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Milk Puzzle  作者: 巫 夏希
4/6

04: Both

 とどのつまり、同一人物としてしまえば行政的にも企業的にも、そして本人にとっても面倒なことにはならない――だから同一人物にしているのではないか、彼女はそう指摘しているのだ。

 それは間違ってはいないし、わたしも恩師からそれについては苦言を呈していたことをよく耳にしていた。

 あれは科学を認めたのでは無く、手続きが面倒だから同一人物に『仕方なく』しているだけなのだ――と。

 ただ、今ここでそれを話してしまっては、話がさらにややこしくなってしまう。

 話がややこしくなることは、わたしにとっても彼女にとってもメリットは無い。

 だからわたしは勝手に判断して――その真実を一先ず秘匿することとした。


「先生、わたしは一先ずそれについて結論を付けたいわけではありません。そのために話しに来るのは、少々時間がかかってしまいますから」


 少々どころでは無くなってしまうが、と思ったがそれは言わないでおいた。


「では、何のためにわたしに話しに来たのかね」

「……わたしは、前のわたしを覚えてくれる人がほしいんです」


 彼女の言葉に、わたしは目を丸くした。それほどに、驚くことだった。

 彼女はさらに言葉を紡ぎ始める。


「確か、ミルクパズル症候群が世界的に流行してから、WHOがある宣言を発表しました。それは知っていますか」

「……ああ、『ウェイト=ダグラス宣言』だったか。ミルクパズル症候群罹患者の人権を保障する宣言だったと記憶している。それがどうかしたか」


 わたしも記憶科学を研究する端くれとして、それくらいは知っている。

 そして彼女は話を続けた。


「その中に……『ミルクパズル症候群治療により、一部の記憶を消失した場合、その記憶を教えてはならない』という宣言があるのはご存知ですよね」

「ああ。確か、記憶の混乱はミルクパズル症候群の進行を早めるかもしれないということで宣言に盛り込んだはずだ。まあ、科学的に証明されていないが、脳に負担をかけることは良くないことは紛れもない事実だ。脳だって、普通のコンピュータと変わりないからな」


 確か、バックアップを取った後は『バックアップを取った後の記憶は、バックアップを再度インストールしてから教えてはいけない』という誓約書を書かされると記憶している。WHOが決めたことで、それは国がどうこうしていいものではない。

 とどのつまり、ミルクパズル症候群に罹患してしまったら、バックアップを早々に取得し、それ以降の記憶は定期的に消滅してしまう――ということになる。


「それを、わたしはしてほしくないんです」

「してほしくない。つまり、WHOの宣言に違反してしまうが」

「そもそもWHOのあの宣言は、人間の道徳に反すると思います。けれど、誰もそれについて否定しない。どうしてなのでしょうか。記憶を失うということ、そして、バックアップしてからの記憶を失うということは、人付き合いや経験……その他諸々色々なものが消滅するということ。それを勝手に、WHOが本人の許可無しに決めつけていいのでしょうか」


 WHOの宣言。彼女の言う通り、否定的に考えている人間も多い。人道的行為に反すると言われていたり、道徳的にその宣言はいかがなものかと見る人間も居る。しかしながら、WHOはその権力を使って、『脳に負担をかけすぎないために』といった曖昧な理由からバックアップ後の記憶はバックアップを再インストールしてから教えてはいけないという制約を設けることとなった。

 そして、その制約にあまり賛同出来ていないのは、わたしも一緒だった。


「WHOの宣言と言いますが、それを人々は気にしすぎなのだと、わたしは思います。どうせ宣言に違反したところで、誰も気付かないのですから。BMII端子には警報機能は無かったはずです」

「……しかし、ウェイト=ダグラス宣言ではミルクパズル症候群に罹患が発覚した患者は、BMI端子の埋設手術を強制的に実施することが求められていて、そのときに通信機能を備えたチップを埋め込んでいるはずだ」

「そんなものは、自力でなんとかすれば通信機能を取り消せるはずです。それに、あれは常に通信をしているわけではなく、記憶の混乱が認められたときに限って通信するという欠陥品ですから」

「どうして、それを知っているんだ」


 そんなことは、それこそWHOの人間しか知らないはずだ。


「わたしの父親が、そのチップを開発した会社に勤めているので」

「そういうことだったか」


 ……しかし、それって情報漏洩になっていないか。


「しかし、それならやはり辻褄が合わないぞ。記憶を伝えても別に問題は無い、ということになる。となれば、君の疑問は間違っていることになる」


 一人で考え込んだ結果、その疑問がこんがらがってしまった――よくある話だ。きっと、それに彼女は陥ったのだろう。

 そんなことを思ったが、しかし、彼女は首を傾げ、


「先生。わたしが言いたいのは、そうではありません。確かにわたしは問題ないでしょう。しかし、家族はどうなりますか。わたしに記憶を教えることで、家族はWHOの宣言に違反することになる。これは紛れもない事実」

「それはそうだ。そして、国際法によって裁きが下るだろう」

「だから、それがおかしいというのですよ」


 わたしは、埒が明かない、と思って深い溜息を吐いた。


「つまり、根本的な話に戻ると、WHOのウェイト=ダグラス宣言がおかしいから、どうにか出来ないか……ということになるのか」

「ええ。無理な話ではありますが、しかし、それを変えない限り、道徳的立場から人類は衰退の一途を辿っていくことでしょう。そしてそれは、先生、あなたにも分かっていることかと」

「……何のことかな」

「先生、とぼけても無駄ですよ」


 わたしの言葉を否定して、彼女は言った。


「この前、先生のうなじにもBMI端子を確認しました。先生も……ミルクパズル症候群ですよね」

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