空き巣高校生VS神威高校生
老婆の手が剣の柄となる。
新たに造成した宇宙剣――ナハーム・メイスは古びた矛の形をしていたが、しかしその刃は光とも鏡とも言えない未知の材質でできている。それは光と物質の中間に位置する地球外の素材でできた聖剣・アゾノフとまったく同じだ。
ただ、聖剣アゾノフが七色の輝きを放っているのに対し、このナハーム・メイスは灰色だった。
零華の手――青刀を盾に戻すと、両手でナハーム・メイス、つまりは灰の聖剣の柄を握り込む。
瞬時に老婆の声が聞こえた。
『私はただ、みんなを救いたかった。それだけです』
参太はまだ一言も口にしていないが、しかし間髪入れずにそう訴えてきた老婆の心はわかる気がした。
「管理人さんの味方、だけじゃなかったと?」
『管理人さんも、住民さんも、みんな。みんなの人生を、見届けたかった。私は救われないにしても、管理人さんが住民さんの全員を救う未来が、見たかったから』
スキル“回心”で住民たちを保存しつつ、管理人のスキル消失を防いでいた。みんなを救いたいという、その意志のままに。
しかしその老婆の意志も現実に落とし込まれれば、管理人の弱体化を防ぎ住民たちの虐殺をまったく無意味なものにしてしまった、というだけのことに終わってしまう。結局誰も救えなった、その結論に達してしまう。
いかなる理想をも打ち砕く無慈悲な現実。
(ほんと、いつだってクソ食らえだよ。この世界は)
はあっ、とため息をついた参太は、灰の聖剣の柄をいま一度、握り込む。そして構えた。
参太は思う。
(このおばあちゃんも、管理人も……俺と同じかよ)
救いたい。そう思って行動して、結局救えない。そもそも人が人を救うことなどできない。その現実を思い知る。思い知ってもなお諦めきれず、そうして成した行為はいつも空回りして最悪の結果を自分と周りの両方にもたらすのだ。
結局なにもできていないどころか、他人に迷惑をかける始末。
それでも思い思いの決意を胸に抱いて、誰しもがこの現実を生きている。己がいまできることを、できるだけの方法でやってみる。そうして誰もがこのクソッタレな現実を生きるのだろう。
(それがきっと、足掻くってことなら)
そこまで内心にうそぶいた参太は、最後に結論づけた。
(やってやる……俺は、俺のできることを)
「へえ。そうやってまた、兵器化したね」
司は参太を嘲笑するように見下した。
「結局君もそのおばあちゃんと一緒さ。中途半端な行動しかできなくて、だから何もできなくて。何の成果もならない行動を、また無駄に積み重ねるんだ」
前にもいったよね、と司は参太を睨む。笑みはもう消えていた。
「迷惑なんだよね。ボクに任せてもらえばさ、絶対、君よりうまくできる。だから何もしないでもらいたいんだけどさ。でも君は必ず前にでてくる。それ、君の自己満足でしかないでしょ? 何もできない自分が許せないって、ただそれだけのことでさ。自分のことでいつも精一杯。それで、そのツケがボクに回ってくるってわけ。ほんと迷惑だよ」
偽りのない、本音。
言い漏らしのないように、伝え残しことのないように。言葉はゆっくりと絞りだされるように司の口から放たれる。
「司」
参太は彼女の本音に頷きもせず、しかし反論もしない。ただ聞いた。
見極める必要がある。司が敵なのか、どうか。
管理人を生かしておけば住民の虐殺は継続される。故に、いまここで排除する必要がある。
なら司は?
