第17話
「ええと、改めて初めまして。桐見冬真です」
あれから立ち話も何だという事で、ガレージに隣接する一軒家に移動した。
隣の一軒家は事務所と兼用しているらしく、応接スペースで俺はジンネさん親子と改めて挨拶を交わす。テーブルを挟んで2人掛けのソファが2つあり、それぞれテーブルの頂点部分に1人掛けのソファが置かれており丁度全員座れる配置になっていた。
「ジンネ=ベロアだ。この工房を営んでいる」
まだ納得していないのか、テーブルを挟んで座っているジンネさんは渋い顔をしている。
「師匠の娘のマリア=ベロアだよ。よろしくね」
ジンネさんの右隣に座るマリアさんがにこやかに笑って握手を求めてきた。こちらこそといいながら握手を交わす。マリアさんは栗色の髪を後ろで一纏めにして束ねており、明るい表情から快活なイメージを受けるが握った手は技術屋らしい硬い手だった。
「ウチの師匠がごめんね?あんな強面してて親馬鹿でさ」
と、マリアさんがジンネさんを指差しながら笑いかけてくる。
「親友から預かった大事な娘の心配して何が悪い」
「ほら、ね?」
それに対してジンネさんは渋い顔を崩さないまま答えると、マリアさんは私の言ったとおりでしょ?といった表情で笑いかけてくる。
「……ごほん。それとマリア、無理に師匠方と呼ばなくても良いといつも言ってるだろう?」
「私が師匠の後を継ぐって言ったら『俺の教えは厳しいぞ?これからは父さんでなく師匠と呼ぶんだ』って言ったのは誰だったかなぁ?ね、父さん?」
「むぅ……」
実の娘に手玉に取られるのを誤魔化す様にジンネさんが反撃を試みるも、それもあっさりカウンターされてしまったジンネさんの熊のように大柄な体に髭面の強面顔で怖そうという第一印象はすっかり娘に弱い父親に変わってしまっていた。
「あと、こっちが整備用補助端末のエイダです」
『はじめまして、私は整備用補助端末AD-1001型です。冬真からはエイダと呼ばれています。ジンネ氏は腕のいい技師と秋穂から聞いています。後で今の時代の騎兵データを見せて頂けると嬉しいですね』
ジンネさんに形勢不利な流れを変えようとエイダを紹介すると、娘達に弄られて渋い顔だったジンネさんの目が見開かれる。
「それが秋穂の言ってた整備用補助端末か?」
「……エイダって名前がちゃんとあるから名前で呼んで」
と、頬を膨らませて秋穂さんが抗議する。
ちなみに何故かエイダは秋穂さんが抱えたままだったりする。秋穂さんはエイダを余程気に入ったらしい。メカニックのサガなのかベルティスタに着くまでの道中、積極的にエイダに質問をしているうちに仲良くなった様だ。
エイダも満更じゃないみたいだが……秋穂さんを持ち主にするとか言い出したらどうしよう?
「あぁ……すまん、秋穂」
秋穂さんに言われて姿勢を正すジンネさん。
「データベースで大破壊前にはそういう補助端末があったという事は知っていたが……完動する整備用補助端末を見る事ができるとは思わなかった」
「へぇ……これが全ての技師憧れの端末なんだ。ね、秋穂ちゃん触ってみてもいい?」
「……?」
わきわきと手を伸ばすマリアさんに、秋穂さんが許可を求める様にこちらを見る。
「俺はいいと思うけど……エイダはいいかい?」
『構いませんよ』
「じゃあ遠慮なく……わ、凄い、こんなにコンパクトなケースなのに中身は整備に必須の物が揃ってる。しかもこの工具ってどれもウチの工房より良いものじゃない!」
エイダのケースを開き目を輝かせて大騒ぎするマリアさん。ジンネさんも興味をそそられているみたいだが、そこはぐっと堪えてこちらを見直して尋ねてくる。
「整備用補助端末なんてレアな遺物を持っているお前は何者なんだ?」
真剣な顔のジンネさん。その視線に思わず唾を飲み込む。
が、ここで怯むのは悪手だと思い直し、地下施設で起きてからの事を話す。春樺さん達と出会ってからの部分は右手の1人掛けソファに座る春樺さんと俺の左隣に座る千夏さんが説明不足な部分を補足してくれた。
◆◇◆◇
「なるほど……冷凍睡眠者だったのか」
「ええ、春樺さん達と出会わなかったら野垂れ死にでした。本当に感謝しています」
春樺さん達に向けて頭を下げる。
「ふむ……まぁ、成り行きは解った。そういう事ならここで面倒見よう」
「いいんですか?」
「壊滅したブゥアで目覚めた冷凍睡眠者ってんなら行く所無いんだろう?それに春樺達アウロラのメンバーなら儂が面倒見なくてどうする」
「あ、ありがとうございます!」
「良かったですねー、桐見さん」
ジンネさんに頭を下げる俺の左手を嬉しそうに両手で握る千夏さん。ジンネさんの目つきが何か鋭くなってる……
「所で春樺、ギルドにはいつ顔を出すんだ?」
