第11話
ブースターを噴かし速度を上げてアップさん(仮称)を追いかける。
あまり速度は出していないのかそれともこちらの方が早いのか、暫く疾走ると装甲とインナーも含めて青と白のカラーリングが視界に入ってくる。
「待ってくれ!」
追い付いた所でエイダに通信回線を開いて貰い、呼びかけるが応答が無い。先ほどは口頭で会話できる距離だったので外部スピーカーを使って会話ができたが高速移動中は流石に口頭で会話はできない。
だが、何度呼びかけても応答が無い。
(通信回線も開いてくれないのか……)
いっそ外部スピーカーを使って呼びかけてみようかと思った所に唐突に通信が繋がった。
「随分古い通信コードを使うんだな。盗聴を気にする部隊に所属しているのか?」
「いやだから、古いのはわざとじゃないし、部隊にも猟団とやらにも所属してないよ」
まだまだ警戒心MAXなアップさん(仮称)の刺々しい物言いが俺の心にぐさぐさと刺さる。ライフがゼロになるのも近そう……
しかし通信コードも違っているとは思わなかった。まぁ古い機体だから仕方ないけど。
「死にたくなければ帰れといった筈だが?」
「何度も言いますがさっきはただ貴方達を助けたかっただけで、ついてきたのも貴方を手伝いたいからです。強い魔獣なんでしょう?」
「強いかどうかなんてREDの恐ろしさはお前も良く知っているだろ?」
……いや、知らないんだけどね。どう答えたもんだか……正直に言うしかないか。
「REDの事はよく知らないんです。そんなに危険な相手なら手伝いが必要では?」
「子供でもREDの恐ろしさは知ってるんだがな……まぁ、手伝いたいなら好きにしろ」
「解りました。好きにさせてもらいます」
「……春樺姉さん……いいの?」
不意に通信に割り込んでくる声。可愛いけど平坦な感じだ。秋穂と呼ばれた子だろうか。
「あぁ、ドーラ社のスパイにしては堂々としすぎているし、周囲に部隊が展開している様子は無いんだろ?」
「……うん、予定通りここ一帯には私たちだけ……」
「なら、私の目の届く所に置いておくさ。良い武器を装備しているんだ、精々役に立ってもらう」
あまりにもストレートな物言いに少し思う所が無いわけではないが、問答無用で武器を向けられる不審者扱いよりは良いかもしれない。 こうなったら行動で信用してもらうまでだ。
「だが、REDを知らないというのは信じられないな。山奥の地下シェルター暮らしだったとかじゃあるまいし」
(うーん……どうも今の俺は浮世離れしているらしい。エイダにこの世界の事を色々教わったけど300年って時間はやっぱり影響が大きいな)
素直に異世界人って言えば色々納得してくれそうな気がするけど、言ったら言ったでまたやっかいな事になりそうな気がする……そんな風にどうやってREDのデータを貰おうか悩んでいると不意にエイダが会話に加わった。
「私達が何者かはともかくそろそろREDとやらに接敵する距離です。データを持っているなら転送してくれませんか?」
「うん?何だお前もナビゲーターが居るのか。それならキャリアーが居るはずだが反応が無いな……秋穂?」
「……再チェックしてみたけどこの一帯は私たちだけ。通信も古いコード含めて調べたけど交信してる様子は無かった」
「当然です。私は本機の補助AIですので。まぁ、本業でないのは思うところがありますが」
「対話型の補助AIだとっ?」
驚くアップさん(仮称)。春樺姉さんって呼ばれてたからそれが名前かな?
そういや気にしてなかったけど通常の魔騎兵ってエイダみたいな対話型AI積んでるんだろうか。春樺さん驚いてたし多分珍しいんだろうなぁ。
「補助AI搭載の全身装甲型を纏ってる上に武装も金が掛かってる……有名猟団でも一握りか単独だとしても上位クラスか支援者が居るかだが……どの道名が知れている筈なのに該当する魔騎兵は無い……その割りにREDも知らない事といい……アンバランスすぎる」
何やらブツブツと呟いている春樺さん。うーん、そんなに珍しいんだろうか。エイダはまぁともかくベルガは量産機なんだけどなぁ……外装がツギハギで原型留めていないせいだろうか。
それに考えてみれば俺って無一文な訳で、金持ちとか支援者持ちとか思われても困る。
「私達がデータを持っていないのは本当です。戦闘に入る前にデータを頂けないでしょうか?でなければ戦闘に支障をきたすかもしれません」
「いいだろう……秋穂、データを転送してやってくれ」
「……いいの?」
「あぁ……その代わり後でゆっくり事情を聞かせてもらうからな?」
「解りました。自己紹介の時間も無い様ですしね。転送コードを送ります」
「……転送コードも古い……本当に貴方たち何者?」
ホロウィンドウ上にデータ通信を行うインジケーターが表示され間もなく消えた。ホロウィンドウ上にREDとやらの3Dモデルが表示される。
