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ヤンデレ彼女の社会復帰政策  作者: 羊羽 一
14/22

第二の試練 公園

「遅いですよ、康太くん!」


 公園に到着してそうそう怒られてしまった。寄り道もせずに決行早足でここまで来たんだけど、僕の努力も虚しい結果に終わってしまったようだ。


「僕なりに頑張ったんだけどなぁ」


「言い訳は見苦しいですよ、康太くん!」


 やっぱりちょっと怒っている気がするなぁ、夜町さん。夜町さんの機嫌も心配だが、それ以上に公園という人が集まる場所に昼からいるという状況にさっきから冷や汗が止まらない。


 子供達の無邪気にはしゃぐ声に身震いしてしまう。引きこもる前はこんなこと感じなかったのにな。この一年で心は随分捻くれてしまったようだ。


「康太くん、私が言いたいこと、分かりますか?」


「いえ、さっぱり・・・」


 惚けてやり過ごせるとは思わないが、正直に言う度胸が僕には無かった。こんなときくらいはっきり言える男になりたいです。


「昨日のことですよ! 私の康太くんのための社会復帰のための作戦をすっぽかした挙句、私を置いて他の女とランデブーするとは! 信じがたいことです!」


 おおう、迫力あるなぁ。夜町さんは菜々美と逃げ出したことについて深く関心を持っているらしい。


 夜町さんに愛されているという事実は大変嬉しいことだが、今は素直に喜びにくい。


「僕が逃げたというよりは、菜々美が僕を連れて行ったと言った方が正しいと思うけど」


「菜々美? あの女は菜々美というんですね! そうなんですね!」


 しまった、余計な情報を与えてしまったか。これは不覚だったかな。


「夜町さん、昨日のことは真摯に謝罪するよ。本当にごめん」


「誠意があるなら、私のことを愛しているって言ってください」


 ハードルが高すぎるよ夜町さん。臆病者な僕にこんな人前でそんなこと言えるわけない。


 どうしようかと必死に考えていると、夜町さんがそんな僕を見かねたのか、声をかけてくる。


「分かりました。もう許してあげます。康太くんは優柔不断で臆病者だってことは誰よりも知っていますから。私が無茶を言ってしまいましたね」


 本当に僕のこと好きなのかな夜町さん。この感想は好きな人に言うものではない気がする。


「ただし、次は許しませんよ。ちゃんと私のことだけを見ていてください」


「わ、わかった」


 僕と違って夜町さんは凄くストレートな人だ。夜町さんの素敵ポイントなど挙げ始めたらきりが無いが、この点は僕が夜町さんに惚れた大きなポイントだった。


 学校でも夜町さんは物怖じしないタイプだった。自分の意見を相手にしっかり伝えることができる芯のある凛々しいひとだった。


 僕の理想は今でも変わっていないようだ。底知れぬ恐怖を覚えさせるというのは初めて気がついたことだが、それもミステリアスということで素敵ポイントに換算しておこう。


「では早速今日も社会復帰レベルを上げるために奮闘しましょう!」


「え? 今日もやるの?」


「当たり前です! 継続は力なりという言葉を知らないのですか?」


 その言葉は聞いたことくらいはあるが、これは継続するべきものなのか?

