逃げられない高校生(甲)
覚悟を決めなければならない。
朝。
いつも通り、汎神高等学校へいく。鳥居をくぐって教室のなかへ。
夏休みが始まったはずだが、補講だ。まるでいつもと変わらない。
ただ違うところがあるとすれば、進学を希望せず即刻就職しようとしている奴らがいないことくらいだった。
ドアを開ければ、そこにはクラスメイトたちが各々散り散りのグループに分かれておしゃべりしている。あるいは誰とも話さず読書やゲームに興じる奴もいる。
参太はどちらかといえば後者の、誰とも話さない派だった。
ほんの昨日まで、前者になりかけていたのだが……。
普通に遊んで話せるようになったばかりの奴はもういない。
透はコンパクトの中へ。
司は欠席だった。顔もみたくないということなのか、そもそも昨日の一件が彼女にとってもショックだったのか。
そこまで考えて、参太はふと首をかしげた。
(そもそも俺は、なんで普通に登校してるんだろうな)
昨日、人が二人も死んだのだ。いや、兵器化したから死んではいないのだが、それでも人の生活ができなくなったのだから社会的には死んだに等しい。
透とハルの家庭はきっといま、大変なことになっているに違いないのだが……。
「えー、青風透くんは突然ですが、転校となりました」
補講前の連絡事項で担任がそう口走ったとき、思わず笑いそうになる。
あまりの残酷さに、違和感を突き抜けて笑いそうになるのだ。
(これも管理人の手回し、なのか?)
そう参太が疑問すると、
『いつも通りの手際だな。さすがは管理人さんだ』
コンパクトの中から透の声が響いてくる。
ホームルームの最中で担任がしゃべっている中、参太は返事ができないがそれでも耳は傾けた。
『いったいどんな風に連絡が回っているのか、一度でいいから聞いてみたいな』
(まったくだ)
コンパクトの中にはいま、五人の魂がいる。
武器召喚の青刀、武田零華
英雄の赤剣、破多勇騎
天啓の神剣、シャルロット・カイザル
転移の黄剣、冬木春枝
弱体化の緑剣、青風透
五人の魂に、五本の宇宙剣。その数字は自分が救えなかった人の数……。
休み時間、コンパクトに刺さるアイライナーのその数をみて、参太はため息をついた。
授業をきき、板書を写す。単純作業のなかで、参太はメゾン・アストロの住民たちがコンパクトのなかでしゃべる声を聞く。
『みんないなくなったと思ってたらこんなとこにいたんだ』
『そーですよ、ハルちゃん! また会えましたねェ!』
『ちょっとくっついてこないでよ皇女!』
『しっかしお前もここに来るなんてな、冬木。透も、ついにって感じだな』
『俺はまだ死ぬわけにはいきませんからね。その、』
『みなまで言わんでいいわ、恥ずかしくなるだろ、俺も』
『ふふふ、青風くんたら顔赤いわよ』
『零華さん、ちょっとからかわないでくださいよ』
『ふん。そんなご機嫌取りしたって、神童様はいつまでたっても振り向かないって』
『黙れ冬木!』
『何よ無能力者!』
『おいおいこんな狭いとこで喧嘩すんなお二人さん』
『『誰がお二人さんだ!!』』
正直、その会話を聞いていると複雑な気持ちになる。
みんな、黙っているわけではない。人から武器にされた恨みもあるだろうに、不平不満はいままで一度も聞いたことがない。むしろいつも笑い声が聞こえてくる。
それだけメゾン・アストロの住民たちは互いに仲がよかったということだろうが、その一方で、参太は己の罪を意識しなくて済むから気が楽だ。
とはいえ、自分が人を兵器に変えるなどというけして許されない行為をしたのは事実で。
誰かが罪を非難して、そしてコンパクトの中に入っている奴らが全員口をそろえて糾弾してくれさえすれば、もっと反省できるのかも知れない。
でも奴らはいつも楽しそうにしていて、自分に文句を言うどころか支えの言葉さえ言ってくれる。
時々参太はわからなくなる。
なぜ住民たちはそんなに仲がいいのだろう。互いに争っていたというのに。
