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ヤンデレ彼女の社会復帰政策  作者: 羊羽 一
9/22

第一の試練 コンビニ

色々考えていい加減疲れ始めてきた頃に、どうやら目的地に到着したらしく夜町さんが唐突に足を停止する。


「つきましたよ、康太くん」


 目の前の物件を確認すると、一年前まではごく普通に通学していた学校のすぐ近くのコンビニだった。


 うぅ、学校の近くにいると昔を思い出してなんかいやだなぁ。できることなら早くこの場を立ち去りたいところだが、夜町さんの視線がそれを許さないと語っている。


「僕はとりあえず何をすればいいのかな?」


 さっさと済ませてこの場を去ろう。そんな考えが頭によぎり、催促するように夜町さんに質問を投げかける。

 そもそも不満があるなら夜町さんを無視してでも逃げればいいのに。一年ぶりの外出は僕の身にはきつすぎる。


 それができないのは、やっぱり夜町さんのことをまだ諦めきれていないからだろうか。未練がましいとは思うけど自分に嘘をつくこともできないようだ。

 自分に正直に生きた結果が現状なら、この考え方は改める必要があるかもしれないけど。


「このメモに書いた商品を購入してきて下さい。お金のことならご心配なく。私が支給しますので」


 夜町さんが僕の目の前に突き出したメモの内容を読む。炭酸飲料、菓子パンなどコンビニで売ってあるラインナップに目を通していくと一番下にとんでもないものが含まれていることに気づき、思わず指摘する。


「エ・・・エロ本?」


「はい、そうです。ジャンルは問いません。自分の性癖に素直になれば自ずと買うものは見えてくるはずです」


 真顔で何を言っているんだこの子は。羞恥心というものが無いのか。


「何故そんなものを・・・こーいうのに興味でもあるの?」


「なっ!」


 ここで夜町さんが初めて羞恥を感じたらしく、遠目でも見ても分かるほどに赤面する。

 ああ、良かった。夜町さんにもちゃんと羞恥心はあったんだな・・・・・・

 女の子にこんなことを思うのは非常に失礼な気がするが、安心せずにはいられない。


 自分の好きな人が変態だったら大抵の人はショックを受けるだろう。僕は夜町さんが変態でも受け入れる自信はあるが、できることならノーマルであってほしい。


「私が読むわけじゃありませんっ! ていうか康太くんもこんなの読んじゃ駄目です!」


「大声出すと近所迷惑だよ・・・」


 時計を確認すると時刻は既に深夜一時をまわっている。生活リズムが滅茶苦茶になりつつある僕はまだ大して眠くないが、この時刻だと睡眠をとっている人も多いだろう。


 しかしここまで感情を露骨に表している夜町さんは始めて見た。珍しいものを見れた気がしてなんだか嬉しくなってくる。


「誰も読む必要がないなら買う必要もないじゃないか。不毛なことはやめて早く帰宅しようよ」


 思わず本音を自白。内心少し焦ったが表情には出さないように心がける。


「そーいうわけにはいきません。これだけ恥ずかしいものを買えば社会に出ても恥ずかしいものは無くなるだろうという私の完璧な作戦を何故理解してくれないのですか」


「なんか最初の一歩にしては大きすぎる気がするよ・・・」


「康太くんの足は長いので大丈夫です」


「物理的に長くてもなんの意味もなさないと思うけど」


 夜町さんの作戦の意図を理解したところで、それを実行に移す勇気は当然ながら持ち合わせていない。


「できれば他のことをやりたいんだけどなー」


「駄目です。騙されたと思ってちゃんと私の作戦を実行してください。この作戦をやり遂げることができたら康太くんの社会復帰レベルは格段に上昇するはずです」


「なんすか社会復帰レベルって。初耳なんですけど」


「読んだままですよ。社会復帰するために必要な経験地を積むとレベルが上がり、最大値に到達したときには康太くんは引きこもりなんかやめているはずです。俗に言う『リア充』ってやつですよ」


