第10話
街と街を繋ぐ街道は基本的に魔素スポットから外れているが、魔素は濃い薄いはあっても世界中に満ちているため、街道だからといって魔獣が出ないという訳では無いらしい。
チュィィィィッ!とローラーの甲高い駆動音を鳴り響かせながら荒野を疾走する。
30対2という戦力差がどのくらい危ないのかは解らない。囲んでいる魔獣が弱い種族で簡単に蹴散らす事ができる可能性もあるし、逆に群れる事で強さを発揮する種族に囲まれた場合は囲まれた時点で勝ち目が無いかもしれない。
どんな危険があるか解らないが俺はとにかく急ぐ。
(やっと人に逢える!)
そう思うと巻き込まれたら俺自身も危ないかもしれないという事も気にならなかった。
疾走り出して10分、睨み合っているのか赤い光点と白い光点の動きは無い。
「距離的にそろそろ見えてきてもいいと思うけど……」
レンズが収縮して望遠モードになると、前方に車両を囲む魔獣の群れが見えてきた。
車両はトレーラーだろうか?大きなコンテナの上部に銃座が設置されておりそこに人影が見える。
「ブラッドウルフの群れですね、動きが早いので追い込まれない様気をつけてください」
「睨み合ってるって事は魔騎兵の方に隙が無いって事かな」
「恐らく」
膠着状態という事は俺が不意を突いて後は魔騎兵の2人と連携できれば殲滅できるかもしれない。
「エイダ、強襲用装備を」
「了解、記憶をロード。強襲用装備の構築化開始」
両肩と構えた両手に粒子が集まり、ミサイルポッドと重機関銃が構築化される。ずしっと両手と両肩にかかる重みが頼もしい。
さてと、準備もできたし最高のタイミングで横合いから殴りかからせてもらおう……か?
「……あれ?」
ミサイルのロックも外していざ強襲!という所で魔獣を現す赤点がどんどん消えていく。
レーダー上の魔騎兵のうち1機が凄い勢いで動いている。白点が動くたびに囲んでいた赤点が消しゴムをかける様にどんどん消されていく。
「あれぇぇぇぇぇ?」
困惑の声を上げながら近づいていく間にも魔獣は倒されていく。距離が近づいたおかげで向こうの魔騎兵の姿が確認できた。
「……M○少女?」
第一印象をつい呟いてしまう。
2機の魔騎兵の魔装兵は女性らしい。黒髪をアップでまとめているのとセミロングの2人組だ。
アップにしている方がブラッドウルフに攻撃を仕掛けており、セミロングはコンテナ上部の銃座で回り込もうとするブラッドウルフを牽制していた。
全身が見れたのは攻撃を仕掛けているアップさん(仮称)だけだったが装甲が薄い。頭部の装甲は両耳のみでそこからホロバイザーが両目を覆っている。装甲はベルガと違って全身を覆っておらず両肩と腕は前腕部から手まで。胴体は胸部と腰部のみで脚は下腿部から下までしかない。
インナースーツはレオタード風なのだろうか、太ももが露出している。
思わず凝視してしまいそうになるが広角レンズに切り替えて動きを追う、早い。
「なぁエイダ。あれも魔騎兵なんだろうけど装甲が薄すぎない?」
「基本はL級のキャットタイプに似ていますが、私のデータベースにもあそこまで装甲を削っている該当機種はありません」
300年の誤差というやつだろうか?現代の魔騎兵はどうやらエイダの活動していた頃とは別物になっているようだ。
しかし、動きが凄い。己の身長ほどもある大剣を装備しており、振りかぶってブラッドウルフに突っ込んだと思うと2、3頭まとめてぶった切って行く。
大剣はうっすらと光っており魔素で強化されているのが解る。
動きは素早くまるで飛んでいるかの様だった。
「……というか本当に飛んでる?」
良く見ると地面に足を付けておらず滑らかな動きでホバー移動をしており、動きが早い筈のブラッドウルフを大剣一本で逆に翻弄している。
そして俺達が戦場に到着するのと、最後のブラッドウルフが真っ二つに切り捨てられたのは同時だった。
◆◇◆◇
「あの……」
「止まれ!」
何も加勢できなかったため、どう声を掛けようか迷ったが思い切って口を開きかけた途端、鋭い声と共に大剣の切っ先がこちらに向けられた。
トレーラーの銃座もこちらに向けられており思わず立ち止まってしまう。
「へ?」
「見慣れない機体だがどこの猟団所属だ!?全身装甲型となればそれなりに名の通った猟団の筈だが?」
「え、りょ、猟団?ええと俺は別にどこかに所属とかはしてないけど……」
いきなり大剣を向けられると思ってなかったためキョドりながらもなんとか答える。
ホロバイザー越しに見える目はナイフの様に鋭く、アップさん(仮称)はスラリとしたモデル体型のお姉さんなだけに睨まれるとその気が無い俺でもちょっとぞくぞくしてしまいそうなくらいの鋭い目だった。
「ふむ……だが1人という訳ではないだろう?何が目的だ?」
「目的って……魔獣の群に囲まれてて危ないと思ったから加勢を……」
「……本気で言っているのか?」
どうしよう、何だか解らないけど物凄く警戒されてる。単に加勢しようと思って近づいただけなのにこの警戒され様は何かやらかした気がするが、やった事といえば近づいただけで何もやらかしては居ない筈なんだけどなぁ。
5メートルくらい距離を開けてアップさん(仮称)と対峙しているが威圧感が物凄い。
睨まれ続けるとぞくぞくするどころか段々怖くなってきた。
「……まぁいい。どこの回し者かどうかは拘束して調べれば解る事だ」
と、こちらに向けていた大剣の刀身に光が集まっていき、ホロウィンドウ上に警告ゲージが輝く。
(問答無用ってどんだけ用心深いんだよ!)
