第12話
爆煙でREDの姿は見えないが、センサー系の表示によれば未だ健在の様だ。
ぶわっと風が起こり煙が晴れるのを見て、俺は結果を解っていながら呟かざるを得ない。
「無傷だとっ!?」
「どうやらシールドを張って攻撃を防いだ様ですね。これ程強力なシールドを張る魔獣は初めてです。倒せないというのも解りますが…って、何目頭押さえる動作してるんですか冬真。密閉ヘルメットなんですからゴミなんて入りませんよ?というか戦闘機動中だと危険ですから止めてください」
「いや……お約束を忘れてたなぁって」
「時々冬真の言う事が解りません」
(全く、自分で無傷フラグを立ててどうするよ!)
別に無傷フラグが立ったからREDが無傷だったという訳ではないだろうが、あまりにお約束すぎた行動を取ってしまったためつい自分で立てたフラグのせいという気がしてしまう。
内心で自分自身を叱咤していると春樺さんから通信が入る。
「いい煙幕だっ!」
その声と同時にREDの後方からギィィィィンッ!と、何かが弾かれる音が響く。恐らく春樺さんが大剣で斬り付けたのだろう。余程勢い良く斬り付けたのかREDの正面で結構距離を取っているこちらまで衝撃音が聞えた。
ドゴォォォォッ!
REDが頭をこちらに向けたまま周囲に生成した多数の炎弾を全て後方へ発射する。轟く爆発音。慌ててこちらにも注意を引き付けようと重機関銃を構えて射撃。
ヴロロロロロロロロロロッ!
マッドトロルの群を殲滅した時の様に重低音が響き、魔素で生成された弾丸をREDへと放つ。
ギギギギギギギギィンッ!
しかし、放った弾丸は全てREDの張るシールドに弾かれてしまう。それでも気を引く事はできたのか炎弾がこちらにも向ってきた。
全弾春樺さんの方に放たれていたが無事だろうか?そう思いながら射撃を続けると、後方に立った爆煙から煙の尾を曳いて側面へ抜け出す春樺さんの姿が見えた。
「大丈夫ですかっ!?」
「見ての通りだ。あのくらい躱せないようじゃRED相手に試験なんてできないからなっ」
そう言いながら春樺さんはREDの側面で回避機動を取り続ける。手に持った大剣にはエーテル光が宿っていなかった。素の状態で斬り付けたのだろうか?
「……春樺姉さん、今のはテスト項目外だった。本気出して」
「う……悪かったよ。素の状態でどのくらいのものか試してみたかったんだ」
「……武器の強度データは取れたけど、シールド破損率のデータは取れなかったよ?」
「む、やはり魔素を纏わせないと斬れ味が出ないか」
「……それを調べるためのテストなんだからね?」
「解ってるよ、ちゃんとやるから引き続きデータ収集を頼む」
2人の会話から推測すると春樺さんが持っている大剣を試しているのが解る。だけどなんでREDなんて危険すぎる魔獣相手に大剣を試しているんだろうか?
そんな風に思いながらも射撃を続け炎弾を回避し続ける。春樺さんの大剣が魔素で強化され、魔素光を纏った大剣を構え再度突撃する春樺さん。
俺は射撃を続けてREDの気を少しでも引くしかなかった。
「くそっ、全弾弾かれやがるっ。どんだけ硬いんだよっ」
「REDのシールドは魔騎兵の携行火力では破れないとされているそうです。無理をしないで回避を心がけてください」
ギャリィィィィンッ!
大剣が再度弾かれる音が響く。側面からの攻撃だったので大剣で攻撃された際にシールドが一瞬可視化されたのが見えた。強化しただけあって、先ほどとは音色が違う様だが効いた様には見えない。
春樺さんは一撃入れるとすぐに回避に入り巧みな機動で炎弾を躱していく。それはREDの攻撃を予測した動きで彼女が戦い慣れている事を伺わせた。
「その調子でREDの気を引き続けろ!」
「わかったっ!」
二度攻撃を弾かれても春樺さんは気にせず一撃離脱を続け、俺は炎弾を回避しながら射撃を続ける。射撃と回避の繰り返しを続けるうちにふと思考が戦闘以外の事に向く。
(防御力はともかく強くは無い……よな?)
