第23話
コンテナが納められた倉庫を背にゴブリンナイトと対峙する。
フード付きマントを羽織って全身を隠していたゴブリンナイトはフードを捲ると周囲を見回す。
目の前に敵が居るというのに随分余裕だ。自身の力量に自信があるのだろうか。
ゴブリンナイトはターレットレンズを回しながら周囲を見回し終えると、今度はこちらを見据えてくる。
鋭い視線を感じながら俺もゴブリンナイトを改めて観察する。ゴブリンナイトの頭部を覆う装甲は鼻の上までで、顔の下半分は装甲に覆われておらず、素肌が露出している。
先ほど纖滅したゴブリン達はワシ鼻に緑の肌というファンタジー作品でよく見るゴブリンだったが、目の前に立つゴブリンナイトは肌の色こそゴブリンと変わらぬものの、鼻は低く少し背が低い人間の成人男性とあまり変わらない様に見えた。ワシ鼻が無いだけで結構がらりとイメージが変わるな。
背中に大剣を背負っているのか、肩口から柄が見えた。フード付きマントで体を隠しているため、装着している魔騎兵の機種については解らない。そもそも、機種自体あまり知らないんだけど。
ジンネさんの工房でいくつか見かけたけど、ベルガの修理で忙しかったし頭部だけで解るほど詳しく見てなかったしな。
そんな風にこちらもゴブリンナイトを観察していると向こうから通信が入ってくる。
「この集落を襲った魔騎兵乗りとはお前か?」
驚いた。流暢な公用語で話しかけてくる声は意外と渋い。人間の武器を使いこなす上に言葉も解するとか流石は上位種という所か。
「……あぁ、そうだ」
内心の驚きを抑え、短く返す。すると、背中に背負っていた大剣を抜き構えを取ると刀身が光り始めた。ホロウィンドウ上に警告ゲージが輝く。
「そうか、ならば背中の建物に収められている物を返して貰おうか。それは我が王の目的を叶えるために必要な物だ」
背中の物?小屋に納まっているコンテナの事か?
「嫌だと言ったら?」
内心お約束だよなぁと思いながらもつい答えると、ゴブリンナイトの雰囲気が変わった。
剣を構えたゴブリンナイトから漂ってくる気配は……殺気。
警告音。
「っ!?」
夢中で体を反らすと風切り音と共に目の前を光の尾を引きながら大剣が通過していった。
あまりの速さに驚く間もなく、俺はアサルトライフルをフルバーストで撃ち、目の前に弾丸をばらまく。
しかし、ゴブリンナイトはジグザクに後退しながら全ての弾丸をかわす。
「っ……うああああああっ!」
至近距離の射撃を避けられたのを見て、俺は焦りながら弾幕を張りながら後退し距離を開ける。あの踏み込みはヤバイ。
少なからぬ距離はあった筈なのに、一瞬で間を詰められた。機体に備えられた何らかの特殊機構か?
頭の中で混乱気味に考えながらも射撃を続けるが、フルオートでばら撒いているためすぐに弾が切れる。
そこを見計らってゴブリンナイトが距離を詰めようとするが、すぐに後退する。
補助腕によるエイダの射撃だ。
『冬真、落ち着いてください』
「っ……!」
エイダが射撃している間に弾倉交換しながら俺は息を飲んだ。
『戦闘中は冷静に。私が牽制しておきますから少し気を落ち着けてください』
「あぁ、すまないエイダ」
軽く深呼吸して、自分が息を止めていたのに初めて気がついた。
REDとの戦闘でも危ない場面があったけど、今みたいに息をするのを忘れるほど動揺した事はなかった。
(あー……やっぱり『人型』に殺されかけるのって魔獣相手とは違うなぁ)
ゴブリンを相手にしていた時はまだ魔獣を駆除するような感覚だったが、ゴブリンナイトは『人型』すぎた。
人に殺されるような場面なんて元の世界でもなかったし、初めての経験につい混乱してしまった様だ。
それも深呼吸一つですぐ納まる。俺ってこんなに切り替え早かったっけ?と内心思いながらも目の前に集中する。
「ごめん、エイダ。もう大丈夫」
『気にしないでください。私が冬真のサポートをするのは当然です』
補助腕のアサルトライフルは弾倉内に直接弾丸を構築化して弾倉交換するので、俺みたいに弾倉ごと交換するより補充が早いが、どうしても弾切れによる隙は無くならない。
