逃げられない高校生(丙)
虹の聖剣が振り下ろされる。
金色の神剣が受け止める。
レーザーで形成された刃同士で、出力も互角。
つばぜり合いとなった両者は互いに譲らなかった。
かたやスーツに身を包んだ紳士、かたや全身を銀色の鎧で覆った戦士。
「スキルとは何か、考えたことはあるかね」
「そんなこと!」
目の前に敵の刃が迫っているなか、あくまで管理人は冷静沈着な態度を崩さない。常に余裕を湛えた笑みは、この激しい戦闘のなかでも健在だった。
参太は聖剣を押し返す。スキルがどうのといったわけのわからない問いもそのまま切り捨て、片手に握った宇宙剣――ワープ・ダガーを投げた。
テレポートのスキルが継承されたそれは、投擲されれば自動的に相手に向かってテレポートして飛んでいく特性をもつ。
参太の手から離れた黄色の小剣は瞬時に管理人の背後に移動した。
(これで、勝てる)
スキル“天啓”によって参太は未来が見えている。この小剣は避けられるが、先回りして斬り込めばそこで勝利できる。
「君にとっては面倒な問いに聞こえるかも知れないな。だが、これはヒントなのだよ。参太くん」
にやと笑う管理人の余裕の表情を、しかし参太は無視すると決めた。ここで相手の口車に乗って勝機を逃す道理はない。
もう勝利の未来は見えているのだから。
実際、すべては天啓によって得た情報通りに進んでいる。
テレポートした小剣を見事にかわした管理人は、かわしただけでは飽き足らず聖剣を振り上げてこちらに向かってくる。回避と反撃を両立する圧倒的な技量と度胸のなせる技だった。
すべては天啓の通りだ。
参太はそのとき失念していた。
管理人が複数のスキルを持つ存在だということを。そして、天啓さえも管理人のスキルのひとつである、ということを。
「スキルとは何か? それは、私が住民を救うために授けた力だ。すべてのスキルの大元はこの私」
参太にとってはいま、管理人は斬られるべく向かってくるだけの存在に過ぎない。
その未来は参太同様、天啓を扱える管理人にも見えている。
天啓ですべてを把握した者の行動は二つ。ひとつはすでに見えている未来を理解すること。そしてもうひとつは、それが悪しき未来なら現在の行動で変える、ということだ。
「全知全能を覆す力をいま、見せてやる」
その声が宇宙に響いた時。
管理人はスキル“衝動”を発動する。
それは自己強化を施した上で己を衝動のまま動く獣とするスキル。
本能によって動く獣と化した存在は、すでに定められた運命を超越する。
『これはあのケダモノのスキル!』
神剣からシャルロットの悲鳴が漏れた。
「いったい何なんだ」
『ワタシの部屋の隣にいた奴のスキルでーす! 己を獣とすることで、天啓ですら予知できない可能性を実現する!』
「そんな滅茶苦茶な」
『間違いなくワタシの脅威になるので真っ先に排除しましたが……こんなところでまた向かいあうことになろうとは!』
実際、参太は天啓によって見えていたはずの未来がすでに消失しているのに気がついた。理屈で動かない獣に成り果てることによって、予知された未来を覆される。
「こんな抜け道があるのか!」
「ガアアア!」
管理人はすでに理性を失っているのか、雄叫びをあげつつ聖剣を振り下ろしてくる。
参太は素早く神剣を盾に戻すと、宇宙剣――ゼロ・ブレイドを引き抜いた。
「いきます、零華さん」
『ええ、管理人さんを止めないとね!』
もとは零華の手だった剣の柄をすがるように握りしめる。
壮絶な勢いで向かってくる管理人を前に、参太はこちらに戻ってきたワープ・ダガーを回収してまた投擲すると同時に、迫る虹の光刃をゼロ・ブレイドの青い刀身で受け止める。
輝く虹と透き通る青とが激突するなか、管理人の背後にワープ・ダガーの黄色の刃が突き刺さる。
だが。
「馬鹿な!」
参太は驚愕に声をあげた。
管理人は聖剣をこちらに押し当てつばぜり合いをしたまま全身を水平にして足を後ろに突き出し、ワープ・ダガーの刃を文字通り一蹴した。
避けるのではなく、蹴り飛ばす。
己のつま先に刃が刺さる愚も犯さず、管理人はその足で小剣の柄を的確に射ぬいていた。蹴られたワープ・ダガーはくるくると回転して宇宙の彼方へ飛ばされる。
『目が回るっつの!』
ハルのぼやきが響くと同時、ワープ・ダガーは勝手にテレポートして参太の盾に閉じこもってしまった。
神業は終わらない。
管理人はつばぜり合いをしている最中に、信じられないことに参太にキックを繰り出してくる。
