逃げられない高校生(手)
破滅の光が目の前にみえた瞬間だった。
参太は視界に着物を映した。
黒い地に金色の星がまたたく紋様。
まるでそれは……。
「宇宙?」
思わず呟いたときだった。
「すべてを、転じて。“回心”!」
老婆の声が響き渡る。
瞬間、破滅の光が突如として消滅する。
神の力によって運命づけられた世界の破滅をいとも容易くはね除けた着物の老婆は振り返ると、エイリアンの素顔を向ける。
「なぜです! なぜ貴女まで私の邪魔を!」
参太に組み付いていた管理人は、乱暴に参太を突き飛ばしつつ激昂したが、しかし直後に響いた老婆の叫びに抑え込まれた。
「自分まで死のうとして! そんな行い、止めずして何ですか!」
「それは私が決めたこと。複数種類のスキルを扱える者が消えれば、メゾン・アストロにおける闘争で無敵を誇る者はいなくなる。今日の後、メゾン・アストロにふたたび平穏が訪れるはずだった!」
「どうして貴方はそんな、自分が消えることばかりを!」
「それが私の責任の取り方だ!」
言い合う管理人と老婆の間で参太は解放された体の調子を確かめつつ、二人がまるで母子のようにも見えた。
(喧嘩というか、何というか)
いますぐ管理人に刀を振り下ろすこともできた。むしろいまこの瞬間こそが絶好の機会だ。
そうとわかって、できないでいる。
(俺はどうすればいい)
取り残された形となった参太は、己の決意の軽さをいま一度悔やんだ。
何があってもあいつを乗り越える。殺す。己の責任を果たす……罪を、償う。そうと決めたはずなのに。
絶好の機会に踏み込めない。
それは管理人と老婆が、必死に言い合っていたからだ。まるで息子が母にたてついているかのようで。自分がそこに立ち入っていいものか、この戦場で迷ってしまっている。
(くそ……俺は!)
自分に自分で呆れる。
知らず右手に力が入ったのか、手にした青刀の柄――零華の手をぎゅっと握ってしまっていた。
『大丈夫、参太くん。それがあなたの素敵なところだよ』
『そうだ参太。胸を張れ! お前はいま、正々堂々と戦おうとしている!』
『まあ甘過ぎなとこは認めてくださーい!』
『フン! これだから馬鹿は』
それぞれが勝手な言葉を並べるなか、しかし参太は宇宙の彼方に変化が訪れていることをみとめた。
言い合っている二人は気づかない、微細な、しかし確実な変化を。
「複数種類のスキルをもつ者は、参太くんと管理人だけ、だって? 管理人さん」
もはや聞き知った声が響いた。
参太が見つけた変化……宇宙の果てに生まれた小さな綻び――薄紫色に仄かに輝く渦巻き状の空間崩壊現象――から声が聞こえてくる。
その中央からひとりの人間が現れた。
神居司だった。
「確かにボクのスキルは単一だよ? でも多数の分岐が存在する。それはもう複数のスキルを操ってるって、そう言えるんじゃないかな」
この世界に降り立った“神童”。
司はおもむろに右手を振った。
瞬間、破滅の光が管理人と老婆の頭上に降り注いだ。スキル“世界改変”を発動した、ということだが……。
「いったい何が起こっている?」
思わず管理人は動揺を声に出す。
参太も眉をひそめた。
司の髪色も瞳の色も変わっていない。つまり、神をその身に宿したわけではない。その上、準備時間がない。本来なら神を宿すためにある程度の時間がかかるはずなのに。
「“回心”!」
老婆は事態に瞬時に反応する。
スキル“回心”で破滅の光をそのまま宝石の群れに変えていく。
破滅は避けたものの、しかし無数の宝石の雨が三人に降り注ぐ。
「危ない!」
思わず参太は老婆の前に立つ。
「っ!」
手にした青刀を横一線、宝石をすべて切り伏せた。
一方管理人もテレポートしてその場を切り抜ける。
司は眉をひそめ、老婆をにらみ据えた。
「また管理人を守る……おばあちゃん。貴女を倒さない限り、管理人さんは倒せないみたい」
睨む視線はそのままに、司の口の端はにやりと吊り上げられていく。
そして左手を振り上げ、老婆に向かって振り下ろすようなポーズをとった。
直後、老婆の全身が白い輝きに包まれる。
いや、それは巨大な手だ。閃光が曲がって五本の指を成している。
