追放運動
「私たちの声を聴いてください! あんなものがあるから子供たちは勉強をせず、学力低下が叫ばれているのです」
黄昏の街頭で子供を持つ保護者たちが演説をしていた。
周囲を行きかう人たちの中にも、同じ気持ちの者がいたのだろう。数人が足を止めてその演説を聞いている。
「あのマンガなどという、低俗な文化が子供たちの間にも蔓延っているから、子供たちは教科書も開かずにゲラゲラと笑って勉強もしない。マンガなんて俗なだけで一理もない、害だけの悪書だ!」
保護者らの演説にも熱が入り、足を止める人の数も次第に入る。
「さあ、いまこそあの悪書を生産している会社達を訴えて追放し、芥川龍之介や太宰治といった作家の、良質な文学小説を子供たちに広めるのです!」
ただの人なら、保護者達の考えは下らないと思って聞こうともしないだろう。
ところがこの街頭演説。同じく子を持つ保護者の多くには共感を得たらしく、日増しに演説の前で足を止める人は増えて行った。
ほどなくしてこの演説が、大きなムーブメントを起こし、ある日を境に全国でマンガの追放運動が盛んになった。
そしてとうとう、全国から二百万人分の署名を持って出版社に、二千人の保護者が押しかけてきた。
「さあ! ここに二百万人の署名が集まりました。これ以上悪書を生み出すんじゃない」
出版社の人は言いました。
「子供の学力の低下とマンガの関係性については、ハッキリとした実証がない。勝手にマンガを悪書と決めつけて追放するなんて横暴だ!」
出版社の言い分は確かなことで、一部の賢い人たちはマンガと学力に因果関係は無いと言っているのだが……。
「あるに決まっているでしょう? うちの子なんて勉強もせずに朝から晩まで勉強もせずに、マンガばっかり読んで……。成績が真ん中からちっとも上がらないのよ!」
「うちの子だって、勉強が出来なくていつも成績がいつも下から近いのは、いつも読んでいるマンガのせいに違いないわ!」
「うちの子もマンガのせいでろくに勉強をしませんわ! 読みました? あんなもの下らないだけでちっとも為にならない。それじゃあ子供だって頭が悪くなるに決まっています!」
「うちの子も!」「うちの子も!」「うちの子も!」
押しかけた保護者達は、口々に「うちの子も!」と口を開きます。そして皆が、同様に口を揃えて「マンガのせいに違いない」と批判します。
「いい加減にしろ! マンガのせい! マンガのせい! といって。言っては悪いですが、あなた達はマンガのせいだと決めつける前に、勉強を強要させたんですか? そうでないならきっとお子さんたちの成績は上がりませんよ」
親たちの勝手な物言いに、怒った出版社の人間は、やや乱暴気味に保護者達に問いかけた。
それを聞いた保護者達は皆一斉に口をつぐんだが、それも一瞬の事だった。
再び出版社の人間が怒り出す前の勢いを取り戻した。
「失礼な! うちの子は言わなくても、本当は勉強ができる子なんです! マンガなんてものが消え去ってくれれば、真面目に勉強してすぐにもとの学力に戻ってくれるに決まっています」
この返しに、出版社の人達は飽きれて何も言えなくなった。
世の保護者達のゴリ押しによってマンガの出版が禁止され、回収作業が行われたのは、それからほどなくしてからの事だった。
――結局。出版社の言い分通り、この世からマンガが消えても、訴えた保護者達の子供の学力は上がらなかった。
出版社の人たちは、マンガを復刊させるための理解に、あの時の保護者達を集めて説明会を開いた。
出版社の広い会議室でパイプ椅子を並べてそこに保護者を座らせ、会議室前に設置された大きなスクリーンに参考資料を映して説明します。
「……であるから、このようなデータの出方からあなた達のお子さんの学力とマンガには関係がありません。何か質問はありませんか」
出版社側からの説明会を終えて、一人の保護者が言った。
「マンガは子供たちの中から消えた。しかし今のうちの子は、あの『お笑い番組』なんて低俗な番組ばかり見て、何が楽しいのかもわからんことでゲラゲラ笑って勉強をしない」
「うちの子も同じでした。少し番組を見ましたけど、つまらない芸人が馬鹿なことをしてそれだけで周りがどっと笑っていました。あれを見れば、子供が真似をしてバカになるのも無理がないです」
「うちの子も!」「うちの子も!」「うちの子も!」
出版社の人たちは、依然味わったような嫌な空気を、再び保護者が作り出しているのを見ていてぞっとしました。
そのうち、保護者の一人が
「こうしては居られない! 早くこの事実を広く世に伝えて放送局から『お笑い番組』を追放しないと!」
保護者達は、一人が立ち上がった所から次々と伝播して立ち上がります。
「さあ、行こう! まずは、今からでもこの事実を演説して署名を集めなければ!」
立ち上がった保護者達は、外を目指して会議室から出ていった。