逃げられない高校生(乙)
管理人室の扉をあけた瞬間、管理人と目があった。
「なんだ、君か」
いままさに外に出ようとしていたのだろう。自分が開けるべきドアが勝手に開いたので驚いている、そんな様子だった。
それはどうやらその通りらしく、
「これから責務を果たそうと思っていたのだが……どうやら、今回ばかりは間に合ったようだな」
管理人はふっと笑うと、そのまま参太の瞳を覗きこんだ。
「だが。それは今日の標的が君になるということを意味している。おわかりかな? 君は今日ここで、私に殺される。怖くはないかね」
怜悧な笑顔で差し出された殺人宣言。
余命宣告といってもいい。それほどまでに堂々とした、もはや参太の敗北が確定事項であるかのような言い方だった。
「怖いよ。でも、俺がやらないと」
参太は正直な気持ちを漏れさせつつ、しかし決然と言い放つ。
「今日は俺があんたを止めるよ。俺の全部の力、吐き出して」
「そうか……なら、その君の気持ちに応えてやろう」
管理人はそして懐から“鍵”――虹色のペンを取り出した。
握りしめた瞬間、管理人室という現実空間は崩壊する。天井、壁、床が同時に溶けて崩れて形を失い、漆黒に染まる。遅れて星々の白い光が瞬きだした。
宇宙空間に管理人と参太の二人。
すべての現実世界を取り去って、いまこの瞬間のためにだけ、すべての非現実を許容する宇宙空間が完成した。
「戦いの前に問わせてほしい。なぜ君は私の邪魔をする? 君は住民ではない。部外者のはずだ。すべてを忘れて、捨てて逃げてしまえばいい。ここから離れてしまえばいい。そうしたとしても、君は誰にも笑われない。誰の迷惑もかけない。君自身も失うものは何もない。なぜそうしない?」
虹色のペンを握ったまま管理人は問うた。
参太はスキル“兵器化”を発動。全身を人型兵器に変え鎧に包まれた戦士となると、言葉を返した。
「俺はもう、部外者じゃなくなってる。いつの間にか」
「それは君の思い込みだ。自意識過剰なのかね? 管理人の私がいうのだから間違いない。君は住民ではない。あくまで通りすがりの高校生。あかの他人だよ」
そう言い放たれてなお、参太は動じない。
確かに管理人である彼が認めない限り、自分は部外者だ。そもそも入居していないのだから住民ではなく、非住民である限り部外者である。この理屈は覆しようがない。
だからといって、それで逃げて良い道理はない。
なぜなら、住民と知り合いになった時点でもう部外者とも呼べない。
「俺はあんたのアパートの入居者と、もう何度も話をしたんだ。友だちにも、きっとなってる。そうでなくても、あかの他人じゃない。少なくとも顔とか性格は、知ってるんだから。他人じゃない、顔見知りだ」
「ほう……それではつまり、住民ではないが、他人でもない。したがって、部外者ではないと?」
「ああ。そういう状況に、現になってる」
参太は言いつつ、兵器化されたコンパクトミラー――背負った巨大な盾に意識を向ける。
それは宇宙剣を収納できる盾。住民の魂を封じた、いわば共同墓地。こんなものを背負う者が部外者であるはずがない。
いままでは部外者であることを理由に逃げてきた節もあった。
しかしいまは違う。
「それでは心置きなく、死んでもらうとしよう」
管理人のこの一言が戦いの幕開けとなる。
参太は以前、管理人と戦ったことがあった。
正確には管理人の肉体と、だ。
あの時はあくまで管理人の肉体とだけ戦っていたから、スキルを使用されなかった。
現在は本来の魂が宿っている、正真正銘の管理人と向かい合っている。
いま、管理人はスキルを発動した。
戦闘が始まる前に放たれたことで、それは開戦の号令のように宇宙に響いた。
「私が与えた力よ、弱まるがいい」
一発目から“弱体化”の発動。
「風……?」
参太は錯覚したが、風が宇宙に吹くはずはない。その道理を思い起こして判断するに、それは衝撃波か。
風か波かはわからないが、しかし兵器化が弱まっていくのを感じる。
「勇騎さん!」
叫びつつ、背中の盾に手を伸ばした。直後、盾が回転して参太の欲するその宇宙剣――ブレイド・サーガの柄が差し出される。
掴み、そして引き抜いた刹那。
『いくぞ、参太!』
勇騎の声が柄を通して参太の心に響いた。
「はい!」