炎弾は良く見れば躱すのはさほど難しくない、攻撃がシールドに全て弾かれるのはもどかしいが魔騎兵では倒せないと言われた事を思えば確かにその通りだ。
何より戦闘開始からREDはその場を動かず炎弾をただ撃って来るだけで固定砲台を相手にしている様な物だ。放たれる炎弾も確かに数は多いが、空を埋め尽くすとか避けられない規模ではない。
つまり回避さえしっかりできれば膠着状態に持ち込むのは簡単なのだった。
そんな事をつらつらと考えているとエイダの切迫した声が耳を打った。
「冬真っ!」
ゴォッ!!
「う・お・おっ!?」
思考が横道にそれたせいで集中が切れたのか、炎弾が機体を掠める。
「何をやってる!集中しないと死ぬぞ!」
「単調なパターンは確かに精神的にきついかもしれませんが、油断をしていい相手では無いのですよ?」
春樺さんとエイダから叱咤の声。確かに今のはひやっとした……頭を振って集中し直す。不意に警告音が鳴りホロウィンドウの魔素値を見るとゲージがどんどん上昇していく。魔素の高まりと同時にREDの蜘蛛に似た口元が発光しているのが見えた。
「REDが魔素を集めてるのか?」
「冬真!REDの正面から離れて下さい!早くっ!!」
「っ!?」
切羽詰ったエイダの声に反射的に従い、REDの正面から全速で右へ疾走るとそれは来た。
『オォォォォォォォォッ!!』
REDの咆哮と同時に口元から光が走る。それはマッドトロルの放った魔吼に似ていたが規模が桁違いだった。巨大な光の帯が走りその余波で地面がえぐられている。
エイダの声に即座に反応しなかったら直撃だったろう。あんな極太ビームを魔騎兵のシールドで防げるとは思えない。
「ぐっ……うぅぅぅぅっ!?」
しかし回避したものの正面にいたために光線との距離をあまり稼げなかったせいか、地面をえぐる凄まじい余波に堪えきれず体勢を崩し吹き飛ばされてしまう。
ホロウィンドウ上の景色が回る。そういや、マッドトロルの時も吹き飛ばされたなぁと思いながら倒れた体勢を起こそうとすると、警告音が響きこちらに飛んでくる炎弾が見えた。
「こなくそっ!」
素早く炎弾にロックをかけ、ミサイルポッドに再構築しておいたミサイルを全弾放つ。ドドドドドッと空中に花火が舞う隙に立ち上がり回避を再開。追撃してくる炎弾を躱しきる。
「随分器用な真似ができるんだな」
「このくらいガンシューじゃ基本っ!!」
「訳が解らんが得意なのはまぁ解った」
春樺さんの攻撃音がギィンッ!と響く。全く冷静な人である。
「ったく!何だよ今の非常識な攻撃は!?」
「あれはREDの魔吼ですね。マッドトロルとは比べ物にならない威力ですので正面に居る時は気をつけて下さい。」
「魔吼だの魔法だのややこしいな!エイダ!貫通力のある奴に換装だ!」
「了解、構築化を変化させます」
やけくそ気味に叫んで手に持つ重機関銃の形が変化し対物ライフルに換装される。生成する弾丸も貫通力を重視させたものを装填して射撃。
ドゴンッ!と重い音と反動。しかし弾かれてしまう事に変わりはなかった。
「くそっ、やっぱり駄目か」
「いえ、良く見てください冬真。今の攻撃は効果があった様ですよ」
目を凝らすと攻撃され可視化されたシールドにライフル弾の弾痕が残り小さなヒビが入っていた。それもすぐに修復され不可視化されるが、今まで全ての攻撃が弾かれていただけに達成感を覚える。
「とりあえず、無敵じゃないって事が解って安心できたな」
「とはいえ破壊できた訳じゃありませんから気を抜かないで下さいね」
「解ってるよ、さっきみたいな事はしない」
再度気合を入れなおし、REDを見据えると様子がおかしい。飛び続けていた炎弾が止みREDの動きが止まっている。また先ほどの魔吼を撃つつもりかと思い魔素値を見でも上昇している様子は無かった。
