僕のカイソウ
確かこれは去年の五月のことだったかなぁ。
あの事件(と言っても当事者である僕以外には事件とも言えないほどに些細なことだろうけど)が起こるまでは僕は至って普通に高校生活を送っていました。
周りの人とつかずはなれずの丁度いい関係を築いていた。中には親友とまではいかなくても信用の足る人物だと思っていた人もいた。あの頃は純粋だったなぁ。
そんな僕にも好きな人ができた。
恥ずかしがり屋な僕はそのことを誰にも話せず、一人悶々としていた。言ったところでどうしようもないという諦めに近い感情があったというのも理由の一つだけど。
だって僕が好きになった子はクラスのマドンナ的な存在だったんだぜ?(表現が少し古いか?)身の程知らずだなんて罵られたら精神が折れちゃうよ。
そう思ってもこの気持ちを抑えることが僕にはできなかった。
そして遂に告白することを決意した! 振り返ってみるとこれは僕の人生の中で最大の決意だった。それと同時に最大の失敗でもあったけど。
ベタだとは思ったけど放課後に校舎の裏に呼び出して計画を実行することにした。先人が今までやってきた方法がベストだと思ったからだ。自分で思いつかなかった訳じゃない! (嘘)
「あの・・・僕と、付き合って、下さい」
告白のセリフまで今思うとベタだったな。でも緊張で前もって言おうとしていた言葉を忘れてしまっていたんだ。おまけに言葉も途切れてカタコトになっていたし。本当はなんて言おうとしていたんだっけ。もうどうでもいいけど。
「ごめんなさい・・・」
結果はあえなく玉砕。ある程度覚悟はしていたものの、やはりショックだった。家に帰ってからも食事があまり喉を通らなかった。この時はまだ親も僕のことを心配してくれていた。今はアレな感じですが。
それでも根が真面目(自称)な僕は登校拒否をしたりせず落ち込んでいないように装って登校した。友人達に何かがあったと思われるのは何となく嫌だった。
そんな仮面をつけて登校できたのは教室に入るまでだった。
教室に入るとクラスの不良っぽい連中が僕に近づいてくる。普段全く関わりなんてないし、僕の性格が根本から変化でもしない限りは今後も関わることはないであろう連中だ。
そんな奴らが僕の顔を見るなりこう言った。
「お前夜町に告白したんだって?」
心臓の鼓動が急激に早まったのが自分でも分かった。この時の僕は周りから見たらさぞ滑稽に写ったことだろう。それだけこの時の僕は動揺していた。
なんで、こいつらが知っている? 見ていたのか? 僕が告白しているところを?
頭の中でいくら自問しても答えは全く出ない。僕の貧困な想像力では無理な話だったのだろう。
「てめえみたいな根暗が夜町さんにねえ・・・身の程わきまえろよ、クズ」
言われたくないなぁと思っていた言葉を聞くことになるとは思ってもいなかった。
なぜここまで言われないといけない? お前らには関係の無いことだろうが。ふざけんじゃねえよ。クズはお前らじゃねえか。
頭では目の前の相手に罵詈雑言を吐いているのに、口に出すことができない。自分が臆病者だって自覚したのはこの時だったかもしれない。
「なんで、そのこと知ってんだ・・・?」
ようやく声を出せたと思ったらただの疑問だった。もっと言いたいことはたくさんあったのに。もっと強く言っていれば僕の人生も違うルートを辿っていたかもしれない。
さっきから仮定のことばかり考えてしまうな。今どれだけ思ったところで無意味なのに。無意味なことにこそ意味があると前向きに考えれば少しは心も晴れるだろうという甘い考えは捨てなきゃいけないかな。
「夜町が泣きながら言ってたらしいぜ?女を泣かせるとは外道だねえ」
は? 夜町さんが?
これは夜町さんに抱いている勝手なイメージだが、彼女の人間関係にこいつらが関わっているとは思えない。
誰もが認める文武両道な優等生。これが夜町さんに持っている僕の勝手なイメージだった。
だから告白されたことをわざわざ人に言ったりしないだろうと勝手に安心していた。
未だにさっき不良に言われた言葉を信じることができない。だって信じてしまったら僕を支えるものが無くなっちゃうんだぜ? 信じるための証拠がない限り信じなくても大丈夫のはず!
