御対面
玄関を閉めてしばらく歩いていると頭痛がしてきて「家に戻れ」と脳が強く命令してくるが反抗期時代を思い出し我が道をゆく。
僕の薄弱な意思を汲み取ってくれたのか、しばらく歩いていると頭痛はさっきと比べて随分マシになってきた。
人通りの少ない夜道を真ん中より若干右によった場所を歩く。誰もいなくても真ん中を歩くというのは少々抵抗があるのだ。
幼いころから地味に生きようとしてきた弊害ですかねぇ。特に不便もないので改善する気も起きない。
歩きながら今日会うまちこさんの人物像をぼくなりに想像してみる。
夢の中では性別は女性だったが、実際にはまだ分からない。チャットでの口調はまさしく女といった感じだったが、それが逆に怪しく思える。
もし屈強な男性だったら暴力沙汰になる可能性も否めないのでできれば女性であってほしいなぁ。その方が話し合いで解決ルートになりやすそう。
そもそも僕は何を解決したいんだ? 根本的な疑問にぶち当たって足をとめる。
知り合いだったとして、その人に『僕と関わらないでください』とでもいうのか?言ったところであまり意味はない気がする。
『チャットで僕をいじめるのはやめてください。心が折れてしまいます』とかがいいんじゃないかな?自分が弱い人間であることを充分に理解させれば詮索することをやめてくれるかも。
方針を一応固めて再び足を動かしていく。後は全て都合がいい展開になってくれることを祈るばかりだ。
そして公園に到着。辺りを見回してそれらしき人物を捜索開始。
子供の頃よく遊んでいた公園なので見回すとともに過去の記憶が上映される。
あの頃はそこらの子供と何も変わらない普通人間・・・だった気がする。思い出は美化されるものらしいから断定することはできないけど、そうであってほしいな。
僕の願望を脳内に描いていると、タイヤが半分だけ出ているやつ(正式名称あるのこれ?)に腰かけている人物を発見。
足をパタパタと動かし機嫌はなかなかよろしいようだ。僕の気持ちもつられて三ミリほど上昇。
約束の人物かどうか判断がつかない。もっと詳細を聞いてすぐ目当ての人物だと気づく工夫をするべきだと提案するべきだった。今頃相手も後悔しているに違いない。
人見知りが激しいのであまり近づきたくなかったが、話を進めるためにも渋々歩み寄る。どうかまちこさんでありますように。
僕が近づいていくと、その人は何か布のようなもので顔を隠しているということが分かった。
さっき見た夢と同じだ。僕はいつのまにか予知夢を見ることができるようになっていたのか。
これで将来エスパーになることが可能となった。週刊誌とかで罵倒されまくりになる未来が予想できたのは、やっぱりエスパーだからなのかな?
「あら、もしかしてつじださんですか?」
声でまず女性であることを認識。どうやら僕の祈りが届いたようだ。神様、ありがとう。
足音に気づいたのか、僕の方を見上げる。見るといっても相手は布で顔をガードしているので見られている感じはあまりしないが。
「はいそうです。そんなあなたはキューティーまちこちゃんですか?」
数時間前のチャットでのやりとりを思い出し、場の空気を和ませる意味合いも含ませて相手の仮の名前を呼んでみる。
「そんな敬語を使わず気さくに話してくださいな。それにキューティーだなんてそんな。初対面の人にそんな褒められると照れちゃいますよ」
「僕の記憶ではあなたが言えと遠まわしに言ったきがするのですが」
まるで僕が考えて言ったみたいに言われてしまったのですかさず訂正。僕がこの程度のネーミングセンスだと思われては自尊心に傷がついてしまう。
そして相手が判明するまではしばらく拙い敬語を使用しようと思った。あれ、なんかダジャレみたいになってしまったぞ。
「あなたの顔を拝見したいのでその布のようなものを取り外して下さいな」
夢とほぼ同じ展開になってきたので妖怪である線も考慮して身構える。僅かな可能性にも対策をしてこそエリートというものだ。なんのエリートなのかは自分でも不明である。
「うぅ、少し恥ずかしいですね。でもつじたさんのためです。私、一肌脱ぎます!」
そこまでの覚悟が必要なら会おうなどと提案しなければよかったのに。逃げずに立ち向かうことがこの人の信条だったりするのかね。
「ばさっ!」
恐らく布を投げ飛ばした効果音であろうと予測できる言葉をわざわざ口に出してまちこさんは布を外す。
そしてまたもや驚愕。今日は驚愕ばかりでいい加減疲れてきた。
知人であることは予想がついていた。だから誰が来ても驚かない覚悟はそれなりにしたつもりだった。
しかし、いくらなんでもこの展開はあんまりだとさっき感謝したばかりの神様に今度は不満を伝える。
目の前の人物は、一年前僕が初めて真剣に片思いした夜町茜さんだったのである。
「こんにちは、いえこんばんは康太くん。こうして再び顔を合わせることができて嬉しい限りです」
気は動転しまくりだが、落ち着きを取り戻すためにもできるだけ冷静さを装ってこちらからもご挨拶。
「こーんばーんはっ!」
必要以上に声が大きくなってしまい、夜町さんは少し引いた。挨拶がここまで難しいと思ったことはこれが初めてだった。
今後これ以上に挨拶が難しいと感じる場面はそうそうないだろうな。
これが僕と夜町さんの告白を除いた初めての会話でした・・・人生何が起こるか分からないって的を射ているなぁと本気で思った。