「あぁ、明日行こうと思ってるよ。桐見君の猟兵登録も一緒に済ませてくるつもりだ」
「そうか、それなら試験データの整理は儂がやるから今日はゆっくり休め。おいマリア、食事の準備を頼む」
「はぁ~い」
窓を見ると夕暮れの赤い光が差し込んでいる。名残惜しそうにエイダから手を離し応接スペースを離れていくマリアさん。千夏さんも手伝うために後を追っていった。
「明日ですか?」
「ああ、こういう事は早い方がいいだろう。それよりデータ整理は私も手伝おう。悪いが桐見君も手伝ってくれないか?できればエイダも」
「ええ、いいですよ」
『勿論です』
「おい春樺、休んでいろって言っただろう?」
「食事が出来るまで時間がかかるし、私はそんなにヤワでは無いよ。それに使用者からの感想も必要だろう?」
「解った解った。食事が出来るまでだぞ?」
「……私も手伝う」
「全く……好きにしろ。小僧も行くぞ」
「あ、はい」
俺は秋穂さんからエイダを受け取りジンネさんの後を追って工房へと向うのだった。
◆◇◆◇
データ整理自体は夕食が出来るまでに完了した。ベルティスタに辿り着く4日の間にエイダの協力を得た秋穂さんがほとんど整理を終えてしまっていたからである。
短い戦闘とは言えなかったが、たった1戦REDと戦ったくらいで必要なデータが集まるとは思えなかったが、春樺さんは全ての試験項目をこなしたらしい。
春樺さん曰く俺がREDの気を引いていてくれたおかげらしいが、それでも結構な試験項目があった気がするんだけど……。凄腕の魔装兵とは聞いていたけど彼女の腕はかなりのものらしい。
ジンネさんはデータ整理に時間が掛かると思っていたせいか拍子抜けした表情だったが、そこは流石ベテランの技師。ジンネさんが秋穂さんがまとめたデータをちょっと弄ると素人の俺の目にも格段に解りやすくなった。
そんなジンネさんは「大分腕を上げたがまだまだだな」と、娘に弱い父親と技師としての師匠の顔の混ざった表情で秋穂さんの頭を撫でていた。
そして夕食後、俺は空き部屋で生活箱から出した寝袋の上で寝転がっていた。マリアさんが作った夕食も千夏さんに負けず美味しかったため、食い過ぎで腹が苦しい。
空き部屋には木製のベッドと机があるくらいで、ベッドにはシーツも張られていない。急に俺が泊まる事になったので準備する時間が無かったためだ。
『やっと落ち着けましたね』
ぼんやりと天井を見ていると枕元に置いたエイダが話しかけてくる。
「うん、そうだね。地下施設に居た頃の事が嘘みたいだ」
地下施設で目が覚めてからの事を思い返すと、今の状況はなんだか嘘みたいな気がする。最初こそ苦労したけどエイダと出会ってからはとんとん拍子に物事が進んでいる。
美人3姉妹と出会って、仲間に誘われて彼女達の拠点にも美人なメカニックお姉さんが居て尚且つ一つ屋根の下とか夢のようだ。
しかし、ここまで一気に状況が好転してしまうと逆に不安に思ってしまうのは俺が小心者だからだろうか?特に春樺さん達の好感度の高さが気になる。
普通出会って4日しか経過していない男の膝上に座ったり横に座ってくっついてくるとかありえるだろうか。単に俺が意識しすぎているだけでこのくらいのスキンシップはこちらの世界じゃ普通なのかもしれないが、元の世界じゃ彼女なんて居たためしが無かったし、女の子と上手く話せるタイプでもなかったから判断がつかない。
好意は確かに向けられていると思うけど……判断がつかないため、ついついその好意に裏があるのではと疑ってしまう。そして、そんな裏のある好意でスキンシップをされるのは嫌だと思う自分が居て、段々と気持ちが沈んできた。自分でも嫌な性格だと思う。
沈んだ気持ちのまま、俺は春樺さんに猟団に誘われた時の事を思い出す。
◆◇◆◇
「俺が春樺さん達の猟団に?」
格好良い笑みを浮かべた春樺さんが提示してきた条件は突拍子も無くて、俺は間抜けな顔をしていたと思う。
「そうだ。私達の猟団の一員になれば一緒に街に帰る事を遠慮しなくても済むだろう?」
「いやいや……だからって猟団に入れるとか話が吹っ飛んでませんか?」
「何、見ての通りウチは3人しか団員が居なくてね。積極的に団員を増やしていないから自業自得とはいえ慢性的に人手不足なんだよ。だから桐見君が入団してくれると助かる」
「自称、冷凍睡眠者の怪しい男を簡単に女性だけの集団の仲間に加えようとするというのはどうなんですか」
「あら、桐見さんが冷凍睡眠者なのは本当の事でしょう?」
「それとも、桐見君はこれ幸いと私達を襲う様な男なのかい?」
「お、襲うだなんて!そんな事できる訳ないじゃないですか!」
「それなら問題ないだろう。まぁ、そんなに必死に否定されると私達に魅力が無いと言われてるみたいで自信が無くなってしまうがな」