そんな短い隙も狙って距離を詰めようとするゴブリンナイトをエイダは両腕の2丁のアサルトライフルを交互に弾倉交換させて弾幕を途切れさせず、接近を許さない。
エイダが稼いでくれた時間で立ち直った俺も射撃に加わるがゴブリンナイトは3丁のアサルトライフルによる射撃をものともしない。
不規則な動きで回避行動を取りながら、避けきれない分は大剣で防がれる。弾丸を防ぐ度に刀身に纏う光が火花の様に散る。
春樺さんが持つ大剣と同じ、魔素で威力を強化するタイプの大剣だろう。
暫く射撃とそれを避け、防がれるのが続く。距離を詰めたい向こうと近寄らせたくないこちら、場が膠着してきたなと思っていると、ホロウィンドウ上に魔騎兵の3Dモデルが表示された。
『冬真、今のうちに相手の情報を伝えます』
「助かる」
向こう(ゴブリンナイト)も暫く様子見の様だし、エイダの情報を聞くなら膠着している今のうちだ。
『まず、ゴブリンナイトの機体は頭部形状からL級のゼルガ。ベルガの系列機種で当時のL級制式量産機です』
ベルガの系列機種と戦う羽目になるとはまた縁があるものだ。まぁ、どっちも制式量産機だし数が多いからおかしくはないか。
「特徴は?」
『L級魔騎兵としては標準的な性能です。特筆する様な機能はありませんが、L級特有の機動性の高さには注意して下さい』
「機動性についちゃ、進行形で嫌と言うほど味わってるよっ!」
エイダからの情報を聞く間も射撃を続けているが、ゴブリンナイトはそれをかわし続けている。回避運動の挙動がとにかく早い。
障害物の少ない集落内で回避し続けるその姿は驚異的と言える。当たったと思っても、急加速して回避されたり大剣で防がれたりと速度の緩急が激しくて狙いを絞らせてくれない。
「しかし最初の踏み込みといい、一瞬速度が上がるあれは何だ?本当に特殊な装備が無いの?」
急加速したゴブリンナイトがバラック小屋の裏に姿を消す。
くそっ、また外した。
『あれは、「突撃」と呼ばれる戦技です。踏み込みのタイミングにブースターの加速を合わせる事で瞬間的に加速を爆発的に増加させるものです。装甲の薄いL級を扱う上で必須の技術ですね』
「人間の武器を使いこなす」という文句に偽りはないようだ。厄介すぎるぞ上位種!
ベルガの速度が遅いわけではないが、M級は機動力も装甲も丁度L級とH級の真ん中だ。挙動の軽さでL級に及ばない部分がどうしても出てくる。
現状、そこを生かされて回避され続けている状況だ。
『冬真、魔騎兵同士の戦闘はいかにシールドに回す魔素を消耗させられるか、シールドを破る程の高出力攻撃を当てるかにあります。現状膠着していますが、相手の消耗は確実にさせられていますので焦らないで下さいね』
「わかった」
『魔騎兵のシールドはL級といえども通常の魔獣の攻撃に耐えうるものです。それを破るにはやはりシールドを破れるだけの高威力の攻撃を当てるか、魔素切れを狙うしかありません』
「当てるのはなかなか難しそうだけどねっ」
向こうの持つ大剣はベルガの張るシールドを切り裂く事が可能な筈だ。シールドは接触の長い、つまり「居続ける攻撃」に弱い。
REDの魔法攻撃すら防ぐ事ができる出力のベルガのシールドといえど、接触が一瞬の魔法攻撃と違って接触し続ける目の前の大剣の攻撃に対しては過信できないし、少なくとも無防備に攻撃を受ける事を試すような事をするつもりは無い。
REDは春樺さんの大剣攻撃をシールドで防いでいたが、それだけREDのシールド出力が出鱈目だという事だ。
結局、エイダの言う通り魔騎兵同士の戦闘はシールド用の魔素を使い切らせるか、接触時間の長い近接武器を当てるか、シールド強度以上の威力の攻撃を当てるかという事になる。
「電磁砲が使えればいいんだけど……」
シールド強度以上の攻撃という事で頭に浮かんだのはREDのシールドを貫いて一撃で倒した電磁砲。
しかし、あれを構築した時の事は覚えていない。エイダにデータを見せて貰ったが、自分自身で構築化した筈なのに全く覚えが無く、修理後に試してみたものの、再度構築化させる事はできなかった。
「まぁ……今使えない物に頼ってもしゃーないか……っと!」
ギィンッ!
