厭紀ルート
縁日に来た私たちは、それぞれ別の所からまわることになった。
――――私もリンゴ飴”食べたい。そう思ったので厭紀さんについていくことにした。といっても道が同じなだけなのだけど。
「君、リンゴ飴好きなの?」
厭紀さんは、嬉しそうな表情で訪ねてくる。
「いえ、縁日といったらそれかなって」
特に好きというわけではないが、思い出の中のリンゴ飴はかわいい。
だが食べると見た目の印象と違い、あまり美味しくはなかった。
「おっカップルか?サービスするよ」
屋台のオジさんから、ベタな反応がきた。こういうの苦手だなあ。
「いえ、カップルじゃないです」
彼はひやかしに少しも表情を変えず。サラッと返した。
当然といえばそうだけど、ちょっと複雑かも。
飴を買い終えた厭紀さんは、移動するようだ。
「俺は用すんだから。
あいつらと合流しようと思うんだけど……」
「じゃあ、私もいきます」
特に買いたいものも浮かばないので、私は彼と他の二人を探すことにした。
____
厭紀さんの提案で、伍糸さんも含めてまわることになった。
―――――
次の日の午前、村を散歩していた途中、ヒトガミ様が気になり寄った神社から帰る途中、意識を失いかけた私。
――――厭紀さんの顔が浮かんだ。
意識を失って、目を覚ますと家にいて―――
「大丈夫か?」
心配そうにこちらを見る厭紀さんの顔があった。
「あれ……私……」
「神社の近くで倒れてたから、俺と乃穢で運んだんだよ」
「そうなんですか……すみません」
「別にいいけど……いやよくないか。
とにかく田舎だし人通りのない場所で倒れないようにな」
「……はい」
「それより、どうして神社の近くにいたんだ?」
「せっかく神社が近くにあったので、願掛けに……」
誤魔化そうと思ったけど、別に神社にいくのは悪いことではないし、隠すことじゃないので私は経緯をかいつまんで話した。
もちろんヒトガミ様や夜の神社に忍び込んだことは伏せたけど。
「たしかに神社は都会にあんまないよな」
厭紀さんは納得してくれたようだ。
「けど神社なら―――」
「あ、ボク用事思い出しちゃったから帰るー!二人とも、仲良くね~」
私たちだけで話していたので、乃穢さんの気を悪くさせただろうか。
「あいつ、変な気使いやがって……」
「?」
「俺も帰るよ。あ、そういえばあの神社は危ないから一人で行くなって、乃穢が言ってたぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、伍糸にも一応倒れたことは言っといた。
そういやあいつ‘今度黄昏紫神社に行くときは、オレも誘ってくれ’とメールで寄越してきてたな」
それだけいうと厭紀さんは帰った。
『一人で神社にいくな』
私はその言葉通り、伍糸さんを神社探索に誘ったのだが、厭紀さんや乃穢さんまで来てくれることになった。
「あれ、大柳さんは連れてかなくていいのか?」
と厭紀さんにたずねられた。
「え、はい」
縒彦さんはそもそもこの事には関係ないので、話してないから神社に行くことは知らないだろうし。
でもどうしてそんなこと聞くんだろ。
彼等は私が知らないだけで仲よかったのかな。
厭紀さんってクールな印象だったけど縁日のとき、伍糸さんがいなくなると真っ先に呼び止めてたし、結構仲間といたいタイプなんだろうな。
「厭紀って寂しがりやだよねー」
「べつに、一人だけおいてったらハブってるみたいで嫌だろ」
たしかに、そんな気はする。
「イワク神社の探索に誘われるほうが、普通は嫌だと思うけど。
まあ大狐柳神社の神主の息子の大柳さんなら神社なんて慣れっ子か」
イワクがあるのはどこの神社でもだと思うけれど、たしかに縒彦さんなら大丈夫そう。
――神社生まれといったら、なんか強い力とか、ありそうじゃない?