判定するための質問を、参太は吐き出す。
「司はなんで、戦ってるの?」
その問いは一度、司を黙らせた。きょとんとして瞳をぱっちりと見開いて、息を詰まらせていた。予想もしていなかったのだろう。
ただ参太はそれを知らなければならなかった。管理人と司が、どう異なるのかを。
司はやがてため息をつくと、答えた。
「なんで、か。変なことを聞くね。でもまあ、答えるよ。うん、君になら」
最後の言葉は小声になって顔をうつむけたが、次の瞬間にはしっかりと参太に目を合わせて、
「ボクは、ボクひとりだけで生きたい。メゾン・アストロの闘争を完了させて。すべての住民の頂点に立って……みんなを倒してね。それで独りになったこのメゾン・アストロに、ずっと住んでいたい」
「独り?」
「うん。独りなら、きっとさみしくない。周りに誰かがいるからさみしくなるんだよ。中途半端に近くにいるから、会いたくなるんだ。支えて欲しいって、思っちゃうんだ。話を聞いてほしいなあ、なんて思っちゃう。だから、全部思い切って断ち切ってしまえばさ、何も思わなくなるでしょ?」
司の頭にはいつも、父に捨てられ母に殴られ続けた記憶が貼り付けられて離れない。しかしもしその記憶を、父や母といった要素を排除して、ただ単に誰かに捨てられ殴られた、ということにしておけば? 瞬間、司の苦しみは少しだけ軽くなった。
それと同じように、さみしいという思いも何か別の感情に書き換えてしまえばいい。いやそもそも感情というものを排除して、まるで動物がただ自然の法則の下に生きるように、人間関係のすべてを断ち切って生きられるのだとしたら。
それが司の思い描く理想だった。
「そう、なんだ」
司の目尻には涙が溜まっていた。しかしそれは決して頬を伝ったりはしなかった。かといって指で拭き取ろうともしない。ただ前を見て、ただ涙をためている。薄く瞳をぬらす程度にとどめている。それがきっと、司という人間の生き方なんだろう。
「それじゃあ、管理人と同じだ」
参太は判定の結果を口にした。
住民を残らず抹殺するという点では、管理人と司は同じだ。
「同じ? 違うよ」
司は参太を睨むと、即座に反駁した。淡々としていた先ほどのまでの口調から一転、彼女にしては珍しく感情を露にして、
「管理人はただの虐殺。でも、ボクは住民の責務である闘争に取り組んでいるだけ。自分で決めたルールを自分で破っているだけの管理人とボクとは、違うよ」
「結果は同じだよ。それじゃあ、誰も救えない」
「そんなこと君もそうでしょ。君も誰かを救った試しがあるのかなあじゃあ。ないよね。ないから、みんなを剣にしてさ。こんなボクの傍にいてくれた透さえ、剣にしてさ! 返してよ、ねえ。返してよ!」
司の想像以上の剣幕に、参太の心に鈍い衝撃が走った。返す言葉もない。剣の数はいまや六本。その数は、救えなかった人間の数。
かといって司をこのままにしていい道理もない。
その理屈を胸に、参太は剣を構えた。
「司。俺は、お前と管理人を斬るよ。それが俺のできることだから」
「……そう」
参太は灰の聖剣を思い切り突き出した。
現状、司の力で管理人は捕縛されている。ならば司と一対一で戦える。司を倒せば管理人が解放されるのだろうが、その後の展開はその時に考えればいい。
“神童”の二つ名をもつ司を倒すには雑念など抱いている暇もないのだから。
灰の聖剣の光刃が司のお腹に突き刺さる。瞬時の動きにさしもの司も対応できなかった。
だが。
「無駄だって言ってるよ。ボクは神様に護られてるんだから」
光刃は白い光の手に掴まれていた。ただの片手で、兵器化した参太の力さえ一瞬で無力にして。
「護られている?」
参太は首をかしげる。それは明らかにスキル“世界改変”ではなかった。何か得体の知れない存在が司を守護している。そうとしか思えないほど、その白い光の手はタイムラグなしに発生している。
「だけど!」
参太は宇宙剣――ナハーム・メイスに秘められた老婆の心に訴えた。
「お願いします!」
『信じるよ、あなたを』
老婆の気高い返事とともに、ナハーム・メイスは灰色から変色、宇宙に溶け込むかのような漆黒の輝きを放つ。
『すべてを、転じて!』
「“回心”!」
刃を掴んだ白い手は直後、緑光を放つ輝きのカーテン――波打つ新緑のオーロラに姿を変える。
「く!」
司はしかしその時には参太から距離をとっていた。
ナハーム・メイスの切っ先は空振りに終わり、攻撃は避けられた。
「その剣……おばあちゃんの面倒くさい力、そのまま引き継いで」
ほんと、嫌い。
そう口にしたかと思えば、司は管理人を捕縛する光の手を変形させる。
手から檻へと姿を変え、それは完全に司から離れていく。
司も司で、参太を迎撃することだけを考えることにしたのだろう。凜とした瞳を正面に向けると、全身を鎧にした参太の全貌を視界に捉える。
「やるしかないのは、ボクも同じか」
そう呟くと、司は軽やかに参太に向かっていった。
対する参太もまた、灰の聖剣を構え直すと司の首に狙いを定める。
次の衝突が勝敗を分ける。
檻の中から管理人はその瞬間を見る。
(私は、まったく……無力で)
司も参太も見ていないなか、管理人は光の檻のなかで両膝を落とし、神に許しを請うように額も地につけた。
衝突する二人は、ただ“救われたい”と思っている。
同じ想いを胸に抱いているというのに、ぶつかり合ってしまう。
その矛盾が、葛藤が、管理人の前に残酷な現実となって現れる。
顔を上げ、管理人は虹の聖剣の柄をすがるように握り、二人の戦いをせめて見届けることにした。
二人のうちのどちらかが、次には自分を打倒すべき現実と定めてやってくるのだから。