真っ赤になって否定すると春樺さんはにやりと男前に笑って受け流す。俺が加入する事が本当に何でもない事のようだ。
「まぁ正直な所、REDと戦える腕を持った魔装兵は少なくてな。その上神機持ちだと更に少ない。優秀な魔装兵は引く手数多だから引き止めておきたいという打算が無いとは言わないよ」
「なるほど……」
見ると千夏さんも秋穂さんも春樺さんの言葉に頷いている。少なくとも、こちらの能力を見て判断しているのは確かな様だ。
「能力が優秀でも人格に問題あるかもしれませんよ?」
「これでも人を見る目はあると思っている。確かに桐見君とは出会ったばかりだが、悪人では無いと思うよ。私のカンもそう言っている」
「カンって……」
「お姉ちゃんの人を判断するカンは良く当たるんですよ?」
「……今まで外れの依頼人を引いた事ない」
凄い信頼だな。
「それに……街に着いたとして当てはあるのかい?」
「うぐっ……」
◆◇◆◇
結局それが決め手となってアウロラに入団する事を決めたんだよなぁ…。街に着く事ばかり考えて着いた後の事は全く考えてなかった。
しかし……考えてみれば彼女達は神機について非常に興味深そうにしていた様に思える。
「んー……なぁ、エイダ。神機ってそんなに貴重なものなのか?春樺さん達は凄い凄いって言ってるけどイマイチ実感沸かないんだよね」
『そうですね……今の基準も昔と同じかは解りませんが……まず魔装兵自身が創造ったものを神機といいます』
「作る?武器の構築ならいつもエイダがやってる事じゃないか」
『いいえ、私の構築は予め登録された記憶から再構成している過ぎません。創造る事とは違います』
「つまり、手持ちの設計図通り作っているだけって事?」
『そうです。設計図に無いものを作る事はできません』
うっすら照らされる天井を見ながらエイダの言葉を考える。ちなみに部屋の光源は開いたエイダの体の液晶部分だ。
「てことは、俺が創造った神機……レールガンはエイダも構築できない?」
『ええ、あのような武器は初めて見ました』
「ちょ……ちょっと待ってくれエイダ。その話は本当か?」
その言葉に驚いてごろりとうつ伏せになってエイダを見る。
『本当ですよ。少なくとも私が持っている記憶に冬真の神機と同型もしくは類似した武器は存在しません』
「本当なのか……?別世界から人を召喚したり、魔素から武器を構築したりできるような文明がレールガンを作れない……?」
『その文明も今はかなり後退している様ですけどね』
今は後退していようが、300年前は確かにそれだけの文明を持った社会だった筈だ。建物の造り等は確かに地球と似ていたが、少なくとも技術レベルは地球の上を行っている事は地下施設の端末でデータを漁った際に確認している。
それに、廃棄場に廃棄された銃器が沢山あり、魔騎兵で戦闘中も思った通りの銃火器が構築化されていたため、300年前の技術レベルと合わせててっきりレールガンなんて開発済みだと思っていた。
「まぁ……確かに誰も持っていない強力な武器を創造れるなら貴重といえば貴重だけど……」
『そもそも神機を発現させるための法則性は長い戦闘経験が必要なくらいしか解っていませんでしたし、それも碌な戦闘経験の無い魔装兵が神機を発現させたという記録もありますので確実なものではありませんでしたね』
「なるほど……」
『一説には戦闘経験を積む事によりCCSとの同調が強まり、それによって発現するというものもありました』
「それも戦闘経験が必要っていうのと変わらないよね。てことは元々CCSに神機発現のための機能が組み込まれていたんじゃないの?」
『いえ、CCSの機能は動力源兼制御用OSのみです。確かに神機の発現にCCSとSCSの燃料を使いますが、神機発現のための機能などついていません』
「という事はCCSの機能はエイダでも知らない機能があるかもれないって事?」
『CCSは専用施設でないと作れませんでしたので、もしかしたらそうかもしれませんね』
ブラックボックスという奴だろうか。CCSは特殊な製法で作られていたらしいからあってもおかしくは無いように思える。
「フムン……という事は300年前も神機使いは珍しかったのかな?」
『そうですね、魔装兵全員が神機使いになれる訳ではありませんでした。魔装兵はかなりの数が居ましたが神機使いになれるのは一握りだそうです』
まぁ……俺自身覚えていないが、神機を創造れる事は凄い事だという事は解った。
春樺さん達の反応を見るに、神機使いは今の時代でも珍しいのだろう。300年前ですら一握りの魔装兵しかなれないものなら、もしかしたら文明が後退した今の時代だと希少価値は昔より高い可能性がある。
という事は……彼女達は貴重な才能を逃すまいと体を張っているんだろうか?