「じゃ、いこう」
―――私達は神社へ向かう。
「………」
神社への道は、街灯で照らされている。
不思議なことに、昼間に来たときは来られなかった神社だ。
向こうにはヒトガミ様のいる離れがみえる。
「ん?」
厭紀さんがなにかに驚いた。
「厭紀、どうしたの?」
乃穢さんが訪ねる。
「ここ、なんか昼間の神社よりボロくないか?」
懐中電灯で照すと、鳥井にヒビが入り、どことなく古びていた。
「……気のせいでしょ。たんに昼間は明るいから、よく見ない。
夜みたいに懐中電灯で一ヶ所ずつ照らさないから
気がつかないってだけじゃないの?」
「だが、なんか違う気がするんだよな」
「私もそう思います」
咄嗟に同意していた。
「なら、神社が動いたとでも……」
「ああ、やっぱりな……」
悟糸さんは独り言を言う。
「なにがやっぱりなんだ?」
「街灯の灯りだよ」
ここに来たのは街灯のあかりが神社に通っていたから。
「まるで、夜にここへ誘い込むかのようじゃないか?」
「は?」
夜は見えないから神社への道に街灯をつけただけではないだろうか。
「……そういうのやめね?なんか、怖くなってきたじゃん」
「心霊が?人間が?」
「この場合は人間だよな」
私たちはひとまず帰宅することになった。
今度くるときはお札とか買おう。
◆
今日は気分を変えてお寺にでもいこう。ゴンガン寺は近場なので隣村にしておこう。
◆
隣村の剛慾<ごうよく>寺の前にやってきた。なんか毬栗頭がたくさんいる。
神社と違い参拝する場ではないので、移動した。
――向こうにはボロい神社がある。いかにもマツロワヌなんとか神がいそうなので逃げよう。
―――
「……厭紀さん?」
バッタリ会ってしまった。
「散歩か?」
「はい、厭紀さんもですか?」
どうやら一人のようだけど―――
「ああ、俺は趣味で園芸をやってるんだが、あの村にはあまり店がないからさ、こっちに買いに来たんだ」
なるほど、田舎だから資源が手に入らないってことね。
「せっかくだし、お前も来るか?」
「いきます」
御当地商品みたいなものがあるといいな。
――――ショップ榊。
「ここは親戚の社長が経営している店の一つなんだ」
「そうなんですか……(もしかしてあの榊社長!?)」
厭紀さんは園芸用品をカゴに入れる。
「なあ、どっちがいいと思う?」
―――彼はなんだか、服を選ぶときみたいな事を聞いている。
「すみません。園芸は小学校の授業以来やったことないので……そういう違いがわからないです」
「まあ、どっちも同じ栄養剤なんだが……サイズはどっちがいいと思う?」
―――あれ、なんかめんどくさいなこの人。
―――結局彼はすぐに、両方買うことを決断した。決断力はあるんだなあ。
でも彼女になる人は大変そうだと思う。どっちか選ばずに両方なんて物じゃなくて彼女だったら問題だ。
―――って、私ったら何変なこと考えてるんだろう。
今まで人にそんな興味なかったのに、厭紀さんのことを気にしてしまう。
「何かいいものあったか?」
厭紀さんのカゴには栄養剤の多に花の種があった。
「花好きなんですね」
「ああ親戚の榊さんが好きでな。ちなみに穢乃はファッションの方を影響されてた」
「もしかしてあの榊さん?」
「ああ」
榊蓉兎<さかきようと>はテレビにも出ているカリスマファッションなんとかで色々な企業で成功している社長。
「めずらしい字の名前ですよね」
「芙蓉<ふよう>のヨウに兎<うさぎ>なんて滅多に無いな」
「芙蓉って花でしたっけ?」
「ああ、大体は美に関する話がある」
美か―――
「あの人結構若作りでさ、もうピー才くらいなのに外見が二十代後半でストップしてるんだよ」
「へえ……そうなんですか」
なにそれ気になる。
「じゃ、帰るか」
「はい」
「あ、おーい」
帰っている途中、乃穢さんと会った。
「バイト帰りなんだ」
三人で帰ることにする。二人は私を家まで送ってくれるそうだ。
「ありがとうございました」
家の前に着き、二人と別れた。
◆
「ねえ、好きな子できた?」
帰宅早々、神妙な面持ちでたずねられる。
「え?」
母はいつもならニコニコとそういうことを面白半分にきいてくるが、今日はなんだか違う。
「最近嬉しそうに外に出ていくから、いい人でも見つけたのかと思ったのよ」
「別にそういうわけじゃないよ。田舎のスピリチュアルなスポットを探索したりしてるだけで……」
「スピリチュアルスポット……森とか神社とか?」
「うん。でも、いつもは彼氏は?とかひやかしてくるのに、今日はどうしたの?」
「……気のせいならいいの。そろそろこの村について、話をしておこうと思ったのだけど」
「なに?」
村について、ということはやっぱりなにかイワクがあるのだろうか。