「なんだ……?」
あるかどうか解らないがスタミナ切れでも起こしたのかと思っていると春樺さんから通信が入る。
「おい、撤退するぞ。今の攻撃でREDが起きた。データも取れたし頃合だ」
「起きたって……今まで寝てたの!?」
「寝てた訳じゃないが大型の魔吼を使った後に奴らは本気になる。攻撃方法も変わるから注意しろ」
『オォォォォォォォォッ!!』
REDの咆哮が響き衝撃波が走る。そしてREDの動きが変わった。
今まで全く動かず固定砲台と化していたREDが「ドドドドド……」と地響きを立てて動き出したのだ。四肢を器用に動かし凄まじい速度でこちらへと突進してくる。
何というか……もの凄く気味悪い。
「動くと更に気味悪いなっ!」
シールドに傷を入れたせいか、REDは春樺さんでなくこちらに向ってきた。ジェットローラーを噴かして突進を躱す機動を取るが、REDの周りに炎弾が浮かび回避方向を潰す様に放たれてくる。
「うおおおおおっ!?」
「冬真、氷弾も来ます!」
「なにっ!?」
炎弾が背後に着弾して爆発に追いかけられながら回避ルートをひた疾走る。後部視界ウィンドウを拡大させると炎弾に加えて氷の矢がREDの周りに浮かんでいた。
炎弾に加えて氷弾が飛んでくる。氷弾が着弾した進行方向に向って地面が凍った。
凍る地面に足を取られそうになりながらも何とかREDの突進を回避する。そのまま通り過ぎるかと思えば反転して再度こちらに突撃してきた。
「目をつぶれっ!」
春樺さんの声と共に光が弾ける。瞬時にフィルターが掛かって目が潰れる事はなかったがREDは違った様で、苦悶の声を上げながら動きを止めていた。閃光弾か何かを放ったらしい。
「今のうちに撤退だ、急げ!」
「わかった!」
春樺さんを追ってREDから全力で逃走を始める。目が効いていないREDは周りに手当たり次第に炎弾と氷弾を撃ち放っている。
無差別に放たれる攻撃は回避が楽だ。このままREDを引き離して無事に離脱……と思った所で視界が反転する。
「えっ!?」
「冬真っ!」
土煙を上げて盛大に転んでしまう。何が起こったんだと周りを見ると氷弾で凍った地面を避けきれずに思い切り滑ってしまったらしい。
こんなうっかりミスをするなんて……と思いながら急いで立ち上がろうとすると警告音が響き、目の前に氷の矢が迫ってきていた。
「くぅっ!」
迎撃が間に合わずシールドを展開させ氷の矢を防ぐ。しかし防ぎきることは出来なかった。
「冬……っ」
「エイダっ!?」
シールドで細かくなった氷の破片が機体を打ち付け衝撃と共に身体が吹き飛ぶと、ブチッと何かが切れた様な音と共に視界が真っ暗になる。耳元で聞えていたエイダの声もくぐもった風になり聞え辛い。まるで装甲越しに話しかけられているかのようだ。
「ぐぁっ!?」
再度の衝撃は背中に来た。思わず呻き声を上げる。ごろごろと転がっていき、目が回りそうになった所でようやく止まった。
「っく……うう……」
目を開くが周りは真っ暗だ。ホロウィンドウも消え駆動音も聞えない。ついさっきまで機体内とはいえ明るかった周りが真っ暗に沈黙していた。
そして地響きがこちらへ近寄ってくる。REDが突撃を仕掛けてきたのだろうか、周りは見えないがとにかく逃げねばと思い身体を起こそうとするが身体が動かない。
そこでようやく何が起こったのか理解が追いつく。CCSの代わりをしていたエイダとの接続が切れたのだ、エイダと機体をケーブルで接続していたのが仇となったんだろう。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
機体も動かず逃げ場が無い事を悟った俺は、思わず悲鳴を上げていた。