社会復帰に向けて
「どうしたんですか康太くん?鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃって。もしかして私の顔が原因なんですか!?」
目の前にいることを未だに信じることができないでいる僕に夜町さんが見当違いな誤解を抱いてしまっている。弁解したいところだが状況の把握が先決だと判断する。
見た目は一年前とほとんど変わっていなかった。ように見える。
僕の中の夜町さんはあんまりお喋りとか好まない性格だと思っていたので、内面はこの一年で変化が生じたのかも。最初からこんな性格だってこともありえるけど。
「とりあえず、久しぶりですね・・・」
気まずい。非常に気まずい。
何せ一年前に告白して玉砕した相手だ。ここで何も感じないほど心が壊れているわけではない。夜町さんと会った衝撃で心が傷だらけだぜ! とか言ったら告白も成功していたかな。そんな訳ないか。
「丁度一年くらいですね・・・その間、私はあなたのことをずっと思っていました! 寂しかったですよ・・・」
無駄な思考を巡らせている間に夜町さんが僕のみに効果が発生する爆弾を投下。心の内側に隠れる暇もなく、あっさりと爆風に呑まれる。
思っているってことはあれか。僕に好意を寄せていたってことかい?
自意識過剰だろうと心を抑制しようとしても気持ちは自分の意思とは無関係に暴走を始める。
落ち着くんだ、康太。今考えるべきことは他にも山ほどあるだろう?
「なんでチャットの相手が僕だと分かったのかな・・・・・・?」
とりあえず一番気になったことを質問してみる。何か聞いてはいけない領域に踏み入ったような気になったが、それは錯覚であると前向きに否定して事なきを得た。全く事なきを得ていないどころか、只考えを先延ばしにしただけな気もしたが、それも錯覚だといいなぁ。
「どうしてか知りたいですか・・・・・・?」
夜町さんが思わせぶりな態度で僕のした質問に質問を重ねる。
「そりゃ知りたいよ。僕はこう見えて好奇心旺盛なので」
自己分析が完璧にできるわけじゃないから断定はできないけど、多分嘘だろうなぁ。
好奇心があったらワンパク少年も顔負けの勢いで外に飛び出しているはずだし。
それにしても身内以外との会話なんて一年ぶりだけど案外普通に話せるな。
それは夜町さんが相手だからかな?
一度砕けた相手にならもう失うものはないという気持ちが僕の脳内に少なからずあるせい? 自分でもよく分からないけど、いちいち考えるほどのことでもないかな。
どうせ考えたって答えなんて出ないんだから。
「私の家は少々他人の家より経済力が優れているということはご存知でしょうか?」
「いや、知らないな。砕けて言えば金持ちってこと?」
「なんだかそう言われると妙な気持ちになりますが、まぁそういうことです」
確かにそう言われればそう見えるなー。可憐で清楚な人は大抵金持ちであるという偏見もいいところな意見を持っていたので、あまり驚きはない。
ちなみに僕の所持金は合計2344円ナリ。一年前のあのときからお金は使っておりませんゆえ。
「その経済力を強化している要因の一つとして、私の父が経営している会社が挙げられます」
なんだか話が怪しい方向に。やはり錯覚ではなかったのか。
「それでその会社がどうしたの?」
先を聞くのは怖いけど、放っておくのは僕のチキンな精神が許さない。好奇心の源は臆病さなのかもしれない。源がどうであれやっぱり僕は好奇心旺盛な健全少年だったのか!
この先役に立つかどうかは甚だ疑問である。
「事業の内容はソーシャル・ネットワーキング・サービス・・・所謂SNSなのですが、その中の一つに私や康太くんが頻繁に利用していた『ナイトシティチャット』があります」
うわぁ、なんとなく分かってしまったぞ。ここから先を聞くのは正直もうウンザリという感じだが、人の話は最後まで聞きなさいって小学生の頃誰かに言われたんだよなぁ。
それを厳守するほど出来た人間ではないが、今回は偽りでもいい子ちゃんになることにした。誰か僕を褒めてくれー。
「チャットの参加者のIDからPCを特定し、住所を割り出し現在に至るというわけです。オーケーですか?」
「大体オーケーかな・・・」
予想がどんぴしゃ。僕のパソコン知識では不可能なことを軽々とやってのけた夜町さんは、機械に強いお方なんですかね。
ていうかさも当然のことかのように話しているけど、これって犯罪なのではないでしょうか?
