縒彦ルート
別行動することになった。二人とは知り合ったばかりだし、あまりお腹は空いていない。
だから縒彦さんとヨーヨー釣りにいこう。
「一緒にいてもいいですか?」
問うと彼は無言で頷いた。
「……!」
ヨーヨーがうまくつれないまま、紙がちぎれて失敗してしまった。
残念、と思いながら釣り場から立ちあがって縒彦さんの釣り姿を観ていることにする。
彼は連続で何度もつっていく。
「わーすごい!」
私の声で驚いたのか、紙はちぎれてしまった。
「ごめんなさい」
彼は首をふって、たくさんつっていた縒彦さんが、赤、白、黄緑、紫、4つあるうちの黄緑のヨーヨーをとると、無言でこちらへ向けている。
「あ、くれるんですか?」
彼はこくりと頷いた。
ありがたく受けとり、ゴムの部分を指にかけた。
薄桃色の絵の具が、花のようにかわいらしく見える。
そろそろ暗くなってきたみたい。
―――周りが見えなくなるまえにあの二人と合流しよう。
―――
現れた二人の友人と、まわるかどうするか、二人は悩んでいる。
伍糸さんは一度この場から離脱してまわったようだが、すぐに戻ってきた。
「いやー惨敗で」
なんだかんだで五人でまわることになった。
――――――
次の日の午前、村を散歩していた途中、ヒトガミ様が気になり寄った神社から帰る途中、意識を失いかけた私。
―――――縒彦さんが浮かんだ。
「あれ……私……」
目をゆっくりあける。朧気な意識のまま、辺りを見渡す。
「……」
―――縒彦さんがこちらを見ていた。
彼はなにも言わず見ている。
「あの、もしかして私を運んでくれたんですか?」
彼は首をふった。
「双子だ……たしか弟のほうが運んできていた」
てっきり乃穢さんを妹と思っていたが、厭紀さんは弟だったようだ。
「そうだったんですか」
あの二人には後でお礼を言っておこう。
「双子が言うには神社の階段下で倒れていたらしいが……
あの神社は嫌な気がする。もう近づかないほうがいい」
いつになく彼が饒舌に話すので、よほどのことなんだと恐ろしくなる。
彼は大狐柳神社の神主の息子だし、その危険察知を信じるしかない。
もうすぐ今日も終わる。あとはなにごともなく眠るだけ。
―――床について、目を閉じる。
――左手がなにか反応しているようだ。
このままでは眠れず珠の導く感覚に、身をまかせる。
気がつくと私は昼にはたどり着くことができなかったあの神社の前にいた。
「……!?」
ぽん、一歩踏み出そうとすると、誰かに肩を叩かれた。
「縒彦さん?」
「……ああ」
――私が出てくるの、みてたんだ。
「すみません。昼間忠告してもらったのに……」
「ここにいるということは、なにか理由があるんだろ?
だがここには多分、守り神がいる。大丈夫だ」
「……え?」
「この神社を照すと建物が古くなっていないか?」
「ほんとうだ……」
「不思議なものだ。本来はここまで寂れると、祟り神になるんだがな……」
おかしい、昼間来たときはすごく綺麗な場所だったのに。
―――ジャリ”
「だが、帰ったほうがいいようだな」
何か、向こうから威圧、禍々しいものが来ようとしている。
―――私たちは神社から去った。
◆
「おはようございます」
「ああ」
何事もなく無事に朝を迎えられた。
食事を頂きながら、目の前にいる縒彦さんを眺める。
「……なにか顔についているか?」
「はい、納豆が」
定番のごはん粒じゃなく納豆が。
「あらあら、まるで夫婦みたいな会話ね」と母がひやかす。
「冗談よしてよ、イトコだよ?」
「やーねイトコなら結婚できるじゃない」と続けられる。
そうだけど、縒彦さんそういうの興味なさそうだし。
神主の息子だからきっと家柄のいい許嫁とかいるんだろうな。
「お似合いじゃなーい」
母はひやかす。誰にでもそういうのだ。小学生のときに一緒にクラスの男子と帰ってきたときも。
「やめてよ~
縒彦さんだって嫌ですよね?」
「……」
―――沈黙。
「……嫌じゃない」
―――え!?
「キャーお似合い~」
母がまた舞い上がった。
◆
やっぱり改めて神社を探してみよう。私は家を出る。
「……」
なにか視線を感じた。きっと気のせいだろう。
―――もしかしたら、違う道を通ったらいいのかな?
