選べない高校生の懺悔
参太はテレポートの前に、無力だった。
管理人が司を狙い、しかし追いついた透が彼女を守った。
一方、参太は手を伸ばしていただけだった。
宇宙を泳ぎ、管理人を止めようとしたが間に合わない。
ハルを兵器化した新たな宇宙剣も、ハルの気持ちが応えてくれなかった。起動しないのである。
(なんで、いつも俺は……こんな時に!)
近づいて、手を伸ばした。
そして管理人はもう目の前という時……透の腹が聖剣で貫かれていた。
司が消え、管理人も消えた。
宇宙には参太と死骸になりつつある透とが残された。
まだ息はある。
全身の兵器化を解除した参太は人の姿に戻って透に駆け寄った。
力なく宇宙に漂うその体に触った瞬間、息をのむ。冷たい。人の体とも思えないほどに。
(息はしてるはずなのに……!)
心臓は動いている。脈もある。呼吸もしている。
なのに。
透の全身は蒼白だった。
「参太。どうして、邪魔をした」
途切れがちに吐き出した言葉がそれだった。
呼吸するたびに漏れる血が鮮やかな赤ではなく、まるで宇宙の闇に溶け込んでいくかのような黒であることに参太は恐ろしさを感じる。
それだけでなく、蒼白な透の顔からのぞく鋭い双眸に参太は射ぬかれていた。絶句して、透を助けようとして伸ばした手が止まる。
「邪魔をしたわけじゃ」
「結果は、これだ」
透は自らの傷口を指さした。
鋭く参太を睨みながら、透は確実に言葉を継いでいく。
真綿で首をしめるように、参太は本音で詰められていく。
反論の権利はない。まるでそう言われているかのように。
あくまでゆっくりとした口調で。
「参太。俺たちは、準備をして挑んだ。どうしたらメゾン・アストロで起こる殺戮を止められるのか? どうしたら、殺戮の犯人である管理人を殺すことができるか? 参太、俺たちは俺たちのやり方で挑んだんだよ」
詰問する言い方ではなかった。あくまでゆっくり、一言ずつ区切って積み重ねていくような話し方だった。
言い聞かせているのだろう、徐々に絶え絶えになりつつある息を消費してまで。
参太は助けようとする手を完全に止めて、その言葉の重みに向かい合っていた。
「お前はどうして、俺たちのやろうとしていたことを止めた? あと一歩、あと一撃だった。あと少しでメゾン・アストロの虐殺を止められて、そして、管理人という脅威を排除した、以前のような生活を、送ることができた。全部、お前のせいで台無しだ」
参太は息をのむ。
間違っていない。すべて事実だ。あのとき自分がハルを兵器化していなければ、確かに管理人は排除されていただろう。
メゾン・アストロの虐殺を止める。その一点でのみ言えば、透と司が仕掛けたやり方は正しかった。
だがそのためにハルを犠牲にしてもいいのか――その反論は、しかし声にならなかった。喉がひしゃげたように、参太は言葉ひとつ放つことができない。
遺言を誰でもない自分自身に贈っている者に対して、反論などできるだろうか。
「参太。結局お前は、メゾン・アストロの住民じゃない。部外者なんだ。だから、住民の殺戮を止めることより、冬木ひとりの尊厳を大切にした。でもお前が住民で、いつ管理人に殺されるかもわからない恐怖のなかで生きる辛さを知っているなら、お前も俺たちを止めはしなかっただろう」
透の顔は、しかし笑っていた。自嘲気味な引きつった顔だった。
血がいまだに出てくるのも構わず。
「これは俺たち住民の問題だ。参太、お前にはどれほどの覚悟がある? それを俺に、見せてくれ。俺たちの邪魔をした以上、もうお前に、逃げることは許さない」
透は腹を指さし血だらけになった右手を参太に向かって差し出した。
握手を求める動きそのままだ。
「俺を、兵器化しろ。いまさら病院に行ったところで搬送されてる間に死ぬのがオチだ。だが俺はまだ死にたくない。管理人が司を殺す前に、参太、お前が管理人を殺すその時を見るまでは、な」
参太はしばらく無言のまま、差し出された手を呆然と眺めていた。
許さない、死にたくない。遺言とは呪詛だった。
差し出された、血塗られた手を握り返すことは、その呪詛を認めることにほかならない。
だが。
参太は正直、逃げたい気持ちでいっぱいだった。
ハルを助けたはずなのに、その代わりにとばかり、こうして透が死の運命に巡り会った。ハルを助けようが助けまいが、死体の数は変わらない。そう言わんばかりに。
(俺は、いったい何をしたんだ?)
エイリアン化したハルが泣き叫んでいる間は、彼女を助けることに何の迷いもなかった。それでも今は違う。
いったい自分がどんなことをしてしまったのか、ハルを助けたことで得られたことは何か? 透と司のやり方を否定して生み出した結論に、どれほどの価値があったのか?
自分のしてしまった行為の結論である透の死骸を前にして、参太は言葉を失った。
透はそんな参太に呆れたように瞳を閉じると、「はあっ」とため息をつく。
「俺を蹴っ飛ばしたときは、凄まじい力でやったくせに」
言いつつ、透は自ら参太の手を握った。冷たいその手で、しかし驚くほどに強い握力で。
透は無理矢理に契約行為を完了させるべく、参太の手を強く握った。指がめり込むのではないかと思えるほどだ。
「お前の手を握りつぶしてやる。参太! その前に俺を兵器化しろ。やらなければ、お前の手が潰れるぞ」
冗談のような台詞だが、どうやら本気らしい。
腕相撲でもとっているかのように凄まじい握り込みで、参太の手を痛めつけている。
「透……!」
実際、人の手を握力でつぶすことなどそうそうできるものではない。まして軍人でもない、普通の高校生に過ぎない透などには。
やがて力は弱まり、透の手は糸が切れたように参太の手から離れていく。
「もう力が、入らない。情けないな、俺は」
自嘲気味な笑みをまた浮かべた透は、瞳を閉じた。
瞬間、参太のなかで弾けた。
申し訳なさと、反論したかった気持ちと、しかしそれでも感じる罪悪感をはね飛ばしたい気持ちが重なりあって。
透が目の前で死ぬのは耐えられなくて。
参太は透の手を握ると、彼の命令通り。
兵器化を発現する。
透の体が人の形を失い、深い緑色に染め上げられた刀を生み出した。
宇宙剣――ブレイブ・リープ。
また新たに武器を得て、参太はたったひとり、しばらく宇宙のなかに漂った。
左手にはハルだった剣を持ち、右手には透だった刀を握って。
救えなかった二人の掌を握って、そして参太は叫びたいのを堪えて、泣いた。