「大したことじゃないんだけど、この村にはちょっとした呪いの噂があるの」
「呪いの噂?」
まさか母からそんな話を聞けるなんて、灯台もとくらしだ。
「数年ごとに女神様は生け贄を捧げないと村に祟りをおこすとか。
それを鎮めるには村の少年が神社へ人柱として奉納されるとか」
――それ大したことじゃない。というかなんで今その話をする気になったんだろう。
「――それに、今年も生け贄を決める年になったのよ」
「え?」
「毎年女神の代役に選ばれた少女が、生け贄となる者を選んで、神社へ奉ることになっているのだけど……あ、生け贄といっても数日神社で暮らすだけで死んだりしないわよ?」
「……それって、どうやって選ばれるの?」
いくら村の人間だからって、そんなディープで重要な話を、どうして母が知っているんだろう。
「ランダムよ。昔は珠が自然に動いたらしいけど、そんな不思議なことがおきるわけないし。
それで今年は静華が女神になる予定だったのだけど、珠が何者かに盗まれたからしばらく儀式ができないんですって」
「そ、そうなんだ……」
私は怖くてそれを聞けないし、珠を持っているなんて言えない。
だけど黙っていたらよくないよね……
「珠が見つからなかったら、儀式はどうなるの?」
「前例がないそうだけれど、やっぱりするんじゃないかしら」
さっきから気になってたけど、どうしてこんなに詳しいんだろう。
まあいいや、珠がなくても儀式はやるんなら、いいよね。
風呂をすませといざ布団に入る。寝ようとしてもねつけない。
――――なんかモヤモヤしてきた。やっぱり、隠し事なんてできない。
正直に話にいこう。そう思っていると、手が痛みだした。
きっとまた、珠が私を導いているんだ。私はなにかないかと机を探す。
なにやら札が入っていたので、ありがたく持っていこうと思う。
長い階段をあがり、ボロボロの神社へつく。息を切らせていると、離れの部屋から長い髪の青年が出てくるところだった。
青年の姿は月灯りに照らされる。確証はないが、彼はきっと―――――
「三番目の神社に……」
耳元に声だけして、彼は姿を消した。私は手当たり次第に走る。
三番目の神社ってなんなの。
いま来た神社が縁日のときに行った場所。もう一つは朝に階段をあがった新しい神社。
あと一つ――そうだ。厭紀さんたちと行ったあの神社。
階段をあがらなくて、ヒビの入ったあそこだ。
たしか街灯があった気がするけれど、真っ暗すぎて電線が見えない。
しかたなく道を歩いてみる。
よく目をこらすと、電飾のようなものが見えたような。
ここを真っ直ぐいけばいいのかな。
真っ直ぐ行くと、神社の内部は灯がついている。ここに神主なんていただろうか?
私が建物の裏からこっそりと近づいて、複数の会話が聞こえた。
普通に考えて神主さんの家族が住んでいるんだろうけど、それにしてはなんだかガヤガヤしすぎ。
一体なにを言い争っているんだろう。
「静華?」
「厭紀さん?」
なんでここにいるんだろか。互いにそんな顔をしているに違いない。
こういう場所は苦手にしていたし、きっと別の理由だよね。
私が怪訝そうな顔をすると――――
「俺は家族で村の偉い人に呼び出されたんだが、お前も呼ばれたのか?」
「いえ偶々です。なんか虫の知らせみたいな感じで……」
耳元でしらない誰かの声がしたとは言えない。
「そっか」
向こうから女の人が出てくる。顔は見えないが、多分乃穢さんだ。
あたりをキョロキョロとして、こちらへこっそりとやってきた。
「なんでここに静華が?」
信じられないくらい低い声で、厭紀さんに言う。
「呼んだわけじゃない。たまたまここにいたから声をかけただけだ」
「そうなんだ。で、静華はなんでここに?」
「虫の知らせらしい」
「は?」
「なんというか神社探索をしていたら、たまたまここにくる道に灯がついていて」
「灯なんてないよ?」
思わずふりかえる。たしかに入るときは鳥居の周りに電灯がされていたのに、今は真っ暗だ。
「ところで呼び出された理由ってなんだったんですか?」
「さあな、両親だけが奥の話部屋に入ってて、俺たちは呼ばれなかったし」
「……ボクは部屋の障子から聞き耳がバレて、つまみだされたんだよね。というわけで収穫はなし」
私は一体何をしに来たんだろう。何も起きてないようだし、帰ろうかな。
「あ、そうだ。本殿には近づかないほうがいいよ」
乃穢さんが神社の中を指さして言う。あそこ本殿って言うんだなあ。ずっと社だと思ってた。
「それじゃあ私、帰りますね」
建物の裏から出て、神社の真ん中にいくと――――
「女神だ!!」
誰かが叫ぶ。私は怖くなって、すぐさま逃走をはかる。
家がある右に真っ直ぐ帰るか、それとも左の道にいき追跡まいたほうがいいかな――――