見たところ女性2人旅だから警戒するのは当たり前といえば当たり前と言えるけど、いくら何でも過剰反応すぎる気もする。
(何か訳ありなんだろうか?)
しかし、あの大剣で切りかかられたらシールド張ってもシールドごと切り捨てられそうな気がするし、何を言ったらこちらは無害だと彼女を納得させられるかさっぱりわからない。
通販で買った無害なTシャツでも着ていれば彼女も俺が無害だと納得してくれるんじゃないかとか馬鹿な考えが浮かぶ。
「なぁエイダ……こういう時って何て言えば彼女は納得してくれると思う?」
「……冬真、説得どころじゃないかもしれませんよ」
「何?それってどういう……」
エイダの言葉と同時にレーダーに大きな赤点が灯り、アップさん(仮称)がはっと何かに気付いたかの様にこちらから視線を外し、銃座のセミロングさん(仮称)を仰ぎ見る。
セミロングさん(仮称)は耳に手を当てて何度か頷くとアップさん(仮称)へ慌てた様子で声を掛ける。
「お姉ちゃん!REDが出たって!」
「出たか!予定通り秋穂はデータを集めながら退避!千夏はそのまま護衛につけ!」
「う、うんっ。お姉ちゃんも気をつけてね!」
「千夏もな!そこのお前!死にたくなければ巻き込まれないうちに帰るんだな!」
千夏というトレーラーの銃座の子に指示を出すとアップさん(仮称)は踵を返して滑り出す。トレーラーもすぐに反対側に走り去って行った。
「え……?RED?というか姉妹?日本名?」
文字通り置いてきぼりにされた上に急展開に追いつけずポカンとする俺。
「REDというのはこの大型の魔獣反応の事でしょう」
混乱してる俺をエイダの声が現実に戻してくれる。どんな状況でも冷静なエイダさんはマジ頼りになるなぁ。
「確かに大きい反応だな……何ていう魔獣なんだ?」
「……わかりません」
「えっ」
僅かに逡巡して未知の魔獣だと答えるエイダ。
「これだけ大きな魔素反応なら簡単に解るんじゃないの?」
廃墟でマッドトロルと遭遇した際、エイダは魔素の量とパターンから魔獣の種類を特定していた。てっきりすぐに魔獣を特定してくれると思っていただけにエイダの回答は意外なものだった。
「これは私の知らない魔素のパターンです。」
「知らないって……魔獣の事でエイダでも知らない事があるんだな」
「いえ、私は当時の魔獣のデータは全て持っています。恐らくこれは新種ですね。魔獣は滅多に新種は出ない筈なのですが……」
「これも300年の誤差って奴か……」
「どうしますか?」
「……魔獣の方に向った人を追いかけよう。大型の魔獣みたいだし独りで向ったって事は倒す自信があるんだろうけど、手伝えばこちらを少しは信用してくれるかもしれない」
「解りました。装備はどうしますか?」
「このままで行こう」
「解りました。未知の魔獣です、十分気をつけてください。できれば接敵前にあの女性から情報を引き出したい所です」
「そうだな。よし、行くぞ!」
そうして、今度こそ戦闘に介入すべく両腰のブースターを噴かしてアップさん(仮称)の後を追うのだった。
助ける前に自力でなんとかしてしまった様ですが、魔物に襲われる人を助けて知り合いになろうイベントは序盤のお約束ですよね。