ゴブリンナイトの手が動いたと思った瞬間、目の前が一瞬点滅する。攻撃が当たり可視化されたシールドが再び透明になる事で起こる現象だ。
正面から攻撃を食らうとたまにこういう事が起こるらしい。
向こうの射撃武器かと思い、回避機動を取る。両腰のブースターが方向を変え不規則な機動を取るたびに重圧が体にのし掛かる。
重圧に耐えたその甲斐あって続く攻撃の回避は出来たらしい。一瞬前まで居た所を何かが通り過ぎるのが見えた。
こちらも応射して牽制をかけるが、不可解な点があった。
「なぁエイダ。今向こうから射撃音した?」
『いいえ、冬真。向こうは射撃武器を使っていない模様です』
「なら、何で攻撃してきたんだ?」
俺の言葉にホロウィンドウ上に小ウィンドウが開き、地面に落ちた物体を表示させた。
「投げナイフっ!?」
思わず声に出してしまう。
『ええ、魔素を纏わせた投げナイフですね。射撃武器と違ってあまり使われていない武器のため警告音の登録がされていませんでした。対応します』
照準光の出ない投げナイフの類は感知し辛いらしい。しかも投擲速度が射撃武器並みとなればかなり避けづらい。
俺はゴブリンナイトの動きを注視して、投げナイフからの回避を続けながら動き回る。
誰も居ない集落の中を俺とゴブリンナイトが駆け巡る。最初の接敵後、距離を置いた戦闘が続いていた。
「しっかし、大剣で防御しながら投げナイフで牽制とか射撃武器は持ってないのか?」
『構築化の登録が無いのか、SCSの容量に余裕が無いのか計りかねますね』
と、投げナイフに注意が行っている隙を突かれてソレは来た。投げナイフを左手で投げたモーションの直後、体を覆うマントが翻り、何かがこちらに向けて射出される。
「っ!?」
投げナイフに意識を割いていたせいで反応が一瞬遅れたが、ぎりぎりでそれを回避する。
真横を通り過ぎたソレは背後のバラック小屋にぶつかり大きな破砕音を響かせた。
今度は何を投げてきたんだ?と思った次の瞬間、俺は目の前の状況に目を見開く。
ゴブリンナイトが再度突撃を仕掛けて来たのだが、その突撃速度が開幕に仕掛けられたものよりも遥かに速い。
回避のタイミングをズラされ、回避は間に合わないと悟った俺はとっさにアサルトライフルの構築化を変化させる。
(間に合えっ!)
瞬間。ゴブリンナイトが最接近し、大剣を袈裟掛けに振り下ろしてきた。
ギャリリリリリンッ!
目の前で蒼い火花が散る。シールドを構成する魔素と大剣の纏う魔素。魔素同士の接触で起こる現象だ。
蒼い火花が散るのと同時に銃声が響き渡った。
ドゴンッ!
銃声と同時にゴブリンナイト側でも蒼い火花が散る。ゴブリンナイトは驚いた表情を一瞬見せるも大剣を袈裟掛けに振り切った。
俺も大剣で切られながらも手に持るアサルトライフルから変化させたショットガンを連射。弾種は一粒弾だ。
大剣がシールドを斬る音と射撃音が連続して響く。大剣が振り切られるのと装填した一粒弾を全弾撃ち切るのは同時だった。
俺達は一瞬視線を交錯させると、俺はショットガンを手放して手を伸ばしゴブリンナイトの腕を取ろうとし、ゴブリンナイトはそれを避けて間合いを開けて離れる。
とはいえ、離れたといっても完全に大剣の間合いだ。すぐにも切り掛かれる距離で俺達は睨み合った。
「なかなか強力なシールドだ。この大剣で完全に切り裂けなかったのはお前が初めてだ」
「……そりゃ、どーも」
振り切った後も油断を見せずに構えるゴブリンナイト。通信に答えながら俺は周りを観察し、ゴブリンナイトが後退し構え直す際に見えたマントの中に黒い縄が収納されていく様について考えを巡らせる。
「ワイヤーウィンチか?」
『恐らくそうでしょう。私達の後方のバラック小屋の大黒柱に巻き付け、巻き上げる速度を突撃に上乗せした様です』
全く本当に上手く人様の作った武器を使うものだ。
「シールドは?」
『再構築は完了しています。後少し踏み込まれていたら完全に切り裂かれていた所でした。シールド用SCSはまだまだ余裕がありますが、何度も食らいたくはありませんね』
「同感だ」
シールドの強度が高かったお陰か咄嗟のショットガンによる反撃のお陰か、振り切る動作に遅れが出て今のは何とかシールドで受け止め切れた様だ。
やはりシールドは「居続ける」攻撃に弱い。しかもどうやら向こうの大剣はかなりのの性能の武器で、おまけにゴブリンナイトの剣の腕がいい。近接武器の威力には使う者の武術の腕前も上乗せされる。
よもやゴブリンの集落でこんな手練と遭遇するとは思わなかった。
「切ったシールドの手応えからすればH級の筈だが機体自体はM級。珍しい機体を駆っているな」
「これでも苦心作でね。褒めてくれるのは素直に嬉しいよ」
さて、相打ちという形だがこちらも一粒弾を全弾食らわせてやった筈けど……ぱっと見たところ向こうにダメージを与えた様には見えない。
「エイダ、L級のシールドは一粒弾を至近距離で当てても防ぐ事が出来る程の強度なのか?」
『いえ、L級のシールド強度では通常でしたら防ぎきる事はできません。仮に1発目を防げたとしても2発目以降は防ぎ切れない筈です』
「でも、無傷にみたいだけど?」
『恐らく、一粒弾の当たった部分のシールド強度を一時的に強化したのでしょう。シールドを張る際に意識的につぎ込む魔素を多くすれば可能ですが、あの一瞬でやってのけたとなると完全に魔機兵の扱いに熟知してますね』
ええい、本当に厄介だな上位種!
