少女達の思い
意識を取り戻した時、僕は病院の一室に備え付けてあるベッドに横たわっていた。いつの間にか病院に運ばれていたらしい。
空の明るさからして時間帯は昼過ぎくらいといったところか。一体何があったんだっけ。
ああ、そうだ。僕は夜町さんを庇って倒れるというドラマチックな事をしたのだった。
今思い返すとあれはなかなか恥ずかしかった。どさくさにまぎれて告白してしまったし。
実はその辺りの出来事は総て夢でしたー、なんてことにならないかなぁ。いや、流石にあんなにリアルな夢はないよな。今でも右手痛いいし。
自分の右手を見てみると綺麗に包帯を巻かれていた。病院の先生がやってくれたのかな。
病室を見回すと人影はなく、ここが個室であることを認識する。病院に入院すること事態が初めてなのにその上個室とは。これは自慢できるぞ。自慢する人いないけど。
夜町さんや綾里はどうしたのだろう。僕の感覚が出した答えだが、恐らく日はそう経っていない。僕が寝すぎて浦島太郎状態になっているという可能性はないはずだ。
あれこれと考えていると、病室のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞー」
おぉ、この言葉一度言ってみたかったんだよね。なんか達成感。
「失礼します」
現れたのは佐竹菜々美さん。なんか久しぶりな気がするなぁ。昨日公園で奇跡の再開を果たしたはずなのに。
「思ったより元気そうだね」
「んー、まぁそうかな。右手に穴が空いただけだしね」
冗談のつもりで言ったのだが菜々美は深刻に受け止めてしまい、表情が曇るのが僕でも分かった。
「気を付けてねって・・・言ったのに」
あれ、なんか泣きそうになってる気がする。気のせいかもしれないが、一応フォローしておく。
「いやぁ、気を付けたんだけどね。不慮の事故ってやつ? 人生ホント何が起こるか分からないねぇ」
「バカ!」
静かに聞いていると思っている状態で叫ばれると結構驚きますな。しかし急にバカとは。確かに一年間も学校に行っていないからバカにはなっているだろうけど。
「あんたが病院に運ばれたって聞いて! 私がどれだけ心配したと思っているの!」
菜々美は半分泣きながら僕に訴えかけてくる。菜々美の顔を見ていると自分が菜々美に対して申し訳ないことをしてしまったんだという想いでいっぱいになる。
「ごめん、菜々美」
どう言えばいいか分からなくなってしまった僕は、無難な言葉を結局選んでしまった。もっと気の利いた言葉で彼女を元気づけることができたらな。
「心配したんだから!」
そう言いながら菜々美は寝ている僕に飛び込んできた。普通に痛い。仮に無傷の状態でもこの衝撃は常人なら痛みを訴えるだろう。
菜々美は飛びつくと顔を見せないようにして震え始めた。多分泣いているのだろう。心なしか服が湿ってきている気がする。
しばらくそのまま菜々美の頭を見つめているとぼそぼそと声が聞こえ始めた。
「わたしさ・・・前にあんなひどいことを言ったのに当たり前のように康太に会いに来ちゃってさ。康太は怒ってるよね。そう簡単には許してくれないよね・・・」
ひどいことと言われて最初何のことを言っているのか分からなかったが、少しして一年前のことを言っているのだと気づいた。まだ気にしていたのか。
「あれは全部僕が起こした問題で、菜々美は何も悪くない。僕だって逆の立場だったらああしているかもしれない。だからもう、これ以上自分を責めなくていいんだ」
「ホントに?」
「ほんとだって。僕がそんな嘘をつくような人間に見える?」
「見える」
「あらら」
信用されてないんだなぁ、僕。人からの信用を得るのは非常に難しいことだ。
「なんて、嘘だよ」
そう言うと菜々美は僕から離れ、顔をこちらに見せてくる。涙の跡が頬に残っていたが、それを気にさせないほどに彼女の笑顔は輝いていた。
なんだか魅力的だ。菜々美の笑顔は久しぶりに見た気がするな。
「康太のことは信用してるよ。康太が優しいことも、少しひねくれていることも、皆知ってる」
「それは過大評価なんじゃないのか。僕はそんなに立派な人間じゃないよ」
「もしかしたらそうなのかもしれないね。でもこれだけははっきりと言える」
菜々美はそこで区切り、深呼吸してから再び言葉を紡ぎ始める。
「頼りにしてるよ、康太。だから私のことも頼りにしてね」
菜々美はそれだけ言うと病室から出ていった。結局何をしにきたのかよく分からなかったな。
それでも菜々美が心配うぃているということは分かった。嬉しいなーっと。
