無念の宇宙剣、高校生の双肩に
「これしかないって、これのことですか」
参太は呆れつつ目の前のラブシーンを眺めていた。
『まあね。戦場の愛ほど尊いものはないの』
老婆の返事が即座に返ってくる。
司を抑え込む手段はこれしかない、と言われて従ってみれば目の前の抱擁だ。
しかもそれは神々の祝福が与えられていた。司を護るべき神の手がブーケの形となって二人の上に移動し、燦々と輝きを放っている。
(やってられっかよ)
カラオケにつづいてこの宇宙空間でも二人の仲むつまじさを見せつけられるとは……うんざりする思いを抱きつつ、しかし司に透を兵器化した罪を問われた胸の痛みがすこしは和らぐ気もした。
いま透は司を抱きしめ、司は透の胸に顔をうずめて泣いていた。
彼女はずっとさみしかったのか、苦しかったのか。
囮に利用されようと、見向きもされなくともずっと傍にいた透の根気強さの賜物か。
いずれの要素が勝ったにせよ、欠ける者同士を補い合うのが男女の関係かとも思ってみた参太は、しかし次の瞬間、ここが戦場であることを再び思い知る。
「管理人が」
参太は見てしまった。
司によって光の檻に閉じ込められたはずの管理人の姿が、ない。
逃げたのか、と思ったがそんな甘い考えはすぐに打ち消し、この宇宙のどこかにいるはずだと考え直した、その時だった。
抱きしめ合う二人の背後に虹の刃だけが見える。
「!」
テレポートした管理人が、本体よりも先に聖剣を出現させたのだ。
抱きしめ合う二人を虹の刃が串刺しにした。透の腹を貫通した刃がそのまま司に向けられる。
「クソッたれ!」
司は神の手に護られたが、しかし透は致命傷を免れない。
遅れて姿を現わした管理人が刃を上に振り上げたが最後、透の体は腹から胸、頭を順番に切断され、左右から二等分されることになる。
『参太、あたしの力で!』
ハルの声とともに盾が回転、ワープ・ダガーの柄が差し出された。
「ああ!」
その柄を握り、二人を救いたいと願う参太とハルの心が声となって合わさった。
『「テレポート!」』
瞬時に肉体が消滅し、己の願う場所に移動する。
「ねえ、透……死なないでよ」
絶望する司の声が聞こえた瞬間、ぐちゃぐちゃに刻まれて変わり果てた透の顔が参太の瞳に映った。
「死なせない!」
参太は透の体に手を伸ばし、触れた。
瞬間、スキル“兵器化”が発現する。透の肉体は単なる兵器と化し、宇宙剣へとふたたびその身をおとした。
「何度も、ごめん」
『いや、助かったよ』
透と言葉を交わしたのもつかの間、視界にはいつもと何ら変わらない余裕を貼り付けた管理人の顔が見えた。
「人間というのは、つくづく本能を優先するな」
ぼやきつつ、虹の刃を司に振り下ろす。
参太はふたたび手にした透だった宇宙剣――ブレイブ・リープを構えて救援に向かうが、しかし司もまた神童の実力で迎え撃つ。
「ボクを怒らせたら、ダメだよ」
一言、静かに言い放った司は手を前に突き出し、その動きに合わせて神の正拳突きが繰り出される。
それは管理人を真正面から捉えた。
「神童。君は私が与えたスキルを誰よりも完璧に使いこなし、そして私以上に発展させた」
まるで優等生の答案を採点する教師のように、落ち着き払ったその口調。
「故にこの一撃は、感謝でもある」
聖剣と神の拳とがぶつかり合う。刃の形となった虹の輝きと、拳の姿にまとめられた白光とが干渉し、衝撃波を発生させた。
壮絶な力の波動が二人に跳ね返るが、司も管理人も互いを睨む瞳を閉じたりしない。むしろ司は眼光をますます鋭く研ぎ澄まし、管理人は笑顔を強めて顔を引きつらせた。
