空き巣高校生、宇宙を見る
チャイムがなる。教会で祝福の鐘がなるような澄み渡る響きだ。
奥津参太は成績平凡、容姿も平凡以下の高校二年生男子。
空き巣趣味さえなければ、彼は普通の高校生だった。
終業のチャイムが鳴った瞬間、参太は教室から飛び出て廊下を勢いよく走り込み、下駄箱から靴をとって履き替え、学校から出て空き巣になる。
「さあて。始めるかな」
参太はにやりと口もとをゆがめると、以前から目をつけていたアパートに辿り着く。
白い漆喰の壁がところどころはがれている上、排気ガスの暗い汚れのついたボロいアパートだ。
参太はアパートの看板に刻まれたその名前に思わず噴いた。
「プフっ! なんだよ『メゾン・アストロ』って。センスねえなあー」
古い建物にしてはその看板だけがぴかぴかの金属光沢を放っていたのだが、参太はそれを不審に思うこともなかった。
参太が空き巣を始めたのは中学二年生からで、空き屋から手をつけた。物をいくら盗んでも主人はいないのだからばれようがなかったし、被害者もいない。リスクは少なく、しかし古い物だけが手に入るからリターンも少ない。
空き屋はローリスク・ローリターンなのだ。
空き巣に慣れ始めた高校一年生のころ、参太は思い切ってアパートに挑戦することにした。空き屋時代に練習したピッキングの技術はボロアパートのドアにも有効だったのだ。
手入れがされていないアパートは管理人が仕事をさぼっている場合が多い。それを見抜いた参太は、ボロアパートのセキュリティが緩すぎるのをいいことに侵入をはじめた。
はじめはスリルのありすぎる危険行為のようにも思われたが、次第に慣れていった。
ボロアパートに挑戦してから一年が経ったいま、参太はただの一度も発見されることなくひたすら空き巣のスキルを上げていく。
ゴミの落ちていてまともに掃き掃除もされていない階段をゆったりと上がり、参太はメゾン・アストロの三階まで辿り着いた。
縁が錆びているドアには『3-E』のプレートがあり、表札は特にない。
「狙い通りにっと」
参太は学生服の内側に忍ばせた針金を取り出した。それをこちょこちょっとドアに差し込んで、鍵の構造にアクセスする。
ガチャ、と音が鳴ってピッキングは成功した。
「こんにちはー」
小声で一応、挨拶する。住人がこの時間に外出しているのは気配のなさでわかるのだが、参太には空き巣をするに当たって決めているルールがあった。
一つ、常に礼儀ただしく侵入すること。器物損害はもってのほか。
一つ、物品は盗むのではなく拝借する。感謝の心は忘れないこと。
一つ、これは犯罪である。とにかく謙虚に行うこと。
物音ひとつしない、誰もいない部屋。
ドアを開け土足で部屋に侵入する。左手には洗濯機が置かれており、その奥にはバスルームがみえる。右手は壁だ。
そのまま忍び足で通路を行くと正面にリビングが見えるが、右手にはキッチンがある。水場には洗われていない皿が水の入ったボウルに漬け込まれていた。
確かに残る生活の跡。
「たまらねえ」
何時不測の事態が起こるかもわからない。その為、ドアは常に半開きにし、誰かが外からあけようとするとき“ぎい”と音が響くようにする。
感覚が研ぎ澄まされ、遠くを走る車の音さえ聞こえてくる。
参太は顔を不敵に歪めた。己の鼓動さえ聞こえてくる。もっと耳を澄ませばありとあらゆる音が聞けるのではないかとさえ錯覚するほどの、静けさ。緊張感。
「さて。どいつにしようか」
参太は舌なめずりして目線を右に左に動かす。
別に金が欲しくて空き巣をしているわけではない。ただの趣味として、スリルの快楽に浸るためだけに空き巣をしている。
空き巣に入って生還した記録を残すためだけに物品を拝借するのであって、盗むものは別に何だって良かった。
参太はだから、どの部屋に入っても毎回同じものを盗むと決めている。
「こいつにするか」
参太は学生服の内ポケットからドライバーを取り出すと、それをドアノブを固定する板金のネジにあてた。
参太が盗む物はただひとつ、ドアノブのネジだ。
ドアノブであれば空き屋だろうとアパートだろうとどの建物にもある。しかもたいていの人間はドアノブのネジ一本程度、なくなっていたって気づかない。だから後々警察に通報されて捜査される、ということもない。
金色にきらきらと輝く真鍮のネジを内ポケットに収めると、参太はそそくさとリビングを去り、通路を戻って玄関に足をつけた。
部屋の主は女性らしく窓際には女性物の下着が部屋干しされていた。床にはほこりがなくきれいに掃除されている。
「まったくもって、無機質な部屋だったぜ」
参太は思わずぼやいた。
その部屋には必要最低限のものしかなかった。机と椅子、ベッドとクローゼットはあるのに本棚がなく、マガジンラックもない。コンポもなく、壁紙も真っ白だった。
整然とした部屋だ。
「つまらねえ」
参太は捨て台詞をひとつ部屋に残すと半開きにしてあるドアに手をかけ、開いた。
「!!」
参太は思わず目を見開いた。
「はあ!?」
驚愕の声もあげた。
目の前に部屋の主が立っていたから、ではない。そこには誰もいなかった。
……そもそも現実なのかわからない空間が、広がっていた。
参太は我が目を疑った。
