第三十六話 不満の不意打ち
不満の不意打ち
瑞菜は三十分前から気に食わないと怒っていた。
「むぅ、なんで私じゃんけん弱いんだろ」
「知りませんよ。姉さまは勝負事には弱いですからね」
瑞花は何度繰り返したかわからない答えを言う。
「瑞花は冷たいなぁ、ねえねえ、来夢はどう思う?」
「わ、私ですか? やはり、瑞花様と同じ意見ですが……」
瑞菜はつまらなそうに前を向き歩き始めた。
「なんで二人はそんなに硬いのかなぁ。もうちょっとソフトに話せばいいのに……」
「姉さまにはこれくらいがちょうどいいんですよ」
瑞花は苦笑いで言う。
実は昔、タメ口を言って散々操られた経験があって敬語を話すようになったという事実は秘密だ。
「あーあ、敵とか来ないかなぁ」
瑞菜は不吉なことを言いながら笑う。
彼女は戦闘狂ではないが何かしていないとつまらないという人間だ。
だからこそ、強く、頭もよく、本気の勝負では負けないのだ。
ただ、一回。誠との戦闘を除いては。
誠は強かった。
ただの一度の負けを認めず、全てを勝ってきた。
例えそれが適わない敵だと知っていてもなお挑み続ける。
彼の背中は大きく、同時に越えられない壁でもある。
瑞菜は無意識に勝てないと思った。
彼は強いのだ。力が、ではない。心が、だ。
自分に甘えず、他人にも甘えず、自分を傷つけてさえも見ず知らずの人を助けようとする彼の姿勢が瑞菜を惹きつけ、追い抜いていく。
そんな誠が瑞菜は好きになった。
彼になら、彼がいるこの世界なら、楽しいと初めて思った。
「これだから、世界は面白い」
「え?」
「ううん。なんでもないよ。さあ、敵探しだぁ!」
瑞菜は走り出す。
世界は面白いで溢れている。
少なくとも今はそう思えた。
だからこそ、今は目の前の敵を倒そうと思った。
「出てきたら? いるのはわかってるよ?」
瑞菜は誰もいないところに話しかける。
「そうですか。では、姿を現さないと話が進みませんね」
声が聞こえた瞬間、パソコンを片手に姿を現す無表情の少女がいた。
「私は足の昇華。まあ、名前は覚えなくていいですよ。あなたたちをここで捉えますから」
言うやいなや、瑞菜はこないだの暴走のおかげで広範囲に使えるようになっていた能力を発動する。
「マインド」
瑞菜から青白いスパークが飛ぶ。
昇華は動かない。
スパークが当たる――と思った。
スパークは昇華をすり抜けたのだ。
「え?」
「何か、したのですか?」
昇華は無表情で言う。
瑞菜は硬直していた。
直感で勝てないと思った。
二度目だ。勝てないと思ったのはこれで二度目だ。
「姉さま!」
瑞花が瑞菜を守るように前に出た。
そして、唱える。すべてを操る言霊を。
『倒れなさい!』
重みのある言葉に、誰もがひれ伏す言葉に、昇華は涼しそうな顔で立っていた。
「な、なんでなの……?」
「? ああ、すみません。耳栓をしてるんですよ」
そう言って昇華は表情を変えずに答える。
耳栓、そんなもので瑞花の攻撃をやり過ごした。
その事実は瑞花を震撼させた。
「そろそろ、捉えてもいいですか?」
昇華が歩み寄ろうとしたその瞬間、来夢が大鎌をもって突進する。
「愚かな……」
鎌が当たる瞬間、少しだけ昇華が歪んだように見えた。
当然、鎌は昇華をすり抜けた。
「わかったよ。あなた、寸前で目に見えないスピードで避けてるね?」
瑞菜の言葉に初めて昇華が表情を変えた。
「驚きました。まさか、わかる人がいたとは……ですが、それがわかったところでどうしようと言うんですか?」
驚きの表情も一瞬、すぐに元に戻った表情で語る。
「来夢、あれを開放するよ」
「ま、まさか『死の風』を使えと!? 本気ですか、瑞菜様!」
「姉さま、それは被害が――」
「このままやったら、少なくても死者が出るよ。ここら辺も安全かどうかも五分五分だね」
ホントは使いたくなかった。
だが、禁忌を使わせるほど瑞菜たちは追い込まれていた。
「……分かりました」
来夢は鎌を扇風機のように回し始めた。
それと同時に地面に掠らせるように回す。
すると、蒸気が出現する。
「なんですか、それは……?」
「これは『死の風』だ。死にたくなければ逃げたほうがいいぞ」
蒸気は昇華の方にゆっくりと進んでいく。
「この匂い。まさか、毒ですか?」
何の動揺も見せずに淡々と語る昇華。
そこに不思議と恐怖を感じる。
昇華は足を挙げたかと思うと光速、いや、それ以上の速さで縦横無尽に蹴り始めた。
すると、死の風は昇華の元には行かない。
蹴りで全ての風を押し返しているのだ。
「なっ……」
「それでオシマイですか? 案外弱いですね」
全ての技は出し切り、禁忌を出しても勝てなかった。
その上、昇華は全力を出していないみたいだ。
完敗、まさに完敗だ。
「ぶはっ!」
昇華はいきなり血を吐き始める。
何事かと思ったが理由はわかった。
さっきの風を少し吸い込んだのだ。
あれは液体の猛毒を摩擦で気体にして相手に吸わすというものだがその効果が今になって出たのだ。
これで、勝った。
そう思った瞬間だった。
圧倒的な威圧感、王者だけが持つ最強のオーラから出される重圧。
それらが瑞菜たちを震わせた。
「おいおいおい、昇華。油断はするなと言っただろ? 俺様のチームがその程度だと思われたら侵害だ」
この話し方、そして、この態度。
水無月だ。
「すみ、ません」
昇華は苦しそうに答える。
「まあ、死ななければいい。さて、女狐を捕らえるか」
視界に水無月を捕らえたと思った瞬間、水無月は消え、気づけば瑞菜たちは宙を飛んでいた。
体の自由を奪われ、意識が朦朧とする。
「まずは一つ。あとはカリスに頼んだから瞬殺だろう。おい、帰るぞ」
瑞菜が最後に見たのは水無月のニヤつきだった。