ブレイド・サーガは大剣である上に刃全体を赤色のレーザーコーティングが覆っている。レーザーコーティングであらゆる防御を突破し、剣の質量で一切を粉砕する。
その上、勇騎のスキル“英雄”の自己強化を象徴するかのように、レーザーコーティングは毎秒徐々に成長していく。
さらにいまでは参太に“英雄”の力そのものが発揮されるようになっていた。
その剣の柄を握っている限り、参太に“弱体化”が及ぶことはない。
スキルの能力が低下するよりも己を自己強化する方が速度が上だからだ。
「複数のスキルをもったも同然、か。本当に君は成長したな、参太くん!」
早々に“弱体化”が対策されたのを見て、管理人は笑った。
「そうでなくては、つまらんよ!」
言い放つ管理人に参太はブレイド・サーガを振り下ろす。徐々に巨大になっていく赤き大剣を、しかし管理人は避けることができなかった。
参太は同時にもう一振りの宇宙剣を握っていたからだ。
それはかつて透だった宇宙剣――ブレイブ・リープ。
“弱体化”の力を発揮する緑色の刀である。
長い刀身には新緑の風の如き緑の閃光がまとわりついていた。
『参太……ここで、決められるか?』
「わからない。でも、狙う!」
『その粋だ、仕掛けるぞ』
「ああ」
「『弱体化!』」
二人が声を重ねてそのスキルを叫んだ。
直後、管理人のもつスキルがすべて封印される。
己を強化する“英雄”のスキルをもつブレイド・サーガによって、ブレイブ・リープが展開する弱体化の力が強化されていく。
それは透がエイリアン化したことではじめて手に入れたスキル強化状態、“オーバー・デバフ”と同じものだ。
弱体化が強化されると封印になる。
「終わりだ!」
参太が快哉をあげ思い切り振り下ろす。
赤い光に包まれた大剣が管理人の肌を焼き、その頭に刃が食い込んでいく。
「よし!」
そのまま参太が刃を押し込むと、管理人の頭を切り裂き全身を右と左に分離させた。
文字通り縦一閃に管理人を抹殺した参太は、しかし盾からシャルロットの警告を聞いた。
『これはきっとマズいデース! 私とハルちゃんを手にとってくだサーイ!』
敵を切り裂いた直後に警告される不気味さを感じつつも、しかし参太もまた違和感をおぼえていた。
これで管理人が死ぬはずがない。そう簡単に倒せる相手ではないことくらい、参太も知っている。
参太は急いで両手の剣を盾に戻すと、代わりに二本の宇宙剣――カイザル・ブレードとワープ・ダガーの柄を握って引き抜いた。
カイゼル・ソードの柄をぎゅっと握ると、ふたたびシャルロットの声が響く。
『私の力で、未来を見通してください……天啓、起動。接続申請』
「……受諾、認証。これより、全知全能を把握する」
シャルロットがもっていたスキル“天啓”。それはあらゆる情報を瞬時に掌握する力。まるでコンピュータが電波を受信するように、参太の脳にあらゆる情報が降ってくる。
天啓によって受信した情報は、これから起こることのすべて。
……案の定、管理人はスキルを発動していた。
参太は天啓の力によって未来を観た。それは管理人のスキルによって殺される未来だ。
その未来を、参太はいまの行動によって変えるしかない。
「頼む、ハル!」
参太はハルだった剣、ワープ・ダガーの柄を握った。
『きゃっ! そんなに強く握んないで!』
「そんなこと言ってられる状況じゃない!」
『わかってるわよ、起動すればいいんでしょテレポート!』
やけくそ気味に叫ぶハルの声が響いたときだった。
参太が突如、宇宙から消える。
そこに、死んだはずの管理人が聖剣を振り下ろした。
「避けた、というのか?」
管理人の起動したスキルは“懺悔”。死亡した瞬間に復活し、己の肉体を数秒間強化する。
瞬間的に強化された管理人の力は強大であり、それは全身を兵器に変え瞳を高解像スコープに変化させた参太にさえ到底捉えることができない動きだった。
それ故、管理人は勝利を確信したのだが。
「助かったよ、ハル」
『いいから早く倒してよ』
参太は二振りの宇宙剣を握って、ふたたび宇宙に現れた。
すべてを見通す天啓の力と、あらゆる場所に転移するテレポート。これで避けられない技はない。
「ますます殺す必要が出てきたよ、参太くん」
管理人は虹色の聖剣を構える。
対する参太もまた、二振りの宇宙剣を構え直した。