同じ道を通って神社を見つけられないのなら、通る道を変えてみれば。
そんな安直な考えと、直感で道を進む。すると、電線に点灯前の明かりがついたところが、まっすぐ道を誘導するかのように続いている―――
私は走る。昼間ならきっと―――――
「おや……?」
この人―――神主の柴金さんだ。
「こんにちは……」
「こんにちは。どうしてこんな廃れた神社へいらしたんですか?」
まるで、この神社を謗<そし>るようなことを言う。
「え……? そこに神社があったからです」
「それは素晴らしい信仰心です。いや、好奇心と言うべきですかね」
―――――怖い。この人は私と視点が会っていない。じゃり、足音がする。
後ろから誰かが私に迫っている。私は後ろに振り向いた。
「……縒彦さん!?」
「嫌な予感がして、後をついていったんだ」
縒彦さんは紙をかまえた。緊迫した空気、まるで映画みたいだ。
――それを取り出したってことは、柴金さんは人ではないということなのだろうか?
―――――ぽつり、雨が降り始めた。
すぐに止むようなものではなく。だんだんと強まる。
縒彦さんの持っていた紙は、すぐにだめになり、墨で書かれた字がにじむ。
「互いにこの情況下では戦いにならない……
ですから、ここは引いたほうがいいのでは?」
彼は余裕たっぷりに、ここを去れと言う。
「……帰ろう」
縒彦さんに手をひかれ、鳥居への道を歩いていく。
「あの……」
私はあのとき冷静で、少なくとも混乱してはいなかったつもりだった。
けれど意識していないとき、やっぱり驚いていたのだろう。
色々とたずねたいことはあるけど、何から聞いたらいいかわからない。
「もしかして、縒彦さんが彼に会ったのは……」
まず縒彦さんとあの神主が知り合いなのかどうか問う。いっぺんに聞いたらよくわからないはずなので一番気になったそれにした。
だって、まったく面識ない人にしてはよく話していた。
「……誰にも言わないと言うなら、話してもいい」
「私、言いません。約束します」
縒彦さんの目を見て、真摯に向き合う。
「結論から言えば、まともに会って会話したのは今日が最初になる」
どういう意味だろう。神主としての存在は知ってたとかかな。
「あいつは俺の双子の弟なんだ」
「え?」
双子なのに、会ったのが初めてってどういう―――
「あいつは……織鉉は生まれてすぐ、俺とは違う家。柴金家に引き取られた」
なんでそんなことに―――私は言葉が出ない。
「……今では想像が難しいと思うが、双子というのはどこの国でも、大抵は忌み子とされるんだ」
そういうのを何かで聞いたことはあったけれど、まさか実際にあるなんて思いもしなかった。
「双子が三度会った場合は、俺かあいつのどちらかが死ぬ運命にあるとだけ教えられた」
それじゃあ……縒彦さんはそれをわかっていて、私を助けにきてくれたの?
その言い伝えが本当なら自分か弟が死んでしまうかもしれないのに―――
家へ帰ると、‘おかえり’と言われた。さっきの殺伐とした雰囲気とは違うあたたかな優しさに満たされる。
「ただいま」
「……ただいま」
「あ……そうだわ静華、話があるの」
「話?」
母についていくと、飾りのないペンダントを渡された。
「なにこれ?」
「近々村の儀式があるんだけど、静華がその役目に選ばれたのよ」
「え?」
――あの生け贄の儀式、どうやら私の想像していた禍々しい風習とは違うみたい。
てっきり死ぬまで閉じ込められるのかと思ったら、最近は数日で帰されるみたい。
でも最近ってことは、昔は―――あまり考えないようにしないと。
だけど、その生け贄役って誰なんだろう。
―――
寝ようとしていたが、目が冴えてしまった。すこし夜風にあたろうかな。
夜は昼間と違い、嘘のように涼しく冷えたい風がそよいでいるなあ。
キィと鉄の擦れる音がした。あれ、縒彦さんが門から出ていく。こんな夜にどうしたんだろう。
私はなんだかこのままいかせたらいけないきがして、後をつけることにした。
ついていくと、彼は神社の階段をあがっていく。
私は彼と距離をとりながらのぼりすすめた。
暗くてよく見えない――――
「静華……」
「あ、縒彦さん?」
暗くて顔がわからないけど、声は間違いなく彼だ。
「どうしてこんなところに?」
「縒彦さんが階段をあがっていくのが見えて……」
「静華――!」
別のほうから私を呼ぶ縒彦さんの声がした。暗くて距離感がつかめないせいだろうか。
「そいつから離れろ!」
「え!?」
私はよくわからなくて、咄嗟に後ずさった。見えないけど、なんとなく人がいる感覚はある。
逃げたとき柱のどこかに軽く左腕をぶつけたが、利き手じゃなくてよかった。
「オレのところにこい」
むかって左側から呼ぶ声がする。
「そっちにいくな」
右側から私を止める声。
右と左の耳から同じ声で違うことを言われて、不思議な感覚がする。
私はどっちにいけば―――――