第14話
「……んぅ?」
ガタガタと体が揺れる震動で目が覚めた。
「あれ……何が起きたんだっけ……」
頭がまだ覚醒していないのか周囲の状況が把握できない。
ぼんやりしたまま目を巡らせると、荒野の風景が目に入ってくる。どうやら高い位置から眺めている様だが、体を揺らし続ける震動は何だろう?
『おはようございます、冬真』
「ん……あぁ、エイダ。おはよう」
足元から聞えてきたエイダの声に答えると、段々頭がはっきりとしてきた。あれ?いつの間に魔騎兵から外して足元に置いたんだっけ。
改めて目を巡らせると目の前には大型の銃が鎮座しており、俺はその銃を操るシートに座っていた。そして、周りの荒野の風景は流れ続けており、どうやら俺は大きなトレーラーの上に据えられた銃座に座って眠っていた様だった。
「……なぁエイダ、何故に俺はこんな所で寝ているんだろう?」
『覚えていないのですか?』
「うーん……確かREDと戦ってて死にそうな目に遭って……その後身体が熱くなったような気がする。その後の事は何かぼんやりしててあやふやだ」
『そうですか、あれだけの事をしたのですから仕方ないかもしれませんね』
「あれだけの事?」
「お前がREDを倒したんだよ」
不意に銃座横のスピーカーから春樺さんの声が割り込んでくる。
「俺が倒した……?」
脳裏に気絶前の出来事がフラッシュバックしていく。そうだ、身体が熱くなった後にエイダとの接続が切れた魔騎兵が急に動き始め、レールガンを構築してREDを倒したんだった。
「思い出したか?全く驚いたぞ、機体が動かなくなったと思ったら神機を構築してREDを一撃とはな」
「神機?」
「ああ、神機を構築してREDを倒しただろう?」
「えーと……あの時は無我夢中だったので、自分が何をしたのかあんまり……」
「ふむ……まぁ、色々と聞きたい事があるがそれは後にしようか。そろそろ日が暮れるから野営の準備をしてゆっくり話し合おう」
「はぁ……まぁ、そうですね。俺も色々聞きたい事がありますし」
「良し、それならもう暫く待っててくれ、そろそろ野営地点が見えてくる頃だ」
「あ、でも1つだけいいですか?」
「なんだ?」
「何で俺はこんな所で寝てたんでしょうか?」
『それは……』
「「「臭いから」」」
口ごもるエイダに3姉妹の声がハモった。
「あぁ……なるほど」
そういえば、廃墟で目覚めてからずっと風呂に入ってなかったな……。勿体無かったけど飲料水を使って顔を洗うついでに生活箱にあった髭剃り(魔素で動く電器シェーバーだった)で髭は剃ってたけど、考えてみれば魔装兵スーツ着て魔騎兵を装着したままずっと行動してたからそりゃ臭うよな……
でも、何も他の2人も加わって3人でハモらなくても……そこまで酷く臭ってたんだろうか……臭ってたんだろうなぁ……
俺自身は慣れてしまって鼻が馬鹿になっていたんだろう。
何故か少しショックを受けながらトレーラーは野営地点へと進んでいくのだった。
◆◇◆◇
「あ゛あ゛あ゛~……気持ち良い~~……」
思わず親父声を出しながら俺は風呂に浸かって寛いでいた。
野営地点に着いて早々春樺さんに「風呂に入れ」と言われ、出てきたのはドラム缶。何でも女3人で活動しているため色々気になるのか、毎日とはいかなくても最低限風呂に入れる準備をしているんだとか。
水も飲料水とは別に確保している様で「地味に経費が掛かっちゃうんですよ」と、苦笑しながら千夏さんが言っていた。
こっちの世界にも思わず押したくなる懐かしのドラム缶がある事にびっくりしたが、おかげで何週間かぶりに風呂に浸かる事ができたので感謝するしかない。
「風呂はいい……日本人にとってたまらん……」
身体を洗い(入浴道具は生活箱に一式入っていた)、久々に入る事の出来た風呂の感触にすっかり惚けて浸かっていると、四方を仕切った衝立の向こうに人の気配を感じた。
「あの……湯加減はどうかな?」
「あ、はい。丁度いいですよ。最高です」
「良かった。あの……寛いでる所申し訳ないのですが、お姉ちゃんが話をしたいと言ってましたので洗い終わったら来て下さいね」
「解りました。そろそろ出ようと思ってた所なので丁度良かったです」
「じゃあ、待ってますね」
そう言って衝立の向こうの気配が遠ざかっていく。あの喋り方だと千夏さんだろうか。少しのんびりしているというかウィスパーボイスというか……何だか癒される声だったなぁ……
そんな事を考えながら名残惜しく風呂を出るのだった。
◆◇◆◇
風呂から上がり、トレーラーの横で火を炊いて食事の支度をしている春樺さん達の元へとやってくる。火を囲んで簡易椅子が4つ並べられており、俺は春樺さんに勧められるまま彼女の正面に座った。火を囲んで右手に千夏さん、左手に秋穂さんが座る。
「さっぱりしたか?」