なるほど……この四足の化け物がREDか……ぱっと見、甲虫に似ている気がする。
四足歩行で甲殻が硬そうで口元から何か吐きそうなあそこに居るあんな感じの……
「……っうわ!?実物キモっ!!」
いつの間にかREDを視認できる距離まで近づいていたらしい。周りが荒野で見通しが良いためまだ距離があるがそれでも視界に入ったREDに思わず悲鳴が上がる。
体高は4メートル程。幅もそのくらいで太い四肢が身体を支えている。甲殻は緑色をしており陽光を反射していかにも硬そうだ。紅い複眼と蜘蛛に似た口元を備える頭は小さく見えるが、捕まってしまえば俺なんて丸呑みにされてしまいそうだから決して小さくはないだろう。
『ギシャァァァァァァァッ!』
あちらもこちらを認識したのか、紅い複眼をこちらに向けると叫び声を上げる。
「魔法が来るぞ!」「魔法が来ます、回避を!」
REDの叫びと同時に春樺さんとエイダの声が被る。
思わず「え?魔吼?」と間抜けな声を出してしまうのと、REDの周囲に複数の炎の塊が生成され弾丸の様に放たれるのは同時だった。
「うおぉぉぉぉっ!?」
悲鳴を上げながら炎弾を必死に避ける。周囲に着弾した炎弾は爆発し、破片が飛び交う。
破片が装甲に当りカンカンと音を立て、衝撃で崩れそうになる体勢を必死に立て直しREDの周りを距離を取ったまま廻り込む様に移動し続ける。
「魔吼ってマッドトロルが出した光線とは別物じゃないかっ!?」
「……あれは魔吼でなく魔法です。マッドトロルの様なランクのあまり高くない魔獣が使う魔吼はただ圧縮した魔素を放つか身体強化に使うだけですが、それと違ってREDが使うものは物理現象を引き起こします。そのため古代文明からの正しい意味で魔法と呼んで区別しているのです。威力も種類も桁違いですので注意して下さい」
秋穂さんから即座の解説。エイダの様に端的で解りやすい。
「……データの整理が終わっていれば私がアドバイスしたのですが」
心なしか不機嫌そうなエイダの声。自分の役割を取られて悔しいのだろうか。
「聞いた通り魔法を使うREDは厄介な相手だ、私が前に出るからお前はそのごつい武器でREDの気を引け。何せ魔騎兵では倒せない相手だ、無茶はするなよ?」
「え、倒せないって……何でそんな相手を獲物にしてるんです……かぁぁぁぁっ!?」
春樺さんの言葉に驚いてると炎弾が再度襲ってくる。ギリギリで回避していると春樺さんが加速してREDに近づこうとしているのが見えた。
「冬真、気を散らすと危険ですよ。倒せない理由は置いておいて援護を任された期待に応えないと」
「そっ、そうだなっ!あんなに自信満々なのに倒せないなんてないよなっ」
REDの気を引けとか何やら囮扱いされてる気がするが、信用を得るためについてきたのだ。何もせずに信用も得られなかったら何のために危険を冒しているのか解らないし、折角逢う事のできたこの世界の人に死なれてしまっては今後色々困る。
(それにまぁ……)
「それにまぁ、美人でしたしね?」
「っ……え、エイダさん人の心を読まないでくれるかな?」
AIらしからぬ機能にびっくりである。
「何、出会ってからずっと一緒でしたからね。観察の機会には事欠きませんでしたからこのくらい造作もありません」
こえー、AIこえー
「とまぁ……冗談はともかく緊張は解れましたか?」
「……まぁ、とにかく緊張は解れたよ、ありがとなエイダ」
「いえいえ」
冗談に聞えなかった冗談だったが、緊張が解れたのは確かだった。生理的にREDは苦手な造形をしていたため無意識に身体が強張っていたらしい。
強張った身体が解れると、視界もクリアになる。会話をしている間にもREDから放たれた炎弾が襲ってきておりギリギリで躱していたが、緊張が解れた今は余裕を持って躱す事が出来るようになった。
秋穂さんの解説やエイダの冗談を受けているうちにREDとの距離は縮まっている。春樺さんは炎弾を躱しながら後ろに廻り込もうと大きく移動している様だ。そういえば春樺さんは銃器を持っていない。あの大剣で切りかかるつもりなんだろうか?それとも構築化してないだけ?
色々疑問に思う事はあるが、「REDの気を引け」との言葉を思い出しミサイルのロックを解除しながらREDの正面に廻り込む機動を取ると、こちらに向ってくる炎弾の数が増える。
REDにミサイルをロックしたままそれらを躱し、炎弾の発射が途切れた隙を突いて全弾発射する!
「食らえっ!」
両肩の7連装ミサイルポッドが火を噴き、14発のミサイルがREDに殺到し着弾、爆発が起こる。マッドオーガの群れにも大打撃を与えた攻撃だ、いかにREDといえどひとたまりも無いだろう。
「……やったか!?」
爆煙でREDの姿は見えないため、春樺さんの出番を奪ってしまったかもなぁと思いながらセンサー系に目を向けると俺は自分のうかつさに気付く。
そう、俺はとんでも無いミスを犯していたのだった。