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ミミズ腫れ

 

『俺、死霊に憑かれたんだ』


 ……は?


 ヨシュアの告白から始まったのは、このマスカダイン島の歴史やマスカダイン教に関する壮大な物語だった。


 説明してくれたのは主に猫のスーゴちゃん。それに私がたまに口を挟むという、以下のような流れになったわ。


 ――この島にはもともと、九つの神様――九体の神霊様、がおりましたことはご存知ですな。


 ――ええ、マスカダイン教の神様でしょ。


 ――左様。その神霊様を収めるのが『器』と呼ばれる「人形」。それを御守りするのが我ら『眷属』です。


 私はマスカダイン教徒じゃないけれども、だいたいのことは知っていた。

 マスカダイン島の五つの地方には各神殿があって、それぞれ祀られている神霊をイメージした「人形」が置かれているのよ。

 例えば、「水の神霊フラサオ」は氷細工の人形だし、「草花の神霊シャンケル」は木彫りの人形、「金属の神霊ユシャワティン」はピッカピカの金で出来てるわ。それら人形を、よくあるただの偶像だと私は思っていたのに。


 ――「人形」に本当に神様が宿っていたなんてね。全然、思わなかったわ。


 ――マスカダイン教徒ですら、それを信じておりませんぞ。この時代、しょうがないことです。


 ――ねえ、聞いたのだけど、昔の『器』は「人形」じゃなくて「人間」だった、て本当?


 ――そのような非人道的なことをしておりましたのは中世の暗黒時代まで。島民は生贄いけにえを差し出すよりも、人形ひとがたを作ることを考えだしました。


 日本のハニワ、とか、中国の兵馬俑へいばようみたいな感じね。


 ――そして、神霊様に所縁ゆかりの深い生き物が選ばれ、『眷属』として神霊様のお側にお仕えするようになりました。申し遅れました。私は「癒しの神霊ミュナ」の眷属、スーゴ。アルバトロスは「雷帝チム=レサ」の眷属でございます。普段我々は『神官』以外の人間とは話さぬ決まりなのですが、今回は特別ということで。


 『眷属』というものになれば、動物でも言葉が話せるのね。そんなことが本当にあるんだからびっくりよ。


 ――今はそのケもありませんが、かつて島民は神霊さまに深い畏敬の念を抱いておったのですよ。何故ならば、昔は『死霊』問題というのがありましてな。死んだ島民の霊が生きた民に取り憑くことがあったのです。憑かれた民は放っておくと死に至り、すると『死霊』は今度は『悪霊』に変化してまた問題を起こすという厄介な……いえ、これはもういい。『死霊』に憑かれた民をお救いくださるのが神霊様でございました。『死霊』を引き剥がすために、神霊様がお力の欠片を憑かれた民に与えてくださるのです。これを『試練』と申します。すると、ある者は死霊が離れて助かり、ある者は失敗して命を落とし、また、稀にですがある者は死霊が憑いたままの聖人『ワノトギ』となります。


 ――『ワノトギ』といえば……聖人アルバトロス?!


 私は思わず頭に思い浮かんだワンちゃんのアルバトロスと同じ名前の聖人の名を叫んだ。


 ――左様。彼も『ワノトギ』の一人ですな。


 聖人アルバトロス。

 マスカダイン教徒でもない私でも知ってる有名な『ワノトギ』よ。

 放浪の聖人で、彼のユーモラスな逸話がマスカダイン島のあらゆる場所に残っているの。オトボケな人みたいだったけど、なかなかどうして風流なところもあって彼の詠んだ詩がマスカダイン島各地の石碑に刻まれているわ。

 うーん、日本でいうと、ハイクのマツオバショウ? みたいな感じかしら。


 ――ワノトギは『死霊』が転じた『悪霊』を退治するという唯一の力を持っておりました。そんなわけで神霊様、ワノトギは島民の救いであり、尊敬の対象であったわけですが。……時代が進むにつれ、変わりました。島が開け、外の者と島の民が血を混ぜ合わせるにつれ、『死霊』が誕生しなくなったのです。当然、死霊憑きが出なければ、ワノトギも生まれませぬ。二百年前に死霊憑きが現れたのが最後、百年前に最後のワノトギの一人が死して、それ以来、この島はとんと平和であったのですが。


「俺が二百年ぶりに『死霊』に憑かれちゃったんだよ」


 ヨシュアが口を出した。


「スーゴがたまたま家に居て良かったよ。じゃなきゃ、俺、自分が『死霊』に憑かれていることも気がつかないままだったから」


 突然、猫に話しかけられた時は自分がイカれたのかと思ったけど、とヨシュアは付け加えた。


「ヨシュア様のお身体に『ミミズ腫れ』が出来ているのを目にしましてな」

「ミミズ腫れ?」

「死霊に憑かれたときの証拠なんだって」

「どこにあるのよ」


 私の問いに一人と二匹は顔を見合わせた。

 妙な間があく。


「見えないところにあるんだ」

「見せなさいよ」

「……」


 ヨシュアはスーゴとアルバトロスともう一度目を合わせた。

 なによ。じれったいわね。


「見せて」

「……まあ、べつにいいけど」


 ヨシュアは立ち上がってズボンのベルトに手をかけた。


 えええ?! そこ?!


「いっ、いいわよっ! もう、いいっ!」


 あわてて叫んだ私にヨシュアは再びベッドに腰を下ろす。


「……泌尿器科に行こうかと考えたんだけどさ、スーゴは『試練』を受けない限りミミズ腫れは治らない、て言うし」


 ちょっと、今の言葉でミミズ腫れがどこにあるのか完璧に分かっちゃったわよ。


「場所が場所だからさ、俺が母さんに性的虐待受けてるんじゃないかとか、あらぬ疑いをかけられても嫌だし」


 た、大変ね。

 私、女のコだから分かんないけど、きっと男のコにとってかなりヤバい状態よね。


「痛くないの?」

「痛いよ」


 でしょうね。


「で、『試練』は? いつ受けるのよ」


 私の問いに、一人と二匹はまた顔を見合わせた。


「問題はそこなのです。ミラルディ様」







そんなところにミミズ腫れ

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