先程見せた菜々美の笑顔をもう一度思い出してみる。人の笑顔を見るとこっちもなんだか嬉しくなってくるんだってことが分かりました。この体験は今後の人生できっと役に立つことだろう。
しばらくやることも無かったので手遊びをして時間を潰していると新たな来訪者が病室にやってきた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
来たのは綾里だった。勿論今は包丁を装備していない。まぁ病院だしね。もし持ってきたとしてもすぐに大事になるだろう。
そんなキッチン以外で装備していたら大変なことになるものを平然と装備していた綾里のことを思うと、なんだか恐怖を感じてきた。昨日は何故かあまり恐怖を感じなかったのに。人間って都合よく出来ているんだなー。
「ごめんね、まさかこんなことになるなんて思わなくって・・・ 」
今の綾里からは昨日のような狂気は感じない。いつも通りの素直な可愛い妹に戻ってくれたのだろうか。
狂気は去ったものの、決して本調子とは言えないような声音だった。僕の右手に風穴を開けたことに罪悪感を覚えているのだろう。被害者とはいえ、なんだか申し訳ないな。
「僕は気にしていないよ。そんなことより全てが無事に終わったことを祝おう」
「お兄ちゃんが無事じゃないじゃない」
「僕にとってこんな傷はかすり傷みたいなものさ!」
かっこつけて言ってみたはいいものの、かすり傷でも入院してしまっているので説得力がない。それを言うなら倒れてしまった時から色々と台無しか。
「病院の先生が倒れた原因は血の不足によるものだっていっていたよ」
「そうかー。親切に教えてくれてありがとう、妹よ。今日から鉄分を取ることに全力を注ぐことにしよう」
普段の僕の食事は親に完全に依存しているため意外とバランスが取れている。はずだったんだけどなぁ。食事さけではなく、生活リズムも大切だったってことか。これからは睡眠時間も規則正しくするように心がけようかな。
「ほんとに、ごめんね」
「そんなに謝るなよ。僕達は兄妹じゃないか。気を遣うことなんてないんだぞ」
綾里の気をほぐすために言ったのだが効果は出ず、増々申し訳なさそうな顔になってしまった。僕の会話力では妹すらも笑顔にできないのか。
「私、お兄ちゃんが誰かの言いなりなって自分の意見も言えないなんて状況、我慢できなかったんだ」
「いや、だから夜町さんは・・・」
「分かってる。その夜町って人はお兄ちゃんを無理矢理連れていったりしたわけじゃなくてお兄ちゃん自身の意思で動いたんだよね。私はとんだ勘違いをしていたみたい」
夜町さんと僕の関係をどこまで理解しているのかなぁ。僕が夜町さんに好意を持っていることか知ってるのかな。恥ずかしくなってきた。
「勘違いであんなことしちゃって・・・」
綾里は今落ち込んでいる。当然のことかもしれないが、やはり妹が落ち込んでいる姿は兄として見たくないものだ。ここは兄としてひとつ、綾里へメッセージを送ることにしよう。
「今回綾里はやってはいけないことをした。それは綾里自身も分かっているはずだ。でも反省している。ならそれでいいじゃないか。未来の自分を前向きに考えれば、今の自分もきっとよくなるぞ」
難しいことは分からない。だから僕なりに考えた拙い言葉を送ることにした。綾里はこの言葉をどう受け止めるだろう。
「・・・ありがとう、お兄ちゃん。もう二度とあんなことはしない。でも一つだけ私と約束してくれないかな?」
「なんだい? 兄にできることならなんでもしてあげようじゃないか」
「これからはもっと私のことを大切にしてね」
言い終わると綾里は僕に儚げな笑顔を見せてきた。この笑顔をどう考えるべきか。
大切にしてね、か。そんなこと言われるまでもないのにな。
「綾里、今回のことは僕とお前で秘密にしておこうぜ。なんか兄妹っぽくていいな」
「そんな・・・お兄ちゃんはそれでいいの?」
「構わないさ。綾里を信じてるからね」
「なんか嬉しいな。色々ありがとう」
根拠は無いが、確信していた。夜町さんはこのことに反対するかもしれないが、その時はその時だ。
この後綾里は無言でしばらく僕の病室にいた後、帰宅した。全てが丸く収まるのは無理かもしれないが、最善は尽くそう。たまには僕だって頑張るのだ。
「失礼します」
礼儀正しく病室に入室したのは夜町さんだった。この流れなら次に来るとしたら夜町さんだろうと予測していたので驚きはなかった。以心伝心ってやつ?