思考を口に出す勇気はなく、口を噤み相槌打ったりしてる僕はたから見れば滑稽に映るんだろうなぁ。
言いたいことを言えない人間ばかりが世の中の大半を占めているのだと勝手に予想する。
なら大丈夫。世の中いつだって多数派が正義だ。
「しかし、康太くん随分とやせましたねぇ。ダイエットに効果的な方法を知っているなら、是非とも伝授していただきたいところです」
「これは体だけではなく、心までやせ細ってしまう諸刃の剣なので、あまりお勧めできません」
「覚悟の上です。実は最近お腹周りのお肉が気になってしまって」
「多少肉が付いている方が女性は魅力的に見えるらしいから、大丈夫だよ。多分」
それに夜町さんの体はどう見てもやせている。こんな状態でダイエットなんてしたら体重計も真っ青な重さになってしまう。
「もう一つ質問してもいい?」
「意見がある場合は挙手をして発言すること。先生との約束ですよ」
なんだか懐かしい響きだなコレ。主に小学校に通っていた時代によく耳にしていた気がする。忠告を素直に聞き入れる純粋なやつもいたし、俺は人の意見なんてきかねぇ! みたいなワンパクヤローもいた。
ちなみに僕は純粋派。逆らう勇気がないのです。
「なんで僕に会おうと思ったの?」
これを最初に聞くべきかとも思った重要な質問。
答えの内容しだいによっては今後夜町さんに抱く感情に大きな変化が生じる。
先程のストーカーに近い犯罪行動で若干引いていたが、この程度のことでは僕の夜町さんへの愛は変わらないのだ。
まだ夜町さんに好意を持っているかどうかは実は自分でも分からなくなっていた。もう会うことはないと勝手に思っていたからなぁ。
でもこうして会ってしまっている。運命に感謝するべきなのか、憎むべきなのか。
「それは康太くんのことが好きだからですよ」
理由になってねえよ、それ。しかし言葉の威力が強すぎてそんな思考は一瞬で霧散してしまう。
好きな相手から好意を寄せられるってこんなに嬉しいことなんだな。
適当な嘘を口から出任せで言っただけかもしれない。
自分に好意を寄せていることを知った上でからかってバカにしているだけかもしれない。
でもそんなことはこの際どうでもいい。
大切なのは今、この時感じた気持ちのはず。そう信じてしばし高揚感に身を包まれる。
浮かれている僕に痺れを切らしたのか、僕の返答を待たずに夜町さんが口を開く。
「康太くんも私のこと好きなんですよね?」
「うっ」
夜町さんが僕にとっては顔から火が出そうな話題を臆面もなく切り出してきて思わず言葉が詰まってしまう。
確かにそうだけど、ここで迷わず肯定できるほどの度胸を持っていたら僕の人生はもっと順調に進んでいたわけで。
「はい、まぁ好きです・・・」
自分で悲しくなるほど情けない言い方でようやく返答する。今の僕にはこれが精一杯だぜ。
僕の答えを聞いて夜町さんは分かりやすく喜びを伝えてくる。
「まだ気持ちは変わっていなかったんですね! 嬉しいです!」
うわぁ、本当に嬉しそう。夜町さんって意外と感情が豊かな人なんだなぁ。夜町さんの新たな一面を確認することができて満足。
「あの時は断ってしまってごめんなさい。恥ずかしくってつい反対のことを言ってしまいました・・・。あの後本当の気持ちを伝えようと思っていたんですけど、あのようなことが起きてしまって・・・」
「・・・気にすることはないよ。こうなっているのは僕が弱いせいだから」
できるだけ表情に出さないように心がけてはいたが、この話題は僕の精神上大変よろしくない。出来れば思い出したくない話だった。
幼馴染との関係が断絶され、クラスの晒し者にされる。まとめてみるとこれだけだが、僕にとって威力は絶大だ。
「いえ、こうなってしまったのは私のせいです。私、康太くんに謝りたくて康太くんに会うことを決意したんです」
「僕に謝る? そんなことする必要ないのに」
「いえ、そうしなければ私の気が収まりませんでした」
やっぱり真面目な子なんだなぁ、夜町さん。この数分で夜町さんへの評価がぐんぐん上昇している。流石だぜ。
「康太くんが学校に来なくなってしまったのは私のせいです。なので私に責任をとらせてください」