「ええ、いいお湯でした。ありがとうございます」
「気にするな。あんな状態では私達の方が気を取られて話に集中できなかっただろうからな」
余程酷い臭いだったらしい。思わずまだ臭ってないか確認してしまう。そんな俺の行動に鍋の煮込み具合を見ている千夏さんがくすりと微笑んだ。火に掛けられた鍋からはいい匂いが漂ってきている。
「ふふ……そんなに確認しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと綺麗になっています」
火にかけたシチュー鍋をかき混ぜながら千夏さんが微笑む。思わずどきっとしてしまった。
「さて、まずは自己紹介からさせて貰おうか。私は晴海春樺。同時に猟団『アウロラ』の代表もやっている。戦闘ポジションはアタッカーだ」
青と白を基調とした魔装兵スーツの上にコートを羽織っている春樺さんは、黒髪をアップにした釣り目のスラリとしたモデル体型で、背筋を伸ばし姿勢が良い。凛とした感じを受けるが、初見の時とは違って今は釣り目も柔らかい感じになっている。
目線が柔らかくなると雰囲気もがらりと変わり、今は全体的に柔らかい感じを受けた。初見の際の鋭い目線から来る剣呑な雰囲気とのギャップに少し戸惑ってしまう。
多分、俺より年上だろうけど、年齢を聞くのは危険な気がする。
「そして、この2人は私の妹で千夏と秋穂だ」
「晴海千夏です。主にお姉ちゃんの後方支援と家事全般を担当してます」
と言って、にこーっと微笑んでくる千夏さん。こちらは赤と白を基調とした魔装兵スーツの上にコートを羽織っている
初見の時主に春樺さんに睨まれ続けていたせいもあり、千夏さんについてはあまり目に入っていなかったが、美人というよりは可愛いという感じの人だった。
セミロングの髪は春樺さんと同じ黒。少し童顔気味で垂れ目な所にのんびりした声が加わって何とも癒される雰囲気を出していた。
「……晴海秋穂。ナビゲーターと整備全般」
可愛いけど平坦な感じの声。REDとの戦闘で何度も聞いた声の持ち主は、ツナギを着た小柄な体躯をしていた。
姉2人と違って少し茶色のかかった黒髪をショートカットにしており、あまり表情を変えない淡々とした喋り方も含めて人形めいた可愛さをしているが、視線は俺に向かずに足元のエイダに向いている。
整備担当だから整備用端末のエイダに興味があるのだろう。
……そういや千夏さん銃座だったからトレーラーは秋穂さんが運転してたんだろうか。明らかに俺より年下に見えるが免許とかどうなってるんだろう。
こっちでも自動車教習所ってあるのかなぁと、どうでもいい事を考えながらこちらも足元に置いたエイダと共に自己紹介を返す。
「ええと、桐見冬真です。猟団とやらは特に入っていません。こっちは整備用補助端末のエイダ」
『よろしく』
特に語ることが無いため自己紹介は簡単なものだ。荒野を歩いていた間にエイダと相談して異世界人である事はとりあえず伏せる事にしていた。
「あぁ、桐見君が寝ている間にエイダから聞いたんだが君は冷凍睡眠者だったんだな。色々と疑って悪かった」
「ええ、人里離れた街の地下シェルターで最近起きたんですよ。記憶も何だか曖昧でして……エイダの知識も300年前のものですからズレがある様ですし、何か失礼な事をしてなければ良かったんですが」
俺達が春樺さん達に近づいた際にこちらに大剣の切っ先を向けてきたのも、もしかしたら獲物として狙っていたREDを俺が横取りしようとして近づいたと思われたからかもしれないのだ。
実際はREDを獲物として狙っていた様ではなかったから、横取りを警戒したものでは無かったんだろうけど、単純に近づいただけで何故あれだけ警戒されたのかとREDに挑んでいた理由は気になる。
「いや、こちらが勝手に疑って警戒してしまっただけだ。桐見君に非は無いよ」
「良かった、凄い剣幕でしたから何かしでかしてしまったのかと思っていましたのでほっとしました」
「あのREDが居たこの辺りは普段誰も近寄らない地域になっていたの。だから私達以外にあの地域に近寄る人は居ないと思っていたから……嫌な思いをさせてごめんね?」
なるほど、俺達は予期せぬ訪問者だった訳か。それなら警戒されたのも頷ける。
それにしてもおたまを持ったまま両手を合わせて千夏さんが謝ってくれたけど、仕草がいちいち可愛いなこの人。
「そうだったんですか……そういえば、データが云々と言っていましたけどそれと関係が?」
そう言うと、彼女達は顔を見合わせて頷きあう。
「そうだな……桐見君はREDとの戦闘に付き合ってくれた上に神機まで見せてくれた。ならば私達も正直に話さねばな」
そういって、春樺さんは何故彼女達だけでREDに挑んでいったのか理由を語り始めるのだった。
今回からエイダの台詞は『』に変更してみました。