「エロ本買うだけでリア充になれるなら世の男達の何割がリア充と呼ぶに値する存在になっているんだろうね」


 人によってはひどく簡単なことだが、慣れていない人にとっては相当難しいんじゃないか、コレ? まぁ人生そのものがそんなものだけど。


「作戦の概要を理解したなら、レッツゴーです」


「夜町さんが考えてくれた作戦に従わないのは心が痛むけど、辞退するよ。僕にはまだ早すぎる世界だ」


 そういってコンビニの前から去ろうとすると後ろから力強く肩を掴まれる。驚き振り返ると、虚ろな眼で僕も見据えていた。


「なんでそんなこと言うんですか・・・?」


 若干トーンが下がった声に動揺を隠せない。何だこの状況は。なんか泣きそうになってきたぞ。


「あー、やっぱりやりたくなってきたぞー。張り切っていこー」


 得体の知れない恐怖を感じ、危険だと判断した僕はこの場の空気を変えるためにできるだけ明るい声で作戦を実行する意思を伝える。

 恐怖で喉がかわき、棒読みに近い言い方になってしまったがこれが限界だった。

「はい! 頑張りましょうね!」


 さっきの雰囲気からは想像もできないような明るい声で話す夜町さんに強い違和感。


 さっき感じた狂気の正体はこれかな。再び夜町さんの新たなる一面を垣間見たが、今度は素直に喜ぶことができない。できることなら見なかったことにしたいくらいだ。


「意思を固めた康太くんに恐れるものは何もありません! 自信を持って行きましょう」


「分かった。分かったから押さないでください」


 立ち往生していると後ろから背中を押してくるので仕方なく自分の足でコンビニの入り口に向かう。

 目の前に迫る入り口を見るとやはり身震いする。するなってほうが無茶な話じゃないですかね。大目に見てほしいものだ。


「じゃあ私は外で待ってますね」


「一緒に来てくれないの?」


「レディーが見るものじゃありませんからね」


 それはごもっとも。夜町さんのような清楚で可憐(先程の一件でこの見解は覆りそうになっているが)な女の子に見せる訳には行かないな。

 勇気を出して入店。軽快な音楽が僕を出迎える。長らく忘れていた感覚だ。


「いらっしゃいませー」


 人間の声が聞こえて少し焦る。これも夜町さんの期待に応えるためだと自分を奮い立たせ冷静さを取り戻す。

 やる気が微塵も感じられない若い店員が音楽と共に僕を出迎えている。嫌々仕事してますって目に見える態度で表しているが、こんな態度で接客が勤まるのだろうか?


 僕がバイトとか万が一するときはこうはならないようにしないとなー。良い反面教師になってくれてありがとう、名も無き青年よ。


 入り口近くにあったカゴを手に取り、まずはさほど難易度が高くない飲料コーナーへ向かう。


 どうやら一年間家に引きこもっている間に色々な新商品が発売されたらしく、僕の知っている飲料類は半分以下だった。

 時代の流れい完全に取り残されていることに微々たる不満を覚えながら、恐らく炭酸飲料であろうパッケージを発見し、それを手に取る。

 念のため手に取ったペットボトルの観察をしていると、炭酸という文字を発見。どうやら間違いないようだ。


 とりあえず第一関門は突破。この程度のことをいちいち関門にしなくてはならないのは虚しいが、仕方ない。


 続いて飲料コーナーのすぐ近くにあったパンコーナーから適当にパンを選択し、それも手に取る。

 立て続けに関門を突破していくことに僅かな達成感を覚える。夜町さんのいうところの社会復帰レベルの上昇に必要な経験地をこの間にも得ているからか? 何はともあれ、久しぶりの感覚だ。


 余韻に浸りつつ何となく店の外に目をやると夜町さんがしっかりと僕のことを見ていた。

 あなたのことは一秒たりとも見逃しませんと宣告しているような目つきだ。少し怖い。


 意外と嫉妬深い性格なのかな夜町さんって。あの目つきを見ているとそんな気がする。本当に僕に好意を抱いているなら、今後あんな風に常に監視されたりして。いくらなんでも考えすぎか。

