神威高校生の回心と抱擁高校生
「世界……改変!」
司は叫ぶ。高らかに己のスキルを誇示するように、その力の名を謳う。
髪色は黒から赤に。瞳の色も同じく染まり、少女の身に破壊の神が降臨する。
「ラグが、なくなってる!?」
参太は思わず声をあげた。
神を使役し世界の理に干渉するスキル“世界改変”は、その強大な力に応じて長大な準備時間を要する。故に戦場で敵と相対しているときに使用するのは自殺行為であり、たとえば透のような戦闘を得意とする住民を囮にする必要があった。
にもかかわらず。
「これが、独りで生きるっていう決意なのかよ」
参太は推定する。司は己の意志でそのスキルを強化したのだ。
独りで生きたい、すべての人間関係を断ち切って。闘争の勝者となり、メゾン・アストロの頂点にただひとり君臨して生を終えたい。その願いがいま、神に届いた。
『我ら“排されし神々”、この依り代の少女を救わんとせん』
破壊の神は司の体で宣告し、右手をあげて振り下ろす。
瞬間、世界を破滅に導く閃光が右手の先からほとばしった。
「“回心”!」
宇宙のすべてを抹消する力を秘める白い破壊の輝きを、しかし灰色から漆黒へと色を変えたナハーム・メイスは即座に切り裂いた。
スキル“回心”の力が込められたその宇宙剣は接触した存在を形而上、形而下にかかわらず“同質の存在”に変えてしまう。
世界を破滅に導く神の力は、神秘的光景であるオーロラに変質させられた。
紫色に輝く光のカーテンは霧散し、参太は反撃の刃を差し向ける。そのときにはナハーム・メイスは再び灰色に戻り、光と物質の中間に位置する不可思議な刃が滑り込む。
刃先は司の首下に振られた。狙いに間違いはない。
が、神に護られている司にはあらゆる攻撃は無意味となる。
白い輝きが手の形になった神の手が顕現、刃を掴みあげてしまう。
「く……“回心”!」
神の手さえ、ナハーム・メイスは青色のオーロラに変えて無力化する。
それは千日手。
参太は予測する。このままでは、こちらの攻撃すべてを神の手に掴まれる。そして神の手を無力化して反撃し、また神の手に掴まれる……。
現実において、無限などは存在しない。繰り返せば繰り返すほど、刃を振っている参太の心身が削られていくだけだ。
他方、司はまったく息を乱していない。落ち着いていた。まさに司は神に護られていた。司は何もしていない。
その差は歴然だった。無限に繰り返すどころの話ではない。可能な限り速く、短期決戦にもっていかなければならない。
『参太。俺にやらせてくれ』
焦る参太に、透の声が響いた。
「ダメだ。神の手はスキルじゃない、弱体化では」
『参太くん。私の刃で、透くんの刃を斬って。それしか、手段はありません』
否定する参太に、今度はナハーム・メイスから老婆の声が響いた。
「透の剣を、斬る?」
『そう。はやく! 説明してる時間はない!』
老婆のせかす声と同時に司の視線が参太の心を射ぬいた。
「世界、改変!」
次の神を降臨させた司は、その髪色を金色に染め上げた。
「ああ、もう!」
もはや迷っている時間はない。
参太は右手だけでナハーム・メイスの柄を持って振り上げ、さらに空いた左手を背中に回した。直後、盾が回転して透の意志に応え宇宙剣――ブレイブ・リープの柄が参太の手に渡される。
一気に剣を引き抜いた参太は、緑色のその刃に思い切りナハーム・メイスを叩きつけた。
「いったい、何を?」
瞬間、司は思わず神の召喚を遅らせてしまった。ついに参太がおかしくなってしまったのか。自らの剣を、自らの剣で叩ききってしまうなどどんな精神異常者か。
はたして、スキル“回心”は働いた。
透の肉体を兵器化して造られた宇宙剣を“回心”で変容させる。それはつまり、宇宙剣をふたたび人の姿に戻すことに他ならない。
ナハーム・メイスがブレイブ・リープの刃を叩き折ったかと思えば、折れた刃が変質、透の肉体が宇宙に現れる。
「よし!」
透は快哉をあげるのも一瞬、迷わず司へと泳いでいった。
「司!」
「透……?」
もはや司の動きは完全に止っていた。神の召喚を行っていたことさえ忘れ、目の前に突如現れた憎たらしい男に視線は釘付けだ。
みすぼらしい子犬のように、ただひたすら自分に着いてきただけの男。
どうして自分なんかに? とは聞くまでもない。彼が男で、自分が女だから。ただそれだけの話だろう。透に下心があるかないかを断じるつもりはないが、しかし司は女の勘で透にその気があることを見抜いていた。
別に好きでもない男につきまとわれることほど、面倒なことはない。不運にもそれが不細工ではなくむしろイケメンな方で、性格も悪くはなくて文句もつけられなくて、そして住民としても戦闘寄りの実力者で囮としての利用価値も充分となれば、もう理由をつけて切り捨てることもできなかった。
そんなこんなで行動をともにするうちに、いつしか友だちのように毎日毎日話すようになって、そしてお互いの部屋にまで自由に行き来するようになって。
「なんで透……ボクを独りにしてくれないの!」
司は思い出したかのように神の召喚を再開した。時を逆流させる神を呼び出そうと思ったが予定変更だ。いまこそ目の前の透をたたき落とすべく、もう一度破壊の神を呼び出してやる。
幸いなことに透は参太よりも前に出てきている。つまり破滅の光を“回心”の宇宙剣で変質させられる前に、あの透を世界から消し去ることができる。
そこまで思った時だった。
透はすでに目の前にいた。
「なっ」
「俺は、お前が」
司は目の前の視界が真っ黒く染まるのを自覚した。何も見えなくなる。いったい何をされたのか。
聞くまでもない。
全身があったかい。視界を覆い尽くしたのは透の体だった。
「え?」
強い力で抱きしめられていく。
「ちょっと」
世界の破滅を願った少女は、しかし神を召喚することを再び忘れた。
スキルの発動は果たされず、司はただ透の体を振り払おうともしない。
呆気にとられた。まさかいきなり抱きしめられるだなんて。しかも、この戦場の中で。笑止千万だろう。
けれどこれは現実だった。




