レアなたてがみ
「おやっさん、商品はここに置いてあるだけか?」
「そうだな」
「……そうか」
「いやはや、都合の悪いことは重なるものですな」
なんで一つたりとも見つからないんだ……。
商品棚に並べられた獣の毛皮や肉。それを眺めながら店主と言葉を交わす俺の表情は厳しい。
『紅鏡塔』塔下町は、ここで手に入らないものはない、と言われるほどの品物が集まる商業都市。そこへ双陽のタイミングが来るまでに、なんとかたどり着いた。
早速、毒を含む水の魔力を対策するため、材料を買い集めていた。だが、いくら探そうと見つからないものが一つだけあった。
「そんな貴重なもんでもないだろうに。これだけ狩人が居て、なんで誰一人ドライヤマアラシを狩ってる奴がいないんだ」
「確かに、耳にすることが多い素材ではありますな。めぐり合わせが悪いというにはあまりにも」
俺が求めているのは、ドライヤマアラシのたてがみ。これを原動機に巻き付けることで、水の魔力へ強く働きかける魔道具を作ることができるのだ。
ドライヤマアラシという生き物を見かけること自体は少ないが、たてがみ自体は市場で常に取り扱われている人気商品の一つだ。
だからこそ、まさかこんな点で足止めを食らうことになろうとは思ってもいなかったのだ。
「ヤマアラシってあのとろいネズミみたいな奴でしょ? じゃあ私たちでも捕まえられるんじゃない?」
「見つけられれば、そうだな。どの辺りにいるか、お前は見当がつくか?」
「無理。わかんない」
「そうだろうな」
足も遅く、生息している個体数も多い動物だが、隠れるのが上手く素人の目では発見すら難しい。それゆえに、水分が少なく保存の効く肉はもちろんのこと、魔道具素材として有名なたてがみといったものは狩人の収入として重宝されており、市場でもよく扱われている商材となっているのだ。
「ヤマアラシ……ドライヤマアラシでも探しているのか? だったら一足遅かったな。ここら一体のは『雲裂塔』の軍人どもが買い占めていったぞ」
「おいおい、そいつらもメガロアクアに用でもあるってのかよ」
タイミングが悪かったか。俺は口端を歪ませる。しかし、ドライヤマアラシのたてがみ以外で水の魔力を変換できるほどの素材となると、買おうとすれば『雲裂塔』紙幣にして十は下らない。
実際、そういった素材は市場でちらほら見かけてはいた。だが、俺の財布の紐は金属でできている。替えが効くものにわざわざ高い金を払う選択肢は目にも映っていなかったようだ。
「仕方ない、よその塔に行くか」
「待った。ドライヤマアラシに用があるんなら、焦森林に行くといいぞ」
焦森林とは、二つの太陽に照らされようがしぶとく枯れずに根差している森林のことだ。日光をモロに受け続けるせいか、樹上辺りの葉が焦げていることから焦森林と呼ばれている。
店主があっさりと己の狩場を明かしたことに、俺は思わず顎をしゃくらせた。
食い扶持となる狩場を人にわざわざ明かす狩人など、うさん臭くて仕方がないだろう。
「うん? なんでそんなことを教えてくれるんだ」
「いや、あいつらかなりの安値で買い叩いてきやがってな。後ろに兵隊並べて言うもんだから、従うほかなかった。そのせいで、必要としてる人間に行き渡らないのは俺としても思うところがあるんだ」
「そういうことか。助かる」
「ここからなら、南西にある焦森林が近いぞ。在庫補充のためにほかの狩人が近づいているかもしれんが、健闘を祈ってる」
―――
『紅鏡塔』周辺は、さすがに商業の栄えている地とあってか、野盗どもの取り締まりはしっかり行われているらしい。おかげで俺達は、焦森林へ侵入するまでに野盗と遭遇することはなかった。
しかし、そこら一帯が鬱蒼とした森林である。身体を隠す場所だらけなこの環境なら話は別だ。より一層気を引き締める。
町を発つ際にも抱いていた同様の心持ちは無駄に終わったが、塔下町以外では警戒を怠らないに越したことはない。
「……これは確かに探すのは中々難しそうだね」
「気長に行こうぜ。なに、どうせ焦熱期までは時間がある」
木に張り付いた苔の上に、ぐるぐると走る蔦。
積もる落ち葉はほとんど腐葉土と化しており、踏みしめる足にこんもりとした感触を与える。
行く手を阻む枝葉を退けるとあっさり根元から折れ、そこを居場所としていた尺取り虫が、居心地悪そうに地面を這っては落ち葉の中へと潜り込んでいった。
それを目にしたセレンは後ずさりながら飛び上がる。
「ひゃあ、虫」
「へえ、お前、虫が苦手か」
「ううん。本だと嫌がってる子が多かったから、やってみたかったの!」
「あーそうかい」
こいつに見かけ相応の一面を期待した自分が馬鹿だった。顔を振りつつ、木々の根元や岩下の隙間などに目を配る。
やはり素人が一見した程度では難しいらしく、動物らしき影すら見つけることができない。
「あ、あそこ。何かいるよ」
しかし、常人の域を逸したセレンの目には造作もないことだったようだ。彼女が指差した先には、不器用ながら木によじ登っては木の芽に噛り付くドライヤマアラシの姿が確かにあった。
それを聞いて、俺はおおっと小さく呻いては空気弾の杖を構え、ドライヤマアラシへ狙いを定める。
乾いた音が響く。それに驚いたドライヤマアラシは齧っていた芽をも放り出して走り出してしまった。
「! 同業者か」
音を発した正体は、かつてドライヤマアラシが居座っていた箇所の近くに刺さっている矢。
形状からして、矢というよりはボルトに近い。弩で放たれたものだろう。
「こうなった場合、獲物は早い者勝ちですな。急ぎましょうぞ」
「わかっている」
こうして姿も見えぬ狩人との獲物争奪戦が幕を開けた。




