妹は心配性
「うおぉう!?」
他人に聞かれたら羞恥心に悶絶するような叫びを上げて現実世界に精神的な傷を負いながらも無事帰還。
やはり夢だった。さっきのが現実だったら僕はトラウマを克服するために妖怪ハンターへの道を目指すことになるところだった。
「これは、今から会いに行く相手への恐怖が深層心理に表れた結果かねぇ・・・」
冷静さを取り戻すために自己分析を開始。心理学など全く習ったことはないが、恐らくこんな感じだろう。明確な判断を下す必要はない。要は僕が納得することができればそれでいいのだ。
時計を見ると午後十一時半をすぎたところだ。結構寝てしまったらしい。昼夜逆転することがないように生活リズムは乱さないように生活しているつもりだが、今日は変化が多すぎたせいか厳守することができなかった。
ベッドから起き上がり準備開始・・・と思ったが何もすることがないことを再認識。
眠い目を擦りながらも外へでるため玄関へと向かう。
階段を降りている途中足が小刻みに震えていることに今更ながら気づく。
食卓へ向かうときには起こらない体の異変が現れているのは、やっぱり外にでることへの抵抗感のせいかなー。寝ている間に気持ちが落ち着いたわけではないので、相変わらず外出に対する不満は募ったままだ。
一度決めたことは最後までやりとおすのが男だってどっかの本で読んだことがあるなぁ。
妥協ばかりの人生だったからこの感覚がまるで身についていないようだ。
でも仕方ない。これ以上の変化をくいとめるにはこうするしか思いつかないのだから。
気持ちを奮い立たせ、玄関に到着する。
端っこに追いやられている僕の靴を乱雑にはき、外にでようとすると後ろから声がかかる。
「お兄ちゃん、こんな時間にどこへ行くの?」
後ろを振り返ると普段ならとっくに寝ているはずの健康優良児の綾理が僕のことを心配そうに見つめていた。
「どうした綾理?まだ寝ていなかったのか?」
「お兄ちゃんの部屋から変な声が聞こえたから、様子を見にいこうとしたら玄関に向かっていったから・・・気になっちゃって」
どうやら先程の僕の声はやはり聞かれていたらしい。予想通り悶絶しそうになるが、兄の威厳を失わないためにも虚勢を張って自分を保つ。もっとも威厳など一年前に完全消滅したのだろうが。
「ちょっとコンビニ行ってお菓子でも買おうかと思ってね。綾理もなんかほしいお菓子があったら僕が買ってきてやるぞー。太っ腹な僕に感謝しなさい」
「茶化さないで。今日のお兄ちゃんいつもとなんか違うなって夕食ときに見てからずっと思ってたんだから」
適当な言い訳で誤魔化してさっさと外出する作戦はあっさりと失敗に終わった。僕に策士としての才能はないようだ。
「私は何か凄いことができるってわけじゃないから大したことはできないど・・・・・・お兄ちゃんの話を聞くくらいなら私にだってできるんだよ?」
綾理の目は真剣さに満ちていた。本気で言っているのだということが鈍感な僕にも察することができた。
僕が引きこもっていることを一番心配しているのは恐らく綾理だろう。普段の会話の節々からそれを感じ取ることができる。
妹のことを心配させてしまっているというのは良心が大変痛む。それでも外に出ることができないのは僕の無力さのせいだ。
綾理は僕が何か大きな悩みを抱えていると思っているようだ。偶に生きていること自体に悩みを抱くことがあるが、多分今はそのことを言っているわけではないだろう。
相変わらず優秀な妹だなぁ。こうやって僕のことをちゃんと気遣ってくれる。
その気持ちは大変ありがたい。しかし止まるわけにはいかないのだ。
「ちょっと僕の世界を守るためにヒーローになってくる。綾理は安心して僕の帰りを待っていてくれ」
これは嘘じゃないよな、と自分に言い聞かせる。ヒーローといえるほど格好いいものでは無いと自覚は勿論しているが。
綾理はしばらく何か考える素振りをしていたが、やがて脳内で決着がついたのか、僕の目をしっかり見て言った。
「まぁ、お兄ちゃんが納得してるならいいか。頑張ってね」
臨機応変に状況を読んでいくことは非常に素晴らしいことだ。世渡りすることに不備がなさそうな綾理は将来安泰ですね。
これは妹に負けられないぜー、中途半端にやる気がみなぎる。少なくとも玄関から外にでるための勇気くらいにはなった。
「では、いってきます」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
親しき仲にも礼儀ありとどこかの本で読んだのでその知識を無駄にしないためにもしっかりと挨拶を交わす。家族だって親しき仲にはいるはずだー。
知識を得ても実際に使うことはなかったが、無駄にならずにすんでよかった。