なぜ非難してくれないのだろう。自分は奴らを道具に変えてしまったというのに。
落日して放課後。
授業を聞きつつも己に問いかけたが、いっこうにわからないままだった。
(俺はどうすればいいんだ)
自転車にまたがって鳥居をくぐり、自宅へと帰る――それがいつものコースだが、今日はそうしないことにした。
自転車は学校に置いたままにして歩いて帰った。
道のりにして一時間ほど歩くことになるのだが、帰宅部だから関係ない。
(気晴らしだ)
たんぼ道を通り過ぎ、狙いを一軒の民家に定めた。
舌なめずりすると、その見知らぬ民家の様子を一〇分ほど観察する。
人の出入りはあるか。テレビの音は聞こえるか。足音や人の声はどうか。
すべての確認事項をさっとチェックすると、参太はその誰もいない木造の民家に入った。
引き戸を開いて土で汚れた玄関に入る。靴を脱いでしっかりそろえると、
「お邪魔しまーす」
いつもの流れで挨拶をする。
農家の家らしい。何世代にもわたって住んできたのだろう、柱は真っ黒く成熟している一方で傷が多い。子どもの身長を記録していたのか横線と数字が刻まれてもいる。
窓から見える庭園には多様な色の花が活けられた植木鉢のほか、横長のプランターに稲が植えられていた。次代の後継者たる子どもに教育しているのかも知れない。
「さて、と」
何を盗もうか。
思案した結果、何も盗らずに家から出た。
(俺はいったい、何をしてるんだろ)
他人に発見されたらアウト。そのスリルを楽しむ空き巣は最高の趣味だった。いつでも現実から非現実にぶっ飛べる。
だがぶっ飛んだところで、戻ってくるのはいつもこの濁った現実で。
誰が濁らせているのか、明らかなこの現実だ。
民家を後にして、参太は田んぼの向こうに広がった空を見た。
ビルや住宅も何もない、ただ広い農地の向こうに沈む赤く濁った太陽。
金色の輝きを放ちながらも、沈もうとしているその運命からはけして逃れられない黄昏。
空を赤い夕暮れで焼き、人に夜の闇を与えることを知りながらも沈んでいくその光輪を見て、参太はいま一度思いをめぐらせる。
何もできはしない、何の力もない自分。いままでだってずっと、何もしてこなかった気がする。どうして生きているのだろう、その意味さえ考えないまま。
授業を聞き流し板書を書き写す作業を毎日繰り返し、家に帰っても参考書を書き写す作業しかせず、テストの直前になったらちょっと頭をつかって詰め込んで、テストが終わればすべての知識が抜け落ちていく。
そこにむなしさを感じない。ただ、そうして積み重ねてきた毎日がくだらなく思えて、空き巣に走って、逃げてきたのだ。このくだらない人生の果てにあるであろう虚無から。
いざ向き合ってみれば、怖い。この毎日の先には何があるのだろう。何もないのではないか。
空き巣をして怖さを吹き飛ばしても、また朝日が昇るころには同じ怖さがめぐってくる。それをまた空き巣をして吹き飛ばして。その繰り返しで。
(陽はまた昇る、か)
テレビドラマだか歌だかで聞いたのだろう言葉を反芻した参太は、しかし思う。
いまの自分と過去の自分には決定的な違いがある。
正直、逃げたい。過去の自分のように何の意味もない人生を積み重ねてしまいたい。無意味という虚無に対する怖さを趣味で吹き飛ばして、何となく生きたい。
しかし面倒なことに、いまの自分にはやるべきことがあるのだ。
逃げたい。
でも、逃げたくない。
いや逃げたい。
どっちなんだろう。
覚悟を決めるとは何だろう。参太にはよくわからなかった。
参太の先には、メゾン・アストロがある。
歩いて約一時間。辿り着くまでには時間がかかったが、しかし参太はその建物の目の前に立ち、大きく息を吐いて。
「行くか」
一歩、踏み出した。
向かう先は管理人室。
逃げられない。許さない。
昨日透に言われた言葉を脳裏に再生した参太は、やるべきことを成すべくその扉をノックした。




