綾里の探り
日光が全身に降り注いでいることに気づき、目を開ける。
時刻は午前十一時半。そろそろ午前も終了しようとしている。
なんだか全身がだるい、いつも以上に光が眩しく感じる気がする。
もしかして僕は吸血鬼の末裔だったりするのか。これは新たなストーリーが始まる予感・・・などという妄想を起床してそうそう思いつくということは相当疲れているようだ。
まぁ、あれだけのことが起きれば誰だって疲れるよなぁ。僕以外に参考にする人がいないので断定はできないが、恐らく間違っていないだろう。
昨日のことをもう一度振り返ってみる。夜町さんとの出会い。そして告白。更には佐竹菜々美との出会い。それと告白。
この間に社会復帰に関する何やらもあったことは覚えているのだが、この二つのイベントがあまりにも衝撃的すぎて忘れそうになってしまう。
昨日のことは夢ではないよなぁ。夢だとしたら長すぎるし、リアルすぎる。夜町さんや菜々美に握られた手の感覚はしっかりと覚えている。
とりあえず心を落ち着かせるために一つ溜息。効果は薄いが、無いよりはマシか。
あまり空腹は感じていないが、やることも無いので下に降りて朝食をとりにいくことにする。我が家では僕以外は生活リズムが正しいので皆朝食などとっくに完了して、各々のやることにとりくんでいることだろう。
家族と食卓を囲むことがほとんどない僕にはあまり関係のない話だ。自分の起きたい時間に起きて、自分の食べたい時間に食事をする。
これが自由というものだろうか? それにしてはなんだか随分と窮屈に感じるな。
リビングに到着すると、僕に話しかけてくる声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、おはよう」
「あぁ、おはよう」
綾理が漫画を読むのを中断し、僕の方に顔を向け朝の挨拶をしてくる。人の目をしっかりと見て話すとは、躾が行き届いているなぁ。
「今日学校はないのか?」
「嫌だなぁ、今日は土曜日だから学校は休みだよ」
「あぁ、そうだっけ」
毎日が日曜日状態だからすっかり曜日が分からなくなってきてしまった。曜日を把握する必要がない生活を過ごし続けている弊害だ。
「今日はいつもよりも早起きだね。昨日何かいいことがあったの?」
「いや、特に無かったと思うよ。あ、でも美味しいお菓子を買えたのは嬉しかったかな」
あながち間違っていない綾理の発言に内心ドキリとするが、素早く適当な言い訳をする。綾理は昨日僕が深夜にお菓子を買いにいった食いしん坊だと思っているはず。こう言っておけば特に違和感もないだろう。
真実を言うのは少し躊躇われる。言ったところで何か起こることはないと思うが、とりあえず秘密にしておこう。人間誰でも秘密の一つや二つあるものだ。
「お兄ちゃん昨日コンビニに行ったんだよね」
「そうだよー。久しぶりに行ったら新商品が山ほどあって見ていて楽しかったなぁ」
「ホントにコンビニだけ?」
綾理の言葉に少し棘があるような気がするのは気のせいかな?
どうも綾理は僕のことを疑っているらしい。なかなか鋭いな。将来は探偵にでもなれば大成するのではないだろうか。
「本当にコンビニだけだよ」
嘘を突き通すことにした。初志貫徹って大事だよね。
「ならいいんだ。お兄ちゃんが深夜に出歩くのなんて初めてだったから少し心配しちゃった」
「綾理は良い妹だなぁ。優秀な妹を持って僕は嬉しいよ」
「いやぁ、照れちゃうなぁ。えへへ」
綾理が素直な子で助かりました。邪悪な心をお持ちだったらこうはいかなかっただろう。
「朝食、いや、もう昼食かな? とにかく机の上に置いてあるよ」
「おぉ、ありがとう」
席について食事を開始する。今日は一昨日と同じような日が続くんだろうか。昨日のような出来事はそうそう起こるものではないことはよく分かっている。
それでも心のどこかで何かを期待している自分がいる。これは社会復帰レベルが上昇している証だろうか。
夜町さんには感謝するべきかな。成り行きとはいえ、許可なく夜町さんのもとから逃亡したことには怒っているだろうけど。ここは非常に心残りだ。できることならもう一度会ってみたいなぁ。会ってなんとか弁解をしたいものだ。
もう一度コンタクトを取ってみようかな、そんなことを考えながら目の前のアジの開きを咀嚼した。これ昨日の残りかな?