穢之endA ムナシイ
『僕か厭紀が生け贄に選ばれたんだよね』
―――初めは怖がる必要のない事だと思っていた。
『――神の器にされるんだって』
でもこの村は本当にまともではないようだ。
「まーそれは昔の話みたいだから、もう神とかいないんじゃないかな」
彼がジョークだと笑い飛ばしながらいうので、さっきまでの暗い雰囲気が一気に明るくなった。
「もう、脅かさないでくださいよ!」
「ごめん、怒った?」
穢之さんに顔を覗きこまれ、私は驚いて後ずさる。
たしかに彼はよく整った顔をしているし、女子達が彼を目当てに来るのも頷けた。
普段から男性と関わることがないし、クラスの男子ともあまり話せない。
まだまだ周りと彼氏欲しいとか話しているくらいの私にそれは刺激が強すぎた。
鼓動が早まり、なかなかおさまってくれない。
頬は今すごく赤いに違いないと思う。
とにかく、ここが暗いところで良かった。
「よう」
こちらに青年がやってきて、穢之さんに話しかけた。
「あタナシじゃん」
「隣のアンタは例の……」
私を知っているというより、噂になっていたようだ。
「なにか?」
「だから、女神役の話だ」
―――ここでその話が出てくるとは思わなかった。
「ええと、私が女神役の儀式をするんですか?」
「アンタは寡李部家だろう。祖母か母親に聞かなかったのかよ?」
たしかに言われていたが、そもそも彼は何者だろう。
「いきなり現れて驚いたよね。こいつは腐れ縁というか地主様の九狐家の一族、クコ=ムナシくん」
要するに地主の親戚が穢之さんの顔見知りというわけだろう。
「でもって乃穢のこと女だと思ってた恥ずかしい過去を持つやつな」
彼の説明をしながら厭紀さんがやってきた。
「どこいってたのさ、てっきり儀式とかの供物になってるんじゃないかって心配したよ」
「まあ女子の前で詳しくは話したくないな」
トイレにいっていたんだろうけど、それくらい気にしないのに大袈裟だ。
「で、こいつに用でもあるのかムナシ」
「単刀直入に言おう」
もしかして、私が女神役であることを知っているとかで私に儀式をしてもらいたいと言うのだろうか?
「アンタには双子のどちらかと結婚してもらう」
「は?」
あまりに突拍子すぎて、私は困惑の境地に立たされた。
「なんでそんな話になってるんだよ!」
「事前に許嫁とか言われてるならまだしも、いきなりにもほどがあるよ」
「寝た切りの長に代わって決めるはずの九狐の次期長が‘儀式の贄決メンドイ’とかほざいてな」
「つまり候補を絞って選ばせると……なんでそれが結婚になるのかわからない」
「儀式で女神と贄をやったものが婚姻すれば村は息災に暮らせるらしい。元々この儀式自体、女神と結ばれなかった人間の弔いだからな」
「へえ……」
「ちなみに次の儀式まで離婚はできないからな」
「あー離婚したら逆に村に災いが~ってこと?」
「ああ」
そんな好きな人も彼氏もできたことないのに、ましてや名家のお嬢様のように許嫁とかでもないのにいきなりどちらかと結婚しろなんてあんまりだ。
それに二人だって私と結婚なんて言われても困るだろう。
「まあ結婚についてはすぐする必要はない。婚約して儀式から一年以内に祝言を上げるか、代わりの女神候補に役目を擦り付けるかだ」
「たしか儀式の日は今日じゃないですよね?少し……考えさせてください」
懇願するとムナシさんはうなずいた。
これは長代行が怠けたせいで私のせいではないだろうけど、なんだか気まずい。
はじめから決められていたほうが、負い目がない分まだマシだったかもしれない。
「僕はやめておいた方がいいよ」
「え」
穢之さんが真っ先に自分を選ぶなと主張した。
「じゃあ俺にあいつと一緒になれっていうのか?」
厭紀さんは去ろうとする穢之さんの左肩を掴んでこの場に留めた。
「いいじゃんかわいいし。それとも彼女が嫌い?」
「たしかに悪くないだろうが、なんで話し合いもなく自分だけ逃げるんだよ」