目の前には数多の星々がきらめき、足下には砂漠が広がっている。かといって太陽はどこにもない。月もない。地平線までずっとつづいている砂漠と、満点の星空しか視界に見えない。
「いやいやいや」
参太は手早くドアを閉め、目の前の狂った視界をシャットアウトする。
ボロアパートの割れたコンクリートの通路が見えるはずだった。だが、実際に出たのはどことも知れない世界。
参太は己の頬を強く叩く。
「いてえ」
これが夢ではないことを確認し。
いざもう一度、ドアを開けた。
目の前には女性が立っていた。
若々しさがあるものの、化粧による色っぽさもにじみ出ている二十代後半らしい美人の顔がそこにあった。OLらしくぴしっとスーツを決めていて、ウェストは締まっているが胸はまったく主張がないわけでもない。
黒髪ショートカットの大人の女性だ。
「まったくもう。あたしの部屋に何の用?」
うまれてはじめて空き巣がばれた瞬間だった。女性はイタズラ小僧を説教する教師のような呆れた顔をしていた。
しかしそんなことはどうでもいい。
「いやあんた、何者だよ」
「それはこっちの台詞よ。ここ、あたしの部屋なんだけどさ」
「いやいやいや……変な景色、俺に見せたでしょ」
「あたしが見せたわけじゃないわ。このアパートの力」
「このアパートの?」
「そう。ま、今回は見逃してあげるわ。どうせ盗まれて困るものなんて部屋に残してないしさ。多目に見てやるから」
女性はそこまで言うと、警告するように言い添えた。
「そんなことより、あの景色を見てもとの世界に戻れたことに、心から感謝しなさい。もうこの建物には近寄らない方がいいわ。二度と、ね」
女性は参太の肩をぐっと手前にひいてドアをくぐらせると、参太と入れ替わるようにドアの内側に戻る。
「じゃあね、空き巣ごっこのお坊ちゃん」
女性はそこでドアを閉めてしまった。
縁の錆びたドアがぴったりと枠に収まり、『3-E』とかかれた黄ばんだプレートがアクセントに見えた。
参太は呆然としてしばらくドアの前に立っていたが、五分と立たないうちに我に返って帰路についた。
自宅に着いてベッドに体を放り出した。
「変わった人だったな」
空き巣に入られたことを警察に通報していない。かといって説教もしない。ただ、感謝するよう言い添えた。優しいというより変人だ。まるで被害者とは思っていない、普通の感覚を持っていない女性。
「おもしれえ」
参太は不敵に笑う。
翌日の放課後。
参太はまた学校に出れば空き巣になる。
「メゾン・アストロ」の看板を通り過ぎ、ボロアパートの前に立つ。
昨日の女性の警告に従うつもりは毛頭なかった。
「別の部屋なら、どうなんだ」
煤けた壁面の前を歩き、落ちているゴミを蹴飛ばして辿り着くのは「2-A」。二階の角部屋だ。
ドアの前に立ち、意識を集中させる。なかに人の気配はない。
「さあて。じゃあここにしようか」
学生服の内ポケットから針金を取り出すとピッキングにとりかかる。
そのとき参太は気づいた。そのドアは一切錆がないことに。
他の部屋のドアは縁が錆びていたりドアノブが傷だらけだったりした。しかしこの部屋のドアだけはきれいだった。
(修理工事した、とかか? まあいいや)
参太は疑問を流すと、ピッキングを成功させてドアノブをひねる。
昨日のことが頭をよぎるが、参太は首を振って記憶を打ち消す。
(あんな夢みたいなことがそうそう起こってたまるかよ)
参太は息を吐くと、慎重にドアを手前に引き寄せる。
瞬間、我が目を疑った。
「はああああ!?」
思い切り叫んだ。
今度はドアを開けた瞬間、宇宙空間が広がっていた。それも灼熱の炎をまとう球体がいくつも敷き詰められている、太陽だらけの宇宙だった。
しかしそんなことはどうでもいい。
そんな宇宙の中心にはひとりの女性がいた。
女性と言うより女の子だった。ピンクのパジャマを着た細身の女子で、体つきからして参太と同じくらいの年頃だろう。
女の子はいままさにパンツを脱ごうとする直前だった。上半身も下着一枚だった。
驚愕の叫びをあげている参太を女の子も発見して……二人は目があった。
「きゃあああああ!」
悲鳴とともに、女の子は細い手で体を隠すように我が身を抱きしめると、呪文のような言葉を口にした。
「テレポート・レベル1。起動!」
直後、女の子は姿をけした。
参太の目の前には赤い宇宙が広がっている。無数の太陽が見えて、しかし熱は感じなかった。ただ冷たかった。なかに入るのが怖いと思うくらい、その景色は圧倒的だった。人智を超えている。
参太は黙ってドアをしめた。視界から宇宙が消えた。鉄扉が視界に収まって、「2-A」のプレートが見えた。
「うぐ!」
思わずうめく。背後に気配がしたと同時に、首がしめられた。
「儀式を見られたんじゃあ、殺すしかないじゃない」
かわいらしい女の子の声だ。後ろを見れば、さっきの半裸の女子の顔が見えた。その姿はやはり上下ともに下着一枚という衝撃的な格好だ。
少しも欲情しなかったのは、死の恐怖を感じたからだった。
女の子の力は存外に強く、参太に抵抗するのは不可能だった。
首を絞める力は強くなっていく。
(なんだよ、これ)
こんなはずじゃなかった。予測できるはずもない事態だ。
空き巣がバレるのはまだいい。しかし殺されるのは論外だ。
(誰か……!)