「夜町さん、きてくれて嬉しいよ」
感謝の言葉を口にした僕に対して夜町さんの表情は曇っている。
「心配しましたよ、康太くん。急に倒れた時は私まで倒れてしまいかと思いました」
「それは大袈裟だよ。夜町さんは健康体なんだからそんな心配はないでしょ」
「そーいう問題じゃないんです」
なんだか久しぶりに夜町さんと会話をした気がしてしまう。素直に嬉しいな。
「具合はどうですか?」
「まだ痛いけどそんなに心配しなくても大丈夫だよ。この程度の怪我なんてすぐに治るよきっと」
勿論根拠はない。夜町さんを安心させるために言ってみただけだ。それに思い込みの力とは案外馬鹿にできるものではなく、本当にすぐに治ってしまうかもしれない。
「私は康太くんのかっこいい姿を見たいという理由だけで康太くんを呼び出し、怪我をさせてしまいました。ごめんなさい」
「いや、怪我したのは僕の責任だし、気にしなくていいよ」
今日は僕のことを気に掛ける人が沢山いるな。慣れていないせいか少し照れてしまう。永らく味わっていない感情だ。
「でも昨日の康太くんはかっこよかったですよ。それは私が保証します」
昨日の僕にそんな要素あったかなぁ。血を吹きだして倒れただけだぞ。
「社会復帰レベルだなんて馬鹿みたいなことを言って、康太くんを振り回していたんだってことを妹さんのおかげで理解できました、康太くんも迷惑でしたよね・・・・・・」
「そんなことはないよ」
自分で思っている以上に強く言ってしまった。それだけ夜町さんの意見に賛成しかねるということか。僕も案外素直なものだ。
「夜町さんのおかげで僕はここまでこれたんだから。夜町さんがいなかったら僕はまだ狭い部屋の中で自己満足していただけだったに違いない。今考えるととんでもない空間だったなぁ」
「でも、こんな怪我までして・・・」
「この怪我のおかげでまた一歩社会復帰に向けて前進することができたと思えば安いもんだよ、こんな怪我。むしろラッキーかもね」
風穴の空いた自分の右手を見つめてみる。流血は最先端の医療技術により止まっているが、痛みは未だに続く。この痛みを乗り越えたとき、僕は見事に社会復帰を果たす・・・みたいなドラマチックな展開を少し希望。打ち切り漫画みたいな展開だな。
「そう言ってくれると私の気持ちも少し軽くなります。それとあの・・・」
「どうしたの?」
さっきまで淀みなく話していた夜町さんが急に口ごもってしまった。一体どうしたというのだろうか。何か言いにくいことがあるのかな?
「康太くん、昨日倒れる直前に私に言ってくれた言葉は本当ですか? 嘘じゃありませんね?」
昨日言ったことといえば、やっぱり僕の愛の告白のことを言っているんだろうな。それ以外に心当たりがない。
「覚えてるよ、ちゃんと」
面と向かって言われるとやっぱり恥ずかしい。でも僕の勇気を振り絞った告白を忘れるわけにはいかない。自分の言葉には責任を持たないと。
「では、もう一度言ってくれませんか?」
あんな恥ずかしい言葉を再び口にしろとな。夜町さんは結構難しいことを簡単に言うなぁ。
でもそれが夜町さんの望みなら。喜んで口にしよう。それで彼女の笑顔が見れるというなら大歓迎だ。
「大好きだよ、夜町さん。この世界で誰よりも君を愛してる」
昨日よりグレードアップしてお届けしました。恥ずかしも倍以上です。
「私もです! 康太くん!」
僕の告白を聞いて夜町さんは満面の笑みを見せてくれた。やっぱり夜町さんの笑顔は綺麗だな。何時間見ていても飽きなさそうだ。
「やっぱり私と康太くんの愛は何があっても壊れることはない無敵の愛でしたね」
「周りに敵がいないだけな気もするけどね」
一年前にはこんなことになるなんて夢にも思わなかった。夜町さんとの関係はあの日に完全に断ち切れ、二度と関わることはないと思っていた。
でも現実は違った。僕が全く予想しなかった未来に到着している。
人生何が起こるか分からんもんだよなぁ。捨てるにはまだ早い人生か。
夜町さんはしばらく病室にいて僕と他愛もない話をして時間を潰した。その間の夜町さんはずっと笑顔だったので僕も自然と笑顔になった。と思う。
夜町さんがいるなら一生引き籠っていても問題ないかな、なんて思考が一瞬頭の中に浮かんだが、すぐに却下した。夜町さんはそんな結果望んでいないよなぁ。
結局僕の人生は如何にして夜町さんを喜ばせるかというところが重要なポイントなのかな。特に不満も無いけれど。