 まぁ、常に監視されるというのも僕のことが好きだという感情ゆえの行動だと思えば可愛く感じるけどね。恋は盲目って本当なんだなー。


 そして足を動かし、いよいよ最も困難な試練を目の前に映し出す。

 そーいや僕はまだ17歳なんだけど大丈夫かな?背は平均より少し低く、学校に通っていた時代に童顔と言われたことがある過去を持つ僕としては少々不安だ。


 成人向けコーナーの近くで雑誌を立ち読みしている女性がいて、非常に手に取りにくい。これは僕じゃなくても難しく感じるだろう。

 こんな時間に外を出歩かないで早く帰宅しやがれバカヤロー。


『無理です』と目で伝えるように外にいる夜町さんに訴えてみるけど、ウインクして親指を立ててきやがった。


 あれは『康太くんならいけるよ。ガンバ☆』みたいな意味だろうか。間違っていてほしいけど、あの輝く笑顔はこれに似たメッセージしか感じ取ることができない。なんて嫌な以心伝心だ。


 このまま店を出ても先程感じた恐怖を再び感じることになりそうな予感がしたので仕方なく目的地に足を向ける。

 もうどうなったっていいじゃないか。何も死ぬわけじゃない。社会的には既に死んでいる気がするけど。


 成人向けコーナーの前に立つ。ああ、恥ずかしい。何故こんな思いをしなければいけないんだ。

 しかし性癖の世界は奥が深い・・・いや、何を考えているんだ僕は。


 横で雑誌を読んでいる女性から視線をビシビシ感じる。やめろ、こんな僕を見ないでくれ。

 気にしないように努めても、横からの視線が他へ移る様子はない。なんでそんなに見てるんだ、僕のことが好きなのかこいつは。


 横目で顔を確認することを試みるが、雑誌が邪魔でよく見えない。

 僅かに見えた感想としては、どうも僕と同じくらいの年齢な気がする。まさか僕の在籍している学校と同じ学校の生徒とかじゃないだろうな。そう考えると表現しにくいモヤモヤとした気持ちが僕の中で暴れだした。


 夜町さんの視線と隣にいる女性からの視線に挟まれ、妙な焦燥感を覚えてきた。誰かたすけてくれー。


「ちょっと・・・・・・」


「おわぁ!」


 話しかけてくるという予期せぬ事態に時間帯のことを考慮していない大声を出してしまう。さっきのやる気の無い店員までもが迷惑そうに僕を見ている。こんな時だけ真面目に仕事をするんじゃない。


「あんた、辻本康太じゃないの・・・・・・?」


 は? ツジモトコウタ? あ、僕のことか。

 いやいや、なんで僕の名前を知っているんだよ。こんなに人に名前を呼ばれる日なんて滅多に無いぞ。


 隣にいる女の顔を改めて確認すると一年ぶりではあるが昔は毎日のように見ていた顔が目の前にあった。

 目の前の女は、僕が引きこもることになった間接的な原因とも言える佐竹菜々美だった。


「え、あの、確かに辻本ですが・・・」


「なにオロオロしてんのよ。あんた家に引きこもってたんじゃないの?」


 他人に現状を説明されると妙に心が痛むなぁ、てかなんでここにいんだよ。健全な高校生はもう寝ている時間なんだぞ。僕は健全じゃないので全く問題なしだぜ。


「いやぁ、久しぶりだね。ゆっくりと話したいところだけど生憎急用があるのでこれにて・・・」


 突然の出来事に対応できず、このままでは悪戯に心をかき乱されてしまうさけだと判断した僕は、とりあえず逃走を選択。こうやって僕はいつもピンチを切り抜けてきたのだ。


 競歩をやっているつもりでその場を後にしようと歩き出す。するとすぐに後ろから右手の手首を強めに掴まれた。血流が止まってしまうー。


「ちょっとまって、色々話したいことがあるの。近くの公園にいこ」


「そんな急に言われても困るんだけど・・・」


「いいでしょ、どうせ暇なんだから。嫌とは言わせないわよ」


 相変わらず強引な奴だ。昔と変わっていない幼馴染の姿を見てホッとする反面、過去のトラウマが復活し始めて嫌な気持ちにもなる。僕にしたことを忘れたのか。それとも本人は全く気にせず、僕だけ根に持っているだけなのか。後者だったら滑稽だな、僕は。