そこまで考えて、RED戦で死にそうになった時春樺さんが援護してくれた事を思い出す。春樺さんが足止めしてくれなければ、神機構築もままならなかった筈だ。
「……まぁ、いくらなんでも疑いすぎか」
『冬真は彼女達の好意を疑っているのですか?』
「んー……まぁ」
つい言葉を濁してしまうが、エイダには言いたい事が伝わった様だ。
『いきなり見知らぬ世界に放り出されて用心深くなるのは当然かと思いますが、信用していいと思いますよ』
確かに、良い人達だというのは4日という短い旅でも伝わってきている。
『それに、最悪騙されていたとしてもいいじゃないですか。その時はアウロラを抜けて自活すればいいだけの話です。現代の街の仕組みも解った事ですし私達ならどこでもやっていけますよ。私が補佐して冬真が猟兵をやってもいいですし、私を使って修理工房を営む事もできると思います』
AIなのに物凄くぶっちゃけた話をしてきたな……
でもまぁ、エイダと修理工房……確かにエイダの体には整備道具一式が揃っているし、クレーンなんかが必要な大規模な修理でも無い限りエイダだけで整備が出来るんだよな。
最初は工場区画の片隅ででも細々と整備屋を営んで、軌道に乗ればクレーン等の大型機械の揃ったガレージに引越して少しずつ規模を大きくしていく。規模が大きくなれば従業員も雇わないとな。
そんな風に生計を立てる事を想像すると、自然と笑みが浮かぶ。
「結構いいかもな、それ」
『でしょう?』
エイダが居れば何とかなる。そう思うと鬱々としていた気分がいつのまにか晴れていた。
『気分は晴れましたか?』
「うん、かなり気が楽になったよ。色々疑って考えすぎなんだよな、俺」
『そうですよ。後ろ向きに考え続けても良い事なんてありません』
「そうだね、病は気から……ってのは今のと関係ないけど、別に好意を向けられるのは悪い事じゃないしね」
『ええ、素直に好意を受け取ってもいいんじゃないでしょうか』
そもそも、彼女達の好感度が高かったからと言ってどうだというのだ。確かに皆魅力的な人達だけど、あのくらいのスキンシップで勘違いするとか自惚れすぎだろう、俺。と、自分自身に苦笑していると、エイダは言葉を続けた。
『大丈夫ですよ、私は冬真と一緒に居ますから』
その言葉はスルリと俺の心に染み込んで。
「エイダ……?」
鬱々とした気持ちの残滓を綺麗さっぱり洗い流し。
『何があっても私が居ますから、冬真は1人じゃないです』
安堵感で俺を包み込むのだった。
「……ん、ありがとう、エイダ」
手を伸ばし、エイダの液晶パネルを指先で撫でる。
結局の所……また独りで地下廃墟を彷徨うのは嫌だと思ってしまっていたのだ。春樺さん達に追い出され知り合いも居ないこの世界を独り彷徨うのは王都と呼ばれる街中に居たとしても地下施設で彷徨っている事と変わらない。
だから春樺さん達から向けられた好意が嬉しくて……怖かったのだ。
けど、エイダの一言はそんな俺の弱い部分を包んでくれるものだった。
「そろそろ寝るよ。おやすみ、エイダ」
『おやすみなさい、冬真。良い夢を』
俺は寝袋に潜り込むと、安堵感と共に眠りにつくのだった。