ゼロ・ブレイドに虹の刃を押しつけつつ滑らせ、ゼロ・ブレイドを軸として回転するように動たのだ。
まるで滑車にくくりつけられたロープで移動しているかのような、滑らかで俊敏な動き。
「ぐ!」
腹に蹴撃を喰らった参太は、しかし一歩も退かない。
ゼロ・ブレイドを素早く翻して一閃。キックを繰り出した管理人の腹を裂く。
血が噴き出し、管理人はまたも絶命した。
しかし。
「これもスキル、なのか……」
管理人は死を間際にして“衝動”が解除され理性を取り戻したのだろう、堂々とした人の言葉をまた放つ。
「私はまた、この世界に生まれる」
参太が切り裂いたのは管理人の肉体、そのはずだった。
いま目の前にあるのは人の形をした樹木。二股に分かれた根が下に伸び、三つに分かれた枝が上へと向いている。人の形をそのまま真似して成長したとでもいうのか。
呪いの藁人形に手をかけてしまったかのような、そんな不気味さを感じた参太だったが、
『これは“転召”……香のスキルだな』
勇騎が不気味なその現象を説明してくれた。
『さっきの“懺悔”と同じく、死を乗り越える力だ。まったく、厄介だな』
その説明の通り、人の形をした樹木は高速で成長。やがて表皮がついて服を身に纏い、さきほどまでの管理人の姿を取り戻す。
「蘇生スキルを二度も使わせるとはな。さて、ではお遊びはおわりとしようか」
管理人はふっと笑う。
参太は身構えたが、しかしすでに遅い。
管理人の髪色が変わり、瞳の色も赤く染まっていく。
「これは、“世界改変”?」
参太でもわかった、司のスキル。
準備を必要とするスキルのはずだが、驚くべきことに管理人はそれを一瞬で起動していた。
「この世界を、破壊する」
決然と言い放つ。
その言葉に従って管理人の体に破壊の神が宿った。
“世界改変”――破滅。
神の力を行使し、世界そのものを無に帰する。
『参太くん、逃げて!』
零華が悲鳴混じりの指示を出すが、しかし参太はそれを聞かなかった。
「まだ、間に合う!」
逃げても無駄だと、そんな予感がしていた。あの管理人がそれを許すはずはないと思えた。己の理性を吹き飛ばすスキルを使ったり、二度の蘇生系スキルを使ったことからも伝わってくる。管理人は本気なのだ。
ありとあらゆるスキルを使いこなす管理人が、世界改変の速度を把握していないはずはない。絶対に逃げられないような仕掛けがどこかにしてあるはずだ。
実際、管理人の髪色は赤く変化しているが、しかしよくみれば半分は黒のまま。
最初は両の瞳が赤く染まっていたが、いまこの瞬間は右目が黒に戻っていた。
赤い瞳が喜びを湛えている一方、黒い瞳がひたとこちらに据えられている。
逃がさない。
そう語られているような気がした。
「まだ、斬れる!」
参太は逃げることを考えず、そのまま前進。管理人に刃を全身全霊で振り下ろす。
その斬撃は管理人を捉えた。刃先が頬に傷をつけ、そのまま右腕を切り落とす。血が噴き出て、管理人はうめいた。
その、直後。悪い予感ほどよく当たる。参太の予感は的中した。
管理人の姿が消えた。
と思えば、背後にいる。
テレポートだ。
がっしりと組み付かれ、動けない。
見れば、管理人の腕や足が緑色になっている。テレポートの起動と同時に己の真の姿――エイリアンの姿になったのだ。
エイリアンの膂力は人間とは比べものにならない。肉体を機械兵器化した参太でさえ、組み付かれては動けなかった。
「さて。私の右腕は犠牲になったが、それだけのこと。君は絶体絶命だ。どうする、参太くん」
耳元で怜悧な声がささやかれる。
エイリアンの吐息が耳にかかるようで、背筋に悪寒が走った。
目の前には世界改変による破滅の光が発生している。純粋に白い光だ。まるで太陽のようでいて、しかしその輝きからは何一つあたたかさを感じない。人工的な輝きのように無機質な光だ。
動けない上に、世界の破滅は目の前。
参太は盾に意志を送ってハルにテレポートを頼むが、しかし起動しない。
『組み付かれているから、テレポートできないよ!』
そんな弱点をいまさら告白され、参太は管理人の言葉のとおり、絶体絶命。
「くそ」
参太は呟き、しかしどうにもならない。呟くことしかできないのだ。
ここまでやって、相手の右腕だけ。
「くそ……!」
ごめんなさい。
参太はその意志を盾に送り、盾に封じられている五人の魂に謝罪した。
逃げない、殺す。そう決めたはずなのに。
五体が縛られただけでこうも簡単に、何もできない状況になる。
不甲斐ない、相も変わらず無力な己が。
参太は世界を破滅に導く白い輝きのなかで、絶望した。