 しかし急にデートの誘いとは、僕も随分モテるようになったもんだななぁ。実は引きこもることって男を磨くことになるのかな。


「とりあえず店を出よ」


 そう言うと菜々美は急に歩き始めた。運動神経が平均以下のため、急な行動に対処できず、思わずよろけてしまう。


「ちょ、分かった。行くから手を離して」


 先程まで持っていた商品カゴはとりあえず床に置いておく。仕事増やしちゃって悪いなぁと一応反省することも忘れない。


「ありがとうございましたー」


 再びやる気のない店員の声を耳にして、店の外へと脱出。脱出なんて言うと大げさな表現だと思うかもしれないけど、僕にとって人がいる環境に立ち入るということはそれほどのことなのだ。その辺りは理解してほしい。


「康太くん、誰ですかその女は?」


 店を出ると待ち構えていたかのか、すぐに夜町さんが詳細を尋ねてくる。僕が菜々美に手首を掴まれた辺りから視線が大変鋭くなっていたので嫌な予感はしていたが。


「私は、康太の幼馴染です。貴方こそ誰ですか?」


 唐突な質問に腹を立てたのか、菜々美が強い口調で夜町さんの質問に対して質問で返す。いやぁ、女の口論って怖いよなぁ。なんか今すぐに帰りたくなってきたよ。


「なんなんですか、あなたは。私は康太くんの恋人なんですよ」


「なっ・・・!」


 夜町さんの話を聞いて明らかに菜々美が動揺している。何故同様しているんだ? やっぱりさっきの誘いはデート的な何かだったのか? まぁそれはないな。そんなことは過去の僕に対する菜々美の反応から分かることだ。


「そんな話初めて聞いたんだけど」


「お互いに言わなくても分かり合える関係なんですから、いちいち言う必要もないでしょう」


 このまま話しを進めると予期せぬ方向へ話が進みそうなので一応指摘をすると思わぬ応えが返ってきた。恋人と言われるのは悪くない、むしろ嬉しすぎて発作を起こしそうになるくらいのだが、今そんなことを言うと余計に場が混乱してしまう。もうちょっと空気を読もうよ夜町さん。


「そんなこと私、認めないわよ!」


 そう言うと菜々美はまたもや僕の手首を掴んでくる。ああもう、なんか今日は手首が掴まれてばっかり。少し僕の手首を休ませてやってくれ。


「行くよ、康太! こんな危ない女と居てもいいことないよ!」


 僕の意見を全く聞かずに判断すると、急に走り出した。もう今日の運動量はどう考えてもオーバーしている。ちなみに一日百歩くらいが僕の限界ということにしている。


「待ちなさい!」


 後ろで夜町さんの怒号が聞こえる。うわ、こえー。夜町さんからあんな声を聞くことになるなんて。


「ちょっと待て! 夜町さんメッチャ怒ってるぞ!」


「知ったこっちゃないわよ、そんなこと!」


 菜々美は夜町さんの命令に従う気は毛頭無いらしく、一目散に夜町さんから逃げ出す。走るのが妙に速いところも昔と変わっていない。そして僕の体力が一年前と比べて著しく減少していることに軽くショック。改善する気はないけど。


 息も絶え絶えなので今すぐ停止して休憩をとりたいが、菜々美の顔からして、どうもそんなことを許してくれる状況ではないようだ。僕は空気が読める男なのだ。

 夜町さんの姿が遥か後方に位置している。僕と同じく、体力はあまり無いようだ。


「一体どこへいくつもりなんだよ!」


「さっき言ったでしょ!公園よ!」


 口から出任せというわけではなかったのかあの言葉は。何故公園なのかは見当がつかないが、今はおとなしく従っておこう。事なかれ主義でいることが人生安全に生活するための条件だと思うんだよね。

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