「責任?」
夜町さんは随分と僕が引きこもっていることを重く受け止めているらしい。当の本人が大して気にしていないというのに。
本来引きこもるってのは真剣に考えなければならない問題なのかもしれないが、そんな常識的な思考は随分前に消失してしまった。ゴミだしの日に一緒に捨てちゃったのかもしれないな。
「康太くん、これから私と一緒に社会復帰のための活動をしましょう」
「なんだか随分と大げさに聞こえるけど、僕の気のせいかな?」
「いいえ、気のせいではありません。私の犯した罪はそれほど大きいものなのです」
なんだか大変なことになってきたぞ。僕は社会復帰することをそれほど望んでいないのに。しかし好きな子の手前、あまりネガティブな発言はしたくないという気持ちが邪魔をして正直な気持ちを言うことができない。
男子たるもの、ハリボテだろうがなんだろうが、女子にいいところを見せなくては。
引きこもっている時点で既にハリボテなど意味がないほどに惨めだがそこには目を瞑る。悪あがきをするのもたまには悪くないだろう。
「具体的にはどーいうことをするの?」
「少しずつ社会に慣れていくんです。最初の一歩は小さくても、いつしか目標にたどり着けるはずです!」
全然具体的じゃないことはとりあえず置いといて。
元気な声と顔で無理難題を平気で口にするなぁ。少しずつとは言っても僕にとっては大きすぎる一歩になってしまうような気がしてならない。
しかし、夜町さんが僕の為を思って言ってくれていることは語尾の強さや感情からなんとなく分かった。このこと事態は非常によろこばしい。
「僕にどこまでできるか分からないけど、とりあえず夜町さんの話に乗ってみるよ。僕も男だしね」
さりげなくアピールすることを忘れない。女性は男性のこのような所に好感を抱く筈である。もちろん、これは個人的な主観であり、真実は不明だが。
「その気になってくれて嬉しいです! 早速コンビニに向かいましょう」
夜町さんが僕の手を掴み公園を抜け、夜の道を闊歩していく。掴まれて心臓の鼓動の速度が上昇したが夜町さんはそんな僕の事情には全く気にしていないようだ。気にされても困るけど。
「へ? コンビニ? 何か買いたいものでもあるの?」
「いえ、別にありませんよ?」
ないのかよ。内心でツッコミつつ、状況を把握するために質問タイム。
「じゃあなんでいくの? あっ、荷物の受け取りとか? 最近の世の中は僕が引きこもっている間にどんどん便利になっていくよね」
「そのような理由でもありません。今から向かうコンビニは康太くんの為に行くんです」
僕の為と言われたが、コンビニに行くことが僕にとってどのように作用するのか皆目検討がつかない。コンビニに引きこもりに効く薬とかでもあるのかな?
「言ったでしょう。少しずつ社会に慣れていきましょうって。コンビニは社会に慣れるための第一歩です。しっかり踏みしめましょう」
ああ、なるほど。一見分かりにくい行動にそんな意味が隠されていたのか。
確かに一年ぶりにいくコンビニを想像すると少し身震いがする。意外と良いアイデアかもしれないな。
僕はこの状況下で二つほど気になることがあった。
夜町さんが僕の手を握る力がさっきより強くなっている気がする。急激にではなく、徐々に。
この疑問に対しての答えは自分の中ですぐに見つかった。
夜町さんはきっと照れているのだ! 僕がこんなに照れているのだから、夜町さんだって照れているに決まっている!
かなり強引な解釈だが、こう考えると幸せな気持ちになるので気にしないことにする。相手の心が分からない時は自分にとって一番都合のいい解釈をするのが最善だと思う。
そしてもう一つ。夜町さんから何か形容することが困難なオーラのようなものを感じる。
正体は不明だが、あまり良いオーラではないことだけは鈍感であろう僕にも分かった。
なんだろうなぁ、これ。何か狂気に近いものを感じる気がするんだけど。
しかし僕の脳内ではこれもまた都合の良いように解釈し、緊張を感じるあまりの未知のオーラということにしておいた。
合っているといいんだけどなぁ、これ。このまま何事もなく終わってくれよ。