厭紀さんはこれは三人の問題だから解決するまでいろといっている。
「大体かわいいとかいうならお前はなんで嫌なんだ。お前のほうこそあいつが嫌いなんじゃないか?」
「違う!」
穢之さんが強く否定する。いつになく鋭い剣幕で場の空気は更に重たくなった。
「あの、やめたほうがいいってどういう意味ですか?」
「僕は次男だから権力とかないし、厭紀なら将来有望だよってこと」
うまい具合にもっともらしい理由ではぐらかされた。
穢之さんは笑っているけれど、本心は違うところにある気がする。
「やっぱり俺たちが何言おうと埒があかないし静華が決めるしかないだろ」
結局私が選択することになってしまったが、どちらも選べるような状況ではない。
「お前もしかして、まだ気にしてるのか」
厭紀さんには穢之さんが抱えている問題に心当たりがあるようだ。
「なんのこと」
穢之さんは目を反らさず平静を保っている。けど彼もわかっていて聞いるのだろう。
「同じ年に男児が二人生まれたら片方が早死にするっていう迷信だよ」
「あったね、そんな昔の話が」
もしかして、穢之さんが時たま女性の格好をしているのは――――
「じゃあなんでお前女装してるんだ。どう考えても迷信回避だろ」
厭紀さんはわざとなのか挑発するようなことをいう。
「……うるさいな。お前が女装するよりマシだろって!」
穢之さんが女装しなければ相対的に厭紀さんが女装していた事だろう。
「あはは……!」
とうとう私は二人のやりとりに、つい笑ってしまった。
「え、なんか笑うところあった?」
「むしろめっちゃシリアスだったよな」
だって喧嘩していたのにすぐに漫才をやるものだから。
そしてようやく彼について少しだけわかった。
彼は弟だから、兄に対して引け目を感じているのだ。
「穢之さん」
「……!」
私が彼の名を呼ぶと、厭紀さんは驚いていた。
「まったく……わかりずらいんだよお前」
そういって厭紀さんが静に退室していった。
「人に話し合いが終わるまで帰るなって言っておいて自分が先帰るって……」
「あの、私は会ったばかりというか昔一緒に遊んでいた記憶も思い出せないんですけど……」
――私は穢之さんとなら恋をしてもいいと思った。
「え、本気?」
「嫌ならまた話合います」
「……僕を選ぶなんて物好きだね」
「そうですか、物嫌いよりマシだと思いますよ?」
●
夏休みも終わり、私は久々に学校に通う。
「ねー知ってる?変わり者って噂の園崎さんって社長と付き合ってるらしいよ」
「えー!?」
「あ、それより夏休みどうだった?」
「彼氏ができたよ」
友人の平屋さんが照れ臭そうに話す。
「どんなの?」
「私より美人で和服が似合って年下に見えて年上なんだ」
つまり童顔系ってことだろうか?
「へー」
「八多喜さんは?」
「近所に昔からいる年上の幼馴染みに告白された」
嫌そうな顔をしているけど、まんざらでもなさそうだ。
―――あっという間に放課後になって皆で帰ることになった。
「静華ちゃんは?」
「私は田舎に帰ったら、なんかいきなり婚約者ができちゃった」
「ええっ!?」
「まだ好きな人の話とか聞いてないのに!」
「田舎のイモ男子と結婚なんてあんまりだよ!」
二人は私の為を思って言っているのは間違いない。
なにやら校門前に人だかりがある。
「なんだろうね」
「おーい!」
「穢乃さん!?」
「……ねえ静華ちゃん、誰このイケメン」
二人は唖然としたまま指をさす。
「あ、どうも田舎のイモ婚約者でーす」
どうやら聞こえていたらしい。
「私達お邪魔ですよね!!」
八多喜さんは平屋さんを連れてささっと走り去った。
「あの、どうしてここに!?」
「大学がこの近くにあるんだよ」
そんな偶然があるなんて……しばらく遠距離になるだろうと思っていた。
「じゃあ今からデートでもしない?」
「はい」
【ハッピーエンド...初めが肝心】