それでも無意識の内に夜町さんの席の方向へ目を向けてしまう。夜町さんは目を俯かせて泣くのを我慢しているような顔をしている。いやもしかして笑うのを堪えているだけか?
「なにぼーっとしてんだよ!」
いきなり目の前にいる不良が近くの机を乱暴に蹴り、教室内に大きな音を立てる。
「うわっ!」
その音に驚き、情けない声を出してしまう。これでは今後クールキャラで学校生活を送ることが難しくなってしまった。今のところなる気はないけれど。
「謝れよ、夜町に。もしかしたら許してやるかもしれねえぞ?」
お前は何様なんだ。夜町さんの彼氏様なのか? いや、それはないか。というかあったら僕の絶望は更に深いものになってしまうから勘弁してほしい。
混乱の最中、僕は幼馴染の佐竹菜々美に目を向ける。
菜々美は僕が小学校入学時から面識のある客観的に見ても幼馴染と言っても問題ない関係である。
しかし、付き合いが長いというだけで、友好関係にはいつの間にか深い溝ができていた。マリアナ海溝より深いと言うのは言いすぎだろうか。
昔仲がよかった相手と疎遠になることは生きている上で大多数の人間が経験したことがあると僕は勝手に思っているので、今更どうこうする気はない。
こんなときだけ助けを求めるなんて虫がいい話だが、友達が少ないことに定評がある(自称)僕には最早これくらいしか現状を打破する方法が思いつかなかった。
今まで生きてきて果たして自分の力のみで成し遂げたことがどれだけあるのだろうか。そんな思考が脳内に一瞬浮かんだが、その直後に霧散した。
「どこ向いてんだよ。お前を助けようなんてやついねーよ」
信じることで何か変わるかもしれないだろうがバカヤロー。愚鈍な僕はこうする他ないんだよ、ほっとけ。
「私は・・・関係ないから」
そういうと菜々美は背中を向けて教室を逃げるように立ち去った。あれ? なんかこれ最悪の状況じゃないか?
やっぱりこの程度の事態で溝が埋まることはないということか。現実は相変わらず厳しいなぁ。結局ピンチは継続したままか。
あーでも結構ショックかも。普段会話をすることはほとんど無くても、いざというときには助け合うという美しい友情的なものがあると淡い期待を持っていたから。
ああ、僕はどうすればいい。もっと働いてくれ、僕の脳味噌。今働かないでいつ働くというんだ。ニートになるなんて僕が許さないぜ。
「ああああぁあぁぁぁぁああぁぁ!」
どうやら現状を打破することは僕の脳にはオーバーワークだったらしい。誤作動を起こし僕は奇声を上げて外に向かって走り出してしまった。
「てめえ!逃げる気か!」
何も聞こえない! 何も聞こえないぞ! 走りながら耳に手を当てる。これ以上考えたら修復不可能になってしまう。これ以上傷つく前に逃げなければ。
こうして走っている間、僕は何を考えていたのか詳しく思い出すことができない。もしかすると覚えていても勝手に僕の脳が記憶を封印しているのかもしれない。そうだとしたらそれなりに僕の脳は優秀だ。これからも是非頑張ってほしい。
そして僕は周りの視線を意に介さず、家へと逃げ帰った。自分の身を守るために。
このときばかりは流石に両親も心配していたように思える。それも一ヶ月後には見ることができなくなっていたが。最初に心配してくれただけでも僕は愛されていたのだと前向きに捉えることにした。
しばらくは学校から連絡があったりしたがそれも両親の心配が無くなる頃とほぼ同時に途絶えた。学校もこれ以上面倒なことをしたくなかったんだろう。賢明な判断である。
こうして僕の引きこもり人生は幕を開いたのであった・・・。漫画っぽく言ってみたけど全く面白い話にはなりそうにないなぁ。打ち切りまっしぐらですね。僕の次回作にご期待下さい! いや、自害するわけじゃないよ?