 昨日の出来事で僕の心に多少なりとも変化が生じたことは認めるが、昨日のようなことを毎日やっていたら身がもたない。


「今日はお休みというわけにはいきませんか?」


「甘えたことを言っては駄目ですよ、康太くん。今は辛くてもいつか必ず幸せに変わるときが来ます!」


「そんなもんかねぇ・・・・・・」


 腑に落ちないが、従うことにするか。理由はどうであれ夜町さんと一緒にいられることはこれ以上ないくらいに幸せなことだしな。出来ることなら普通に過ごしたいが。


「それで、今日はどんなことをやるの?」


「ふっふっふ。私がなんの意味も無く康太くんを公園に呼び出したと思いますか?」


「昨日は公園に集合する必要はなかったと思うけど」


「揚げ足をとらないでください! 今日はちゃんと意味があるんです!」


 つまり公園ならではのことをやるというわけか。なんか嫌な予感がするなぁ。昨日のコンビニより難易度が下がってくれればいいんだけど。


「では発表します。じゃかじゃかじゃか・・・」


 これまでの夜町さんとの会話で気づいたことだけど、夜町さんは効果音を自ら発声する癖があるようだ。無邪気な心を忘れない可憐な美少女といったところか。


「じゃん! 公園の子供達と遊んで人に慣れまししょう作戦です!」


 相変わらずネーミングセンスがないなぁ。いや、そんなことを突っ込んでいる場合ではない。今の作戦は僕の聞き間違えであってほしい。


「あの・・・もう一度言ってくれませんか?」


「ん? 聞こえませんでしたか? 要は子供と遊びましょうってことですよ」


 畜生、聞き間違えじゃなかった。昨日のエロ本購入も大変難しい試練だったが、今回は人が多い分こちらのほうが難しく感じる。僕がこの作戦を実行するのは無理だと思う。


 けど昨日のちょっと暗黒な夜町さんを垣間見てしまったからなぁ。無碍に断るとまた暗黒夜町さんを目撃してしまうことになるかもしれない。


 今の妙にテンションの高い夜町さんとのギャップを楽しむという前向きな考え方をすれば暗黒夜町さんアリだろうか。あまりに激しいギャップについていけなくなりそうだからやめておくか。


「分かったよ。出来る限り努力してみるよ」


「流石康太くんですね。大好きです」


 大好きなんていう口に出せばたった四文字しかない単純言葉に僕は太刀打ちできない。夜町さんが言っているからこその破壊力だ。好きでもなんともない人に言われたらただの言葉として受け止めるだけだろう。


「では早速ゴーです。手始めにあそこで一人遊びをしている女の子に声をかけてみたらどうですか? 他の子と比べれば簡単な方だと思いますよ」


 夜町さんが示す女の子を確認。皆誰かしらの人と一緒に遊びに興じている中、その女の子は一人でふらふらと歩いていた。友達がいないのか、誰かを待っているだけなのか、一人が好きな子なのか。


 色々と推定してみるが、この公園内で最も声をかけやすい子ではあるようだ。


「分かった。じゃああの子に事情を聞いてみる」


「頑張ってくださいね。私、応援していますから」


 また応援された。声援を背に受け進むなんてなんか格好いいなぁ。


 これも自分を成長させるためだ。人との関わりをもっと自然に行えるようになって、正常な人間になることができたら夜町さんと幸せになるんだ・・・などという妄想をするといくらか勇気が沸いてくる。


 女の子の方へ向かって歩いている途中である疑念が脳内をよぎる。

 これって、他の人が見たらなんか不審者が児童に話しかけているように思われないか?


 一年もろくに人と話したことが無かった僕の風貌は自分では分からないだけで不審者に近いものがあるのかもしれない。


 そもそも女の子に話す動機自体不純だ。結局は自分のため、あるいは夜町さんのために話しかけにいくのだから。


 やべ、余計な考えを巡らせてしまったせいでさっきよりも難易度が上がってしまった。これはいかん。

 戻ろうかと考えて夜町さんを見ると、目を輝かせて僕を見ている。


『康太くんならきっとできます』みたいな期待を込めている目だと感じた。なんて戻りにくい状況だ。ここで戻ったら失望されてしまう。


 男の子は好きな女の子のためならいくらでも頑張れちゃうんだぜー。もう折れそうだけど。


 仕方なく作戦を続行することにした。不審者として通報されたら人生終わったって逆に開き直ることができそうだ。


「あ、あの」


「え? なあに。わたしとあそびたいの?」


 子供相手なのに滑らかに話すことができない。夜町さんと話すのは大分慣れてきたけど、やはり全く面識の無い見知らぬ人と話すのはまだ厳しいようだ。そしてそれは大人であろうと子供であろうと関係ないらしい。