司の手の動きにリンクしているそれは、司が拳を強く握りしめた瞬間、老婆をそのまま握りつぶした。
一瞬の出来事だった。
「神童!」
管理人の激昂した声が響き、老婆の腰がへし折られていく。苦しみの声すら漏らすまもなくボロ雑巾も同然にぐしゃぐしゃになった老婆は、それでも笑っていた。
「どうして……!」
参太は司に問いかけるが、蚊の泣くような声でしかない。
直後に疾走した管理人の聖剣の輝きと司の放った閃光とがぶつかり合い、ふたたび参太は傍若無人となる。
「おばあちゃんはね、ずっと管理人の味方をしていたんだよ? わかる、参太くん」
参太の声が届いたのかどうか、司は言葉を紡いだ。
「味方?」
「黙れ!」
聖剣で輝きを切り裂いた管理人はなおも前進し、七色の光刃を振るった。それは司の体を捉えたかと思えば、すでに彼女の姿は消えていた。
直後、司の肉体は参太と向かいあう形でその姿を現わした。
まるでテレポートだ。
「久しぶり、かな? 一日ぶりだね」
にやと口元を歪める彼女の様子は、いつも学校で会う彼女と、カラオケルームで一緒に遊んだ彼女と、そして宇宙でともに戦った彼女と何ら変わりがない。
老婆をなんらためらいもなく殺して見せたのも、いつも通りだったとでも言うように。
「あの人は、悪い人じゃなかった」
参太は呆然としながらも、しかし胸にわき上がる気持ちはある。あの老婆は恩人といっていい。住民の死体を保管する不気味な一面も垣間見たが、しかしそれも“住民たちの生きた証を残す”という目的があってのことだった。
一方、司は老婆を快く思っていない。その口が、いま真実を語る。
「あのおばあちゃんはさ。住民たちの死体を保存して何をしていたと思う? 管理人のパワーダウンを必死に防いでいたんだよ」
「パワー、ダウン?」
「そう。管理人のスキルは“共感”。すべての住民のスキルと同じものをもつ、という力だったんだよ。まあボクは神様から教えてもらったんだけどね」
「ようやく知ったか。だが、もう遅い!」
テレポートで追いついた管理人は司の背後に現れる。
が、神の手と思える輝きの拳が管理人を殴りつけた。
「な!」
「無駄だよ。ボクは神様から護られてる」
突如出現した神の拳に吹き飛ばされ、管理人は宇宙の彼方に追いやられた。
それでもテレポートでふたたび現れるが、しかし神の手はついに管理人を掴みあげる。
「このまま握りつぶしてあげてもいいんだけど。まあ、それは話が終わってからだね」
司は目の端で管理人を監視しつつ、参太に向き直った。
可愛らしく、にこっと笑って。
「管理人がしていたことは正しかったんだ、ボクたち住民が管理人を倒せるようになるという意味においては」
「住民が、管理人を?」
「そう。管理人のスキル“共感”は全住民と同じになる。ということは、住民が死ねばスキルがひとつ減る。すべての住民が死に絶えたとき、管理人はスキルがない状態となる、ということさ。管理人による住民の虐殺は、確かにボクたち住民からしてみればとんでもないことだけど、後々、ボクたち人類のための行動でもあったんだよ」
ね? と最後に結び、司は捕縛されて動かない管理人に笑いかけた。
「いまさら気づいたところで、すべてが遅い」
ため息まじりに苦笑した管理人はやれやれ、というように両手をすくめてみせた。
「君たちは愚かにも必死に抵抗した。虐殺を止めるために、な。せっかく私が私の力を衰えさせようとしたというのに」
真実を前に取り残された参太は、目の前に漂っている老婆の亡骸と目を合わせた。見るも無惨な姿にされたまま、しかし管理人も手当てしようとしなければ司は放置を決め込んでいる。
「あなたは、いったい、誰の味方だったんですか」
死体に向けて、参太は掠れる声をしぼりだして問いかけた。
死者は語らない。ただその死に顔を向けてくるだけだった。
住民の亡骸をすべて兵器に変え力にするよう助言してきたその一方で、管理人のスキル消失を防いでもいた。
二兎を追う者、一兎を獲ず。
ただ骸となった老婆は、笑顔だった。エイリアン化がそのときは解けて、人間の顔になっている。皺が寄った、ちっちゃくなった顔だ。
参太は彼女に手を伸ばした。すべてを兵器に変える、その手を。