「“消失”」
管理人の口から一言、漏れる。
それはスキル発現の鍵となる言葉――瞬間、神の拳が消えた。
『これはまさか、あいつの!』
勇騎の声が響けば、
『間違いありまセーン……思い出したくもないですよ』
トーンダウンしたシャルロットの声も続いた。
「これは本来、己を消滅させるだけの自殺スキル。いわば最弱の力だった」
管理人が聖剣をふたたび振り上げ、
「しかしこの力を与えた者もまた、己の力を高めた。高めつづけて、ついには森羅万象を消滅させる、最強のスキルへと昇華させた。君と同じだよ、神童」
そのときは管理人の顔がふっと温かい微笑に変わる。
司は目の前に迫る虹の刃をにらみ据えたが、視界に突如、黄色の短剣が現れた。
参太が投擲したワープ・ダガーがテレポート、司を護るべく聖剣を弾く。
ワープ・ダガーが瞬時に盾に戻り、追いついた参太がブレイブ・リープを振り下ろす。
「対して、透くん。君は違ったな」
ブレイブ・リープの緑の刃先をみつつ、管理人は呟いた。
「そのスキルは本来、他者の力を消滅させるものだった。だが君はその力を使いこなすことができず、弱体化という形でしか発揮できなかったのだ」
虹の刃が緑刀を完璧に受け止め、そのまま切り払って押し戻す。
弾かれた形となった参太は一度、衝撃に吹き飛ばされた。
その距離は、管理人が司を殺すのには充分な時間を稼ぐことになる。
「人間は実に多様性に満ちている。持つ者、持たざる者とに分かれるが、しかし君たちのように、男と女というだけで惹かれ合ったりもする。互いの力は釣り合わぬというのに」
「うるさいよ!」
司は神の手を呼び出すべく右手を振り上げたが、
「!?」
違和感が全身を襲った。
はたと顔を上げれば、管理人が口の端を吊り上げていた。
「君を護るものはもう“消失”した。いったはずだ、先ほど発揮したのは最強のスキルだと」
「最強だって?」
司は反射的にスキル“世界改変”を発揮させる。髪と瞳の色が徐々に赤く染まっていく……。
「無茶だ!」
参太は見ていられず叫んだが、しかし管理人の刃は早かった。
虹の輝きが司の腹を貫く。
「ボクが、最強だよ!」
司の瞳の色は消えない。腹を貫かれ、肉を焼かれて激痛が走る体をそのまま神に差し出した。
「“世界改変”――顕現」
それは己の体を生け贄にすることで現代に“排されし神”を呼び戻す、世界改変の最終地点。
だが。
「“消失”」
無慈悲な一言が、神さえ遮った。
「そんな、こんなことが」
瞬間、司のスキルが消失する。
管理人はついに聖剣を引き抜くと、スキルも戦意も抜け落ちて呆然としている司を蹴り飛ばし、そのまま参太に渡すようにした。
流れてきた司の体を受け止めた参太は、管理人を睨みつつ司の息がまだあるのを確認した。
「ボクのスキルが、一番だよ」
呆然としていながらもうわごとのように呟いていた。
「参太くんは、どう思う?」
最期ににこっと笑って、司は痛みを伝えてくる全身を何とか動かして震えるその右手を差し出してきた。
「お願い、参太くん。ひとりで死ぬのは、さみしいよ」
「ごめん」
参太は一言、謝った。
そして差し出された司の右手を握った。瞬間、その肉体が一振りの剣に変わる。
宇宙剣――ジオ・スラッシュ。
それは漆黒の大剣。
「スキルは消したはずだが、そんな人間さえ君は兵器化するのかね」
「救えない気持ちは、あんたならわかるだろ」
「君と私とを一緒にするな」
両手に透と司――変わり果てた一対の宇宙剣を握りしめ、参太は管理人と向かいあう。