目の前のゴブリンナイトを睨み付ける。隙を伺っているのか大剣を時折微妙に動かしているがその場から動く様子が無い。
しかし、この間合いは危ない。突撃の速度は把握したけど上手く躱して間合いを開けられるかどうか……この距離なら近接武器を構築化したい所だけど、強度的に構築化した近接武器は、近接用に製造された武器よりも弱い。
あの大剣の斬れ味を考えると構築化した武器で打ち合っても武器ごと斬られてしまいそうだ。そもそも構築化する隙があるかどうか……ええい、開き直ってぶん殴るか?
などと考えているとホロウィンドウ上に解析データが表示される。俺はその表示されたデータを見て目を開く。
「エイダ、これって……」
『ええ、どうやら向こうは現在シールドを張っていない様です。恐らく先ほどの一粒弾を防ぐのにシールド用のSCSを使い切ってしまったのでしょう』
「ブラフの可能性は?」
『無いとは言い切れません。しかし向こうの機体が改造を施していない通常機体であれば、先程の一粒弾を防ぐための強化に必要な魔素量はシールド用のSCS容量一杯の筈です。それと……』
と、ゴブリンナイトの構えが微妙に動く。
『補助腕のアサルトライフルの照準を動かす度にああやって大剣で防ごうとしていますので間違いないかと』
なるほど、となるとここはチャンスなのか?例え相打ち覚悟で突っ込まれてもシールドを強化して防げるだろうし、強化するくらいの魔素の余裕は十分ある。
勝負時と思い、仕掛けようとした瞬間ゴブリンナイトの足元に何かが落ち、一瞬で目の前に真っ黒な煙が広がる。
「煙幕っ!?」
あっという間にセンサー類を妨害するチャフが混ざった煙に包まれる。ヤバイ。不意を突かれたこの隙に攻撃されたら危ないっ!?
無駄かもしれないけど全速で後退を掛ける。しかし、煙幕の範囲内から出ても警告音は鳴らず、攻撃を受ける衝撃も無かった。
「我が名はベルド。主の命によりここは一旦引くが……貴様らの事は忘れんぞ」
攻撃が来ない事に戸惑う間に通信が入る。
「逃げてくれた……のか?」
『その様ですね』
向こうも煙幕の範囲外に出たのかレーダーには赤白点滅する点が遠ざかって行く様子が表示されている。
シールドも無い状態だったので追撃したい所だけど、ここは我慢する。相手が撤退したのは後続部隊が来たからかもしれないからだ。
「主の命って事は通信が入ったんだろうか?」
『でしょうね。でなければコンテナを諦める様な性格の者では無いでしょう』
「まぁ……何にせよ助かったかな。最後に倒すチャンスはあったけど割と博打だった気がするし」
『そうですね。上手いタイミングで撤退されてしまいました』
「とりあえず、俺達も撤収しよう。あの手の奴等に複数で追われたら危ない」
『わかりました。コンテナはどうしますか?』
俺はコンテナが収められた倉庫を見る。
「ゴブリンナイト……ベルドと言ったっけ。あいつの目的がコンテナとその中身なら置いておく訳にもいかないよね」
『同感です。反重力アンカーで運びましょう。戻るには少々強引に森を歩かないといけないと思いますが』
3メートル四方のコンテナは結構な大きさだ。あまり森の木々が密集した所は避けていくしかないだろう。
「解った。帰りのルートを出してくれ」
『了解』
こうして俺達は戦利品としてコンテナを手に入れ、リゼルさん達の待つ森の入口へ向けて帰還するのだった。




