼の眼差しという面倒このうえないものを向けてくる人間たちに、ただ応えたい。
何も救えなかった。誰も救えなかった、何もできなかった自分。けれど、いま一緒にいるこの人間たちを裏切ることだけは、なぜだか絶対にしたくなかった。
義務感でも使命感でも何でもない。それは紛れもない、己の心の底からじわりとわき上がってくる、欲望だった。
「俺は、俺のために……」
誰かのために、何ができるものでもない。みんなの為にがんばるだなんて言うことさえおこがましいほど、無力な自分なのであれば、せめて自分自身のために。
これ以上裏切りたくない、ダメな自分のままでいたくない。その己の欲求のためだけに、参太はこの現実に向かい会うことにした。
『君は、君自身を救いたくはないのか』
スキルを吹き込まれた瞬間、脳裏に焼き付けられたその声。
いまも変わらぬその声を脳裏に再生すると、参太の手元で盾がふたたび“兵器化”される。
七本の剣をしまい込んだ盾は、一本の刀に凝縮された。
持ち手はそのまま柄となり、その複製された聖剣――星剣“クローズ”はすべてを終わらせるべく、参太の手に握られる。
一方、参太は全身の兵器化を解除する。鎧の戦士が一介の高校生に過ぎない身の上をさらけだした。
「何のつもりだ」
エイリアンは壁に打ち付けられた状態から回復し、参太に向き合っている。
参太は応えた。
「俺は単なる高校生なんだって、そう思ってさ」
「そうか」
エイリアンは鼻で笑うように息を吐くと、次には虹の聖剣を振り下ろす。
同時、参太もまた七色の星剣を振り上げた。
二振りの宇宙剣の、最後の衝突がはじまる。