「いや、何してるのかなーって」


「いきなりきてそんなことをきくなんて。さてはこのごろはやりのふしんしゃってやつだなー」


「ち、違うよ。一人で何もしていないから気になっただけだよ」


 早速疑われてしまった。最近の子は賢いな。これでは本物不審者と相対しても物怖じせず事件が発生するのを阻止することができるかもしれない。


「ほんとー? ちょっとあやしいけど、ねはわるいひとじゃなさそうだからしんじてあげるー。わたしのこころのひろさにかんしゃしてねー」


「それはそれは・・・どうもありがとう」


 なんとか誤解は免れたようだ。やっていることは不審者に近いから誤解ではないかもしれないが。


「わたしはおねえちゃんをまっているだけだよー。おねえちゃんはつよくてやさしいおんなのなかのおんななんだよー」


 なんだ、待ち人がいたのか。それなら一緒に遊ぶ必要もないな。軽くお話だけして帰れば夜町さんもとりあえず納得してくれるだろう。


「いいお姉ちゃんを持って幸せだね。羨ましいよ」


「でしょー。おねえちゃんはさいこうのおねえちゃんなんだからー」


 こんなに思われてこの子のお姉ちゃんは幸せな人だ。夜町さんは僕のことをどれくらい思っているのだろうか。それとも、ここまでの話は全て嘘で僕をからかっているだけなのか。


 最悪の結末を否定できない。好きな人くらいは信じるようにしなければ。


「あ、おねえちゃんがきた。おーい!」


 お目当ての人が来た途端、誰が見ても分かるほどにテンションが上がった。本当に大好きなんだろうな。


 微笑ましい姉妹の再会シーンに水を指してはいけないと思い、少し後ろに下がる。このまま夜町さんのもとへ戻るとするか。


「おー、加奈子。ちゃんといい子にして待っていたかー?」


 へぇ、加奈子ちゃんって言うのか。いい名前だなぁ。お姉さんの方も溌剌としていて・・・ん?


 お姉さんの方に何か見覚えがあるぞ。というか昨日見た気がするぞ?


「ちょ、康太!?なんでこんな真っ昼間の公園にいるの?」


 あぁ、やっぱり菜々美だった。見た瞬間から実は気づいていたけどいつの間にか間違いであってほしいという願望に従っていた。


 だって昨日のなんとも言えない気まずい空気は一日で消えるものじゃないでしょう。会うとしてももう少し現在抱えている問題があらかた片付いてからの方がよかった。


 まぁ、会ってしまったのなら仕方ない。ゴネたところで何かが変わるわけでもなし。


 そもそも今考えるべき問題は菜々美との早すぎる出会いではない。


「いやぁ、奇遇だな。菜々美。妹がいたなんて知らなかったよ」


「この子は妹じゃなくて従妹よ・・・いや、そんなことよりどうしてここにいるの!」


 失礼な物言いだな。僕が公園にいることがそんない可笑しいのか。いや、可笑しいか。もうこれだけ外に出ていたら引きこもりとは言えないんじゃないか? 不登校である事実は変わらないからただの我侭人間ってことか?


