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手のひら返し

「ええと、シア殿、と言いましたかな」

 

「何かしら」 

 

 エイブラハムがは、鱗を剥がした部分へ次々と運ぶシアに声をかける。彼女には、まだ聞かなければならないことがあるのだ。俺は今になってそれを思い出す。 

 『蕾』を持つ彼女の様な者を操り得た存在。そのようなことが出来る者が、只者であるわけがない。

 

「君に先程の紐を取り付けたのは一体、どこぞの御仁ですかな」

 

「……私、地上の事情には明るくないから、名指しで話すことはできないけれど。それでいいかしら」

 

「もちろん、構いませんぞ」

 

「妹を探して火の土地をうろついていた時、捕まえられてしまったの。私の蕾は、水の土地以外では殆ど力を出せないから」 

 

「セレン殿の様子を見るに、納得できなくはありませんが」

 

 髭を扱きつつ、ううむと唸るエイブラハム。何かと髭を触る爺さんだ。 

 セレンの場合は、ここメガロアクアに立ち入ろうが、少なくとも人並み以上の身体能力を残していた。何もない所で転びはしたが。 

 彼女はそれ以上に力が出なくなるのだろうか? 火の魔力の扱い易さを考えると、想像し辛い。

  

「彼らは、随分と熱心に蕾を調べていたわ。興味なかったからちゃんとは覚えてないけど、魔道具人形(ソーサリー・ドール)がなんだのって、頻りに言っていたかしら」

 

魔道具人形(ソーサリー・ドール)……それは、うちの勢力の者でしょうな。代わりに詫びを申し上げましょう」

 

「いいのよ。お陰で今は自由になったのだから……あ。続きだけど、彼らも蕾のことはよく分からなかった様子なんだけど、なぜか私を操る方法だけは見つけたわ。うちにも似たようなものがあるとか、そんな理由でだったかしら」

 

 まさか、『雲裂塔(クラウドブレイク)』にも『蕾』があるというのか? 

 いや、それはないだろう。元々持っているのならば、あえて調べ上げる必要はない。 

 手に入った『蕾』が偶然、備えていた何かに似ていた。という経緯が正しいのだろう、と推測する。 

 

 これ以上話すことはない、とでも言うように、再び鱗の剝げ後に向かってせっせと鱗をあてがい始めたシア。 

 鱗の詰まった袋は二つ。まだ一つの袋に手を付けだしたところ。彼女のお詫びはまだ始まったばかりだ。 

 もう一つ、気になることがあるにはあるのだが…… 

 

「シア、久しぶりだね」 

 

「そうね。まさか、また姉さんの顔を見ることになるなんて」 

 

「……お前、あちこちで妹を置き去りにしてるのか?」 

 

「違うよ! シアとは、ちゃんとお別れしたもん」 

 

「まさか、まだアリューとは仲違いしたままなの? 考えにくいけど、珍しいこともあるのね」 

  

 顔も向けず、返事だけを寄越すシア。俺が兄さんにこんな口の利き方をした際には、いつも拳骨が飛んできたものだ。彼女らの場合は、俺の兄弟とは大分事情が違うらしいことが窺える。姉妹ではいろいろと勝手が違うのだろうか。  

 シアはやっと振り返って、セレンをまじまじと見つめたと思うと、やはり袋の中に手を伸ばし、鱗を掴んで向き直る。 

 

「随分、縮んでるわね。ソラリスと同じくらいかしら」

 

「いろいろあってさ」 

 

「姉さんも苦労してるのね」 

 

 ソラリスというのは、こいつらの妹か何かだろうか? まだこんなおっかない連中がいるのか、と俺は

 シアの声には、抑揚がない。何を考えているか分かりづらい声色だ。お陰で、彼女が目覚めてからすぐは肝を冷やした。 

 俺には違和感を与えるそれも、セレンにとっては当たり前のことなのだろう。彼女らのやり取りはまさに、姉妹と言うべきものだった。 

 

「はあ、付き合い切れないな。私はそろそろ帰るぞ。里までの道はわかるか?」

 

「わからん。待ってくれ。セレン、もう行くぞ」

 

「あっ、うん……シア! 私達、しばらくこの辺りにいるから! お詫びが済んだらまた会いに来てね!」 

 

「気が向いたらね」

 

 そう告げると、セレンは名残惜しそうにしつつも、里へ引き返していく俺達に続いたのだった。




―――




「驚いたが、これは青龍の宝珠だ。見紛うこともない……まさか、この命あるうちにまた目に出来る日が来ようとは」 

 

 案の定、門の外で待たされていた俺達。だが、アンヘリカが青龍の鼻から受け取った物を里の長老に見せた途端、俺達も中へと招き入れられた。 

  

「黒巻き角は伊達ではないということか。火人の者達も、先の無礼を許してくれ。まさか後に青龍に心を許される方々だとは、思いもしなかったのだ」 

  

「ああ……俺達は、仕事さえ受けて貰えれば、別にいい」

  

「アンヘリカも言っていたな。そのことだが、里一同で引き受けさせて頂こう」

  

「なんと」 

  

「……私達が他所でどんな評価を受けてるのか、いかにも分かりやすい反応だな。別に鬼人は人嫌いな訳じゃないんだぞ?」

  

 ついさっきまで俺らを里に迎え入れようともしなかった奴らが何を言っているんだ。 

 エイブラハムは思わず狼狽する。俺も似たような反応をしていたに違いない。 

 しかし、今文句を言っても始まらない。俺は早々に条件の確認をする。 

 

「二週間ほど、こいつを預かっていてほしい。報酬は『雲裂塔(クラウドブレイク)』紙幣を十枚出そう。足りるか?」 


「なんだ、仕事というのは子供のお守りだったのか?」

 

「れっきとした護衛だよ。敵は『雲裂塔(クラウドブレイク)』の手勢だからな。ここにいることは知られていないだろうが、払い過ぎることに越したことはない」

 

「『雲裂塔(クラウドブレイク)』だと! では分からなくもないが、しかし、紙幣か……」

 

 俺としては十分な額を示したつもりだった。だが、鬼人の長老とやらの顔色はよろしくない。 

 ここで、アンヘリカとドライヤマアラシを巡ったやり取りを思い出す。 

  

「……なら、『紅鏡塔(ミラールージュ)』金貨三十枚でどうだろうか」 

 

「引き受けよう。相手が『雲裂塔(クラウドブレイク)』と言えども、我らが遅れを取ることはない」

 

「ああ、頼む」 

 

 思った通りだ。こいつら、行き過ぎた現物主義のせいで、紙幣を信用していない。 

 『紅鏡塔(ミラールージュ)』金貨を『雲裂塔(クラウドブレイク)』紙幣に両替する場合、このレートの場合それなりにお釣りが出る。 

 いいことを知った。今後何かしら人手がいる場合は鬼人の里を頼ってみようか。 

 などと考えながら、俺とエイブラハムはセレンを預けて『雲裂塔(クラウドブレイク)』へと経った。 

  

 とりあえず、前の依頼の報酬を受け取る為に。 

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