 菜々美も昨日のことはしっかりと覚えているようで、少し顔が赤い。僕の顔も赤くなっている可能性が極めて高い。


「ちょっと! またあなたですか! もう私から康太くんを奪わないでください」


 あー、危惧していたことが現実になってしまった。この状況で夜町さんが黙っているわけがない。何らかのアクションを起こすとは思っていたけどいきなり突進かー。


「康太はあなたのものじゃないでしょ! ていうかあんた学校でそんなキャラだっけ?」


「女の子は愛する人の為ならいくらでも変わることができるんです!」


 いかん、口論が始まってしまった。子供達が見ているからやめてくれ、今にもぶっ倒れてしまいそうだ。


「お、落ち着いて。喧嘩はよくないことですよ、多分」


「ちょっと黙ってて!」


「心配しなくても、ちゃんと康太くんを助けてあげます!」


 いや全然助けることになっていないんだけど。むしろ僕の首を絞めることになってしまっているということを認識してくれ。


 なけなしの勇気を振り絞って仲裁を試みたのに無残にも玉砕してしまった。結果を出せなきゃ何の意味も無い。


 ああもう、一体どうすればいいんだ。大体なんでこんなことになってしまっているんだ。僕がここにいる意味はあるのか。


 様々な疑問が浮かぶ中、目の前で起きている不毛な論争は終わる気配がない。こうなってしまっては社会復帰がどうとか言っている場合ではない。今ならこっそり帰宅してしまってもバレないかもしれないな。


 夜町さんや菜々美には後日機会があったら謝罪することにしよう。そう思い少しずつ後ろに下がり公園の出口を目指す。


「こうたどこいくのー? おなかでもいたいのー?」


 誰にもバレないと思っていたら思わぬ伏兵が潜んでいた。加奈子ちゃんといったか。よく周りを観察している。


「康太くん! また逃げるんですか? 今日こそは私の出す課題をきっちりと終わらせてもらいますよ!」


「康太はあんたに無茶なことを言われて困っているわよ! そうよね康太?」


 うわぁ、僕に話が回ってきた。こんな状況になってまで社会復帰レベルを上げようと思える程僕は積極的な人間じゃないのに。


 逃げるという選択肢は加奈子ちゃんの観察眼のせいで排除されてしまった。かといって仲裁して平和に話しを進めるのも僕の技量では難しそうだし。子供に話しかけるという夜町さんが出した課題よりよっぽど難しい。


 もしかして自分の身をもって新たな課題を作ってくれているのか? 夜町さんの期待には応えたいが、その期待は僕には重過ぎる。


「とにかく! 今日はいきなり拉致したりしないでくださいね。康太くんは大事な作戦を実行中なんですから!」


「拉致なんかしてないわよ! 人聞きが悪いことを言わないで!」


 夜町さんはそう言い放つと僕のもとへやってくる。心なしか歩き方がさっきよりも迫力があるような。


「今日は別のところでやりましょう。思わぬ横槍が入ってしまいました」


「ちょ、ちょっと待って」


 夜町さんが僕の意見を聞かずにどんどん公園の出口へと向かってしまう。慌てて追いかけようとしたが、一度立ち止まり菜々美に話しかける。


「ごめん菜々美。どたばたしちゃって。夜町さん、多分根はそこまで悪い人じゃないと思うんだ」


 はっきりと悪くないと言い切れないのもどうかと思うけど。


「・・・気をつけてね」


 菜々美は観念したらしく、加奈子ちゃんのもとへと戻っていく。昔からあまり人に逆らわず、素直なところは菜々美の良いところだ。


 夜町さんのことを見ると公園の出口で待機している。遅い僕を待っているのだろう。申し訳ないことをした。


 駆け足で夜町さんのもとへ向かう。これ以上待たせてはいけない。


「ごめんね。遅くなっちゃった」


「いえ・・・いいんです。気にしていませんから」


 誰の目から見ても夜町さんの気持ちは落ち込んでいる。明確な理由は分からないが、僕が他の女の子と仲良くしていることにショックを受けているのだとしたら、僕は幸せなんだろうか。


「これからどうするの?」


 公園で人目に晒されすぎて既に帰宅したい気持ちでいっぱいだったが、このまま夜町さんと別れてしまったら恐らく後悔する。もうこれ以上後悔するのは嫌なのだ。


「とりあえず歩きましょう。歩きながら他の作戦を考えますから」


 子供と遊ぶ作戦は諦めたようだ。正直子供と遊んで子供やその保護者に注目されるのはなんとしても避けたかったので少しホッとする。


「じゃあ、いきましょうか」


 夜町さんをどうにかして励ましたいが、無力な僕に何ができるというのだろうか。何て言えば夜町さんは元気を出してくれるのだろうか。


 人生経験があまりにも少なすぎて検討がつかない。非力